第二章~尾梶②

注)OK→大阪に住んでいた栗山、神奈川で車を使い天堂夫婦を轢き殺した八十過ぎの老婆

KS→神奈川に住む少女,栗山に轢き殺された天堂夫婦の子供で三人きょうだいの長女で十一歳

TM→東京に住む麦原、自宅でほぼ寝たきりだった八十五歳の母親を窒息死させられた息子

AS→愛知の少年、自宅で窒息死した四十五歳で難病により寝たきりだった日暮美香の甥、十五歳


 それが事実なら、例えば被介護者等を殺しても年金や給付金等が受け取れなくなる分、遺族は経済的困窮の恐れを一千万円で補える。神奈川の天堂家のように親がいなくなれば、高校卒業までは国民の税金等により養護施設で育てて貰える代わり、その後施設を出されてしまう。

 だが一千万円あれば施設を出て暮らす当座の金や大学へ行く資金に充てられる。高卒と大卒では生涯賃金でかなりの差が出る為、そうしたリスクを軽減させる意味も持つ。

 無事就職し金を稼ぎ使った分を補充して一千万円用意出来れば、次は同じ苦しみを持つ人を助ければいい。それも条件に合い殺害を強く望む人だけ叶えられると考えれば、こうした連鎖が保たれてもおかしくなかった。

 それにOKの場合は一千万円以外に、車で轢く事により保険での賠償金等が支払われるよう行動した。つまり自らは死亡、または運転による致死罪で逮捕される覚悟を持っていたと思われる。だが当時八十三歳と高齢で相手が三十代の若い夫婦となれば、殺害実行にはそんな手法しかなかったのかもしれない。

 ただそこで新たな疑問が湧いた辻畑が口にした。

「サイト上で実行犯と依頼主はどう繋がったのでしょう。OKやKS、特にOKは随時サイトを閲覧しなければならなくなります」

「少女の供述では両親が亡くなった後、具体的な指示は無かったようです。彼女の場合、殺す側に回るまでに十数年はかかるからかもしれませんが」

「確かに成人し金を溜めるまでとなれば、早くとも犯行は就職後になります。だったらTMはどうでしょう。彼の経済状態は決して貧しく無いと伺いました。となればすぐにでも実行犯側に回れるはずです」

「はい。ただ本人が何も供述していない為、明らかになっていません。ただ条件を満たさなければならないなら、彼はいずれ誰かを殺そうとするはずです。そういう意味でも監視はし続ける必要があります」

 頷きつつ辻畑は質問を続けた。

「でもOKの場合は当時八十歳と高齢だったにも拘らず、息子の死後から次の事件まで三年経っています。彼女の場合は金食い虫の息子が死亡した時点で、経済的な負担は軽くなっていたのにそれだけ時間が経過していた。これをどう考えればいいのでしょう」

 彼は首を捻った。

「私達も分かりかねます。もちろんすぐ行動に移せば疑いがかかり犯行が露呈すると恐れたとも考えられます。ただ三年は長い。彼女の犯行方法なら一年後でも疑われなかったかもしれませんからね」

 やはりまだ明らかになっていない点はいくつかあるようだ。そこで重ねて彼は尋ねた。

「あと不可解なのは、使っていたサイトがある時点から閉鎖されアクセスできなくなっていたという点です」

「KSの供述ですね。依頼のやり取りを一通り終えた後、突然繋がらなくなった。その為冗談だったのかと落胆して一カ月ほど経った頃、両親が留守中にOKが突然訪問し、これを隠しておくようにとだけ言い残し去った。KSはおかしいと思い袋を開け、中身が一千万円だと分かり驚いた。けれども以前行ったやり取りを思い出して押し入れの奥に隠したその日、事故が起こり両親は死んだと聞かされた。そう証言しています」

「その一カ月は何の期間でしょう」

「あくまで私の推論ですが、標的の行動を探る期間だと思います。サイト運営者が実行犯とマッチングさせる期間かも知れないとの意見も、捜査本部では挙がりましたが」

「なるほど。現存する闇サイトは、消えては出現するなど常に複数存在するようですね。もちろん単なるいたずらや不満を垂れ流すだけのサイトもあるようですが。ただ一連の事件に関わるサイトは事件発生前に一旦消滅する。だけどしばらく経って新サイトが立ち上がり、新たな依頼主等から条件に合う人物を選び実行犯に繋げていた。そうお考えですか」

「そうみていいでしょう。サイト運営者は当然依頼主の個人情報を握っているはず。でなければOKのように、殺害対象者の家へは行けません。よって時間を置き実行できる立場になった人物から選び接触させたと思われます」

「つまりサイト運営者は実行犯でなく仲介者だというのですか」

「実行犯だった場合もあったでしょう。ただ何度もリスクを冒す訳にはいかないのでそう多くないはず。現に今回の件だと少なくとも、若い男性とOKという別の実行犯がいます。恐らく他にもいると考えるのが妥当ではないかと」

 辻畑は話をしている内に、別の疑問が浮かんだらしい。

「こちらの事件同様、TMも家の鍵を掛け忘れ、実行犯の侵入を許しています。大阪と神奈川では外で事件に遭っていますが、事件当日にそんな行動をした上、アリバイがあるのはやはり都合が良すぎます。実行犯と連絡を取らなければ無理ではないでしょうか」

「私もその点が、KSの証言だけでは足りないと思っています。ですから類似点の多いそちらの事件で依頼主による証言を期待していました。もし事件当日等に何らかの伝言が来ていたとなれば新証言です。もちろん形跡は残っていないでしょう。こちらもTMのスマホやパソコン、電話の通話履歴など徹底的に調べましたが一切発見できませんでしたから」

「こちらも同じです。改めて親子のスマホを調べましたが、履歴は全く残っていません」

 そこで彼は姿勢を正し改めて言った。

「言い訳がましく聞こえるでしょうが、こちらも被疑者の追及は続けます。ただ既に事件の概要が見えてから一年経ちました。それでも供述が取れません。ですから愛知県警さんには被疑者の供述を是非取って頂きたい。もしASが依頼主ならKSのように、大人よりも情報は得やすいと考えています。宜しくお願い致します」

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