第二章~尾梶⑧

注)OK→大阪に住んでいた栗山、神奈川で車を使い天堂夫婦を轢き殺した八十過ぎの老婆

KS→神奈川に住む少女,栗山に轢き殺された天堂夫婦の子供で三人きょうだいの長女で十一歳

TM→東京に住む麦原、自宅でほぼ寝たきりだった八十五歳の母親を窒息死させられた息子

AS→愛知の少年、自宅で窒息死した四十五歳で難病により寝たきりだった日暮美香の甥、十五歳


「やり取りは自動的に消えるんですよね。それまでの時間は、KSが数分程度だったと供述しています。幼い彼女にできたのですから、依頼する側はそう難しくないやり取りだったのでしょう。スクリーンショットや他の携帯などで画面を撮影して残せないにしても、どこかに書き残すか暗記すればいいんですから」

「書き残したメモは焼却、又はどこかに捨てれば発見されずに済む。問題は実行犯側か」

「はい。まず全く面識もない相手の名前や住所を記憶しなければいけません。さらに顔もです。それを全て画像に残さず、メモするだけで果たして可能でしょうか」

 彼はその疑問に同意した。

「OKのような大阪に住む高齢者が、神奈川にいる三十代の夫婦を轢き殺しただけでなく、金を自宅に届けた状況から考えても、暗記ではまず無理だな」

「住所などはメモで済みますが、顔は難しいでしょう。もし人違いでもしたら大変です。その上金を届けたのは両親の留守中です。依頼主の少女が今は家に居ないと教えていれば可能ですが、そんな供述はしていません」

「依頼後、闇サイト側とは連絡が取れなかったはずだ。それまでに事情や住所等は知らせていただろうが、両親の写真を送ったとの話も聞いていない。つまり実行犯、または闇サイト運営者が依頼を受けると判断した時点で、既に情報を得ていたのかもしれないな」

「探偵事務所の人間ならともかく、大阪在住のOKがそこまでしたとは思えません。だとすれば運営者側が調査し、実行犯の栗山に提供していたとは考えられませんか」

「あり得るな。俺も不思議だったんだ。闇サイトに殺して欲しいと書き込む人間は、今の社会でなら一定数いる。ただそれを片っ端から殺害するとは考えにくい。その中からターゲットを選抜していたと考えるのが妥当だ。しかしどういう手法で、またどうやって実行犯と結び付けたのかが分からない」

「闇サイト運営者の他に複数の協力者がいるなら、手分けして情報を収集した可能性はありますね。その時点で当然依頼主の情報も蓄積していたはずです。つまり次の実行犯となる人物の状況等を、相当知り得ていたのではないでしょうか」

「そうか。依頼主が実行犯になりうる点も、選抜の条件になっていたのかもしれないな。もちろんKSやASのような、直ぐにはなれない場合もあるだろう。だが依頼主が未成年なら、余程追い詰められていると考え優先された可能性はある」

「一定の基準が設定されていたのかもしれません。OKは依頼主だけでなく実行犯としても条件をクリアしていた。だから息子は殺され、彼女は神奈川で事件を起こした」

「だったらTMもその基準とやらを満たしていると判断されたのかもしれない。そうなると尾梶の言うように、現時点では彼が一番の鍵を握っていると考えられる」

「的場さんはそこまで理解しているのでしょうか」

「事件が起こってまだ日の浅い俺達でさえ、この程度の推測ができたんだ。それを一年前から追っている警視庁の、しかも捜査一課の優秀な刑事が気付かないはずはない」

「分かった上で私達には告げず、ASの供述に期待すると圧力をかけたのでしょうか」

「そうだろう。ただKSのように未成年だから、まだ疑問が残る点や新たな情報が得られるかもと期待したのは嘘じゃないと思う。また俺達にTMの今後の動きの重要さを告げても無意味だ。彼らが必要なのはASによる新たな供述だけだからな」

「確かにTMの捜査は彼らの管轄ですからね。またASが実行犯になるまでかなり時間が必要です。サイト運営者も実行犯にならない場合を想定していた可能性だってあります」

 そこで彼はふと顔を曇らせ、眉間に皺を寄せた。

「いや待てよ。本当にそうだろうか」

「どういう意味ですか」

「彼自身がここ数年で実行犯になるには確かに無理がある。だが今後転居等して警察から逃れ一息ついた後、母親だけに真実を告げればどうだ。その場合、彼女はどう思うだろう」

「相当驚いてショックを受ける、またはやはりそうだったのかと思うでしょうね。息子を責めるかもしれませんし、タイミングや経過した時間によっては彼の味方をするかもしれません。そうさせた親として強い責任を感じてもおかしくありませんから」

「そうだ。姉を失った悲しみと怒りを持ちながらも、可愛い息子の身を案じる可能性は高い。その場合、将来息子が殺人者となることを彼女が許すだろうか」

「それは通常ありえませんね。何とか説得して止めるでしょう」

「だが介護の苦しみから脱して大金を得たことが、姉の死でもたらされたと知った時の罪悪感はどうする。ずっと親子で抱えたまま生き続けられると思うか」

「そうするしかないでしょう。辻畑さんの言う、一連の事件で罪深い点はそこですから」

「だがOKは命を懸け実行犯となった、息子の殺害に関与した罪悪感から逃れようとしたとも言える。だとすれば母親が息子の代わりに、また自らも負った罪の意識を軽くする為、実行犯になる可能性はないだろうか。闇サイト運営者のように、同じ苦しみを味わっている人を助けたいとの感情が芽生えはしないだろうか」

 飛躍した彼の考えを聞き、尾梶は目を見開いた。

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