第21話 楽しんでる?
「ハコガラ様のご加護があらんことを」
メルクとハルネリアに見送られ、ハコガラ教本部を出た三人は、夜の街の歓声に耳を取られた。
中央区の真ん中に位置する辺りから聞こえてくるようだ。
署に向かう方でもあるので近づいていくと、センターパークという巨大な都市公園に向けて、たくさんの人が流れ込んでいた。
すれ違うのは若い人ばかりであり、誰も彼もが興奮して話し合い、食べ、飲み、騒いでいる。
「今日って祭りの日だったっけか?」パジーが怪訝そうに首を傾げる。
「あっ!パークロックですね!」シバが顔を紅潮させる。
「あー、あれか」
「なに、それ?」ナイラが首を傾げる。
「いわゆる音楽フェスです。よくメインに有名バンドが来るので、本職も楽しみにしてたんですけど、忙しくて忘れてました……。えーっと、今年のメインはっと……」
公園入り口に立てかけられた看板にウキウキと近づいて、シバが呟いた。
「わ、知らないバンドだ」
「残念だったな」パジーが笑う。
「いえ、知らないバンドっていうバンド名なんです。知ってるバンドです」
「やめろやめろ、余計な脳のリソース使わせるな。ただでさえ考えることがいっぱいなんだ」
公園は、夜と音楽の熱気に包まれていた。
ここからイズミ署に向かうには、ここを突っ切るか、公園をぐるっと回るしかない。
仕方がないので、彼らは人混みに混じるように、公園内へと侵入していった。
「いっぱいって何を考えてるの」
ナイラが尋ねる。
彼女は公園に入る前から音量の大きさに顔を顰めていた。
「今までに何があったかと、これからどう動くか。ヒントも薄いしな」
パジーがナイラの肩で翼を組んでいる。
センターパークは誰もが知る中央区最大の公園だったが、今日はどこもかしこも人の頭が絨毯のように敷き詰められており、道を歩くのも一苦労だった。
徐々にバンドのステージに近づいてくると、遠くでボヤッとしていた楽器の音が解像度を上げて鮮明になってくる。
「まずは今日の整理をしよう。結局、手がかりは、銀の羽とホテルの血痕。それだけだな?」
「はい!」
シバがどこか浮き足だった様子で言う。
「一応聞いとくが、お前、今日聞いた声の中で、現場で聞いたのと同じ声はいなかったんだよな?」
「勿論です。いたらとっくに捕まえてます」
「それなら、今まで会った奴は犯人ではないか、それとも声を変えてるか、こいつの聞き間違いか……」
「でも、犯人は本職のこと知らないはずですよね?であれば、声は変えないのでは?」
「まぁそうだが、現場で聞いた声が変声してる可能性もなくはない。周到な奴のようだからな。勿論、これまでに会ってない可能性の方が高いが」
「つまり、何もわかってないってことですね!」
シバがポケットに手を入れながらあっけらかんと言う。
「他人事みたいに言うな!お前も何か見落としてることないか考えろ」
「とは言っても他には別に……。あっ!」
シバが突然声を上げた。周囲を行き交う人々も何事かと振り返る。
「なんだ!なんか気づいたか?」
「ギチョギチョがいない!」
彼が出した手には、丸い羊のような生き物のバチャバチャだけが乗っていた。
「んだよ……」
パジーは脱力してナイラの肩から落ちそうになった。
「どこで置いてきちゃったんだろう。大聖堂?もしかしてファーム?」
シバが全身を探り回ったが、ノースクラウンのギチョギチョはどこにもみあたらなかった。
「ならいいだろ。元々野生なんだし、あんなに凶暴なんだ、死にゃしない」
パジーは呆れながら、ナイラに話を振った。
「ナイラはなんか思ったことないか?さっきから黙ってっけど」
が、ナイラが顰めっ面をしてフードを顔に巻き寄せ、耳を塞いでいた。
彼女はそのまま首を振って言う。
「私、こういううるさいとこダメ……。頭がおかしくなりそう……」
今日一日クールな雰囲気だったナイラが、心底参っている様子だった。
今や三人はステージの近くにおり、特に低音は振動として体で感じ取れるほどになっていた。
「はぁ、耳が良すぎるってのも不便なもんだな」パジーが同情する。
「悪いけど、早くここ抜けたい」
「了解」
三人は、今まさに演奏している野外ホールの外周を足早に通り抜けようとした。
熱狂した観衆は道にまで溢れており、通行するにも人波を抜けなければならない。
体を斜めにし、間を歩き進んでいたそのとき――
シバの耳は、確かにそれを捉えた。
ずっと追い求めていた、あの声を……
『楽しんでる?刑事さん……?』
――――――――――――――――――――
次話、追いかけます。
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