千年の封印から目覚めた男が現代でも無双する話~ハーレムを添えて~
やきとり
第1話 テュラン・ソラリラート
「どうしたどうした?
この程度か、魔王。
少しは期待していたんだが、所詮は弱者が作り出した虚構か」
「魔人」と呼ばれる人食いがいる。
彼らは、岩を片手で持ち上げ、足で地面を割ることができた。首を切断しない限りその命が絶えることはなく、人間を遥かに凌ぐ寿命を持つ。
凶暴かつ残虐で、唯一人間に劣る点があるとすれば、それは統率力の無さである。
ところが、そんな彼らをまとめあげた一人の魔人がいた。
その者の名は「魔王」。
読んでの通り、「魔人の王」という意味である。
頭部に生えた二本の黒い角は、奴の威厳を示している。かすり傷すらない筋骨隆々の肉体は、歴戦の猛者を彷彿とさせていた。
世界中から名だたる「戦士」や「魔術師」が魔王を倒すために集められたが、ただ一人として適うものはいなかった。
まさに、最強。
その絶対的な強さは生きた災いであり、恐怖に精神を乱した人間の中には魔王を「神」と崇める者さえいた。
しかし……たった今。
魔王は、口から血を流し、片膝を地面につけている。
綺麗にそぎ落とされた片腕からは、湯源のように鮮血が溢れ出ていた。
「くっ! このワシの血を流させることが、どれだけ罪深いか!
貴様は何も分かっておら——
「黙れ 不愉快だ」
その者は、魔王の憤怒にすら動じない。
膝を折る魔王を見下ろしながら、悠々と魔王席に腰かけている。
「腕を治せ。できるだろ?
簡単なことだ」
その者の声が、魔王城に響き渡る。
魔王が腕を治し、再び戦えるように、その者は優雅に座って待っていた。
「テュラン、何やってる? 早く魔王を討たないと」
一人の青年がそう言う。
彼の名は、ルーチェ。
「勇者」の証である王冠の公章を右胸につけ、腰には白銀の鞘を備えている。
ブルー色の綺羅びやかな髪はフレッシュな印象を与え、「美青年」という言葉が特段似合うような彫りの深い顔つきをしていた。
「貴様の指図は受けん。
溜息を吐きながら、ルーチェの命令をあしらった男の名前は、テュラン・ソラリラート。
みずぼらしい白色の着物を身につけ、二重緑の羽織で両肩を包んでいる。
血を彷彿とさせる鋭い海老色の眼光には相手を威圧する殺気が流れており、束感のある銀髪には魔人の返り血が染み付いていた。
テュランは勇者パーティの「魔術師」を務めている。ルーチェと同じく、魔王を倒すために駆り出された。
元々、山奥にある辺境の村で暮らしていたのだが、ルーチェに誘われて勇者パーティーに参加した。
最初は加入に否定的だったが、「史上最強の生物と戦える」と絆されて彼は勇者パーティの「魔術師」になった。
「またあいつの我儘? いい加減にしてよ!」
突然、荒げた声が魔王城に響く。
声の主は、苛ついた態度を見せながら、勇者ルーチェの背後でテュランと魔王のやり取りを眺めていた。
彼女の名前は、エスト・メディカリアという。
腰にまで流れる金髪と、サファイアの双眸が特徴的な美少女シスターである。
そのうえ、小柄な体を覆う修道服には、星模様がまだらに点在していた。十字架のネックレスは彼女の首元を綺羅びやかに彩っている。
教会のシスターとして働いていた彼女は、勇者ルーチェに誘われパーティに加入した。
エストの扱う回復魔術は他の者よりも優れており、その実力は国中に広まるほど。
それゆえに「癒しの女王」などと謳われていた。
けれどエストの隠してきた本性は、世間一般的に言われるような聖女とは一線を画している。
身体能力は一般男性のそれを優に超え、魔人と戦えるほどに有能。
そして、うちに秘めた性格は聖女というよりヤンキーに近い。
だから、過度に尊大な態度を取るテュランと折り合いが悪いのは、必然的な事柄であった。
勇者のルーチェ、魔術師のテュラン、聖女のエスト……このように個性豊かな三人で構成された勇者パーティは、七つの大陸と三つの大海を超えて、ようやく魔王城へと辿り着いた。
「ここまで、長かったわね」
「うん、長かった。その分、思い出深いけど」
「私も……魔人に食われそうになったし、道に迷うし。商人に騙されて一文無しになったこともあったわね」
「あぁ。思い出すだけで苦痛だよ。でも……案外、楽しかった」
「……あいつさえいなければね」
エストがテュランを指さすと、ルーチェはにこやかな顔をした。
「君たち、仲が悪いね」
「当たり前よ。あんなやつ、動物と一緒よ」
「――でも、テュランがいなかったらとっくに死んでたよ。やっぱり必要だった、このパーティに」
ルーチェは穏やかな表情で、魔王とテュランの一騎打ちを眺めていた。テュランの勝利を確信するかのように。
そしてその所信は、太陽が昇るような必然的な事実としてテュランの胸にも刻まれていた。
肉体を再生させた魔王が、神速のごときスピードで差し迫ったものの、テュランはその一撃を軽やかなステップで躱したのだ。
次の瞬間、肩をつかむと魔王を天井へ投げ飛ばした。
飛ばされた魔王は天井を突き抜け、城外へと移動する。すぐさま彼を追って空中浮遊したテュランは、魔王の追撃をかろやかに見切った。
「なぜ当たらん!?」
魔王の額にシワが走る。
今まで自分の攻撃を躱す者など人間はおろか同族でもいなかったのに、テュランはその全てを綺麗に捌くのだ。
「こんの!」
痺れを切らした魔王が、接近戦に切り替える。
繰り出された魔王のとび膝蹴り。その威力は周囲に風を巻き起こすほどだった。
「及第点だな」
「——ッ!」
しかし、その一撃をテュランは肘で受けきった。
薄ら笑いを浮かべる余裕さえある。
「だが残念だ——」
受け止めた魔王の膝を両の手で握る。そして——
「オマエの攻撃には、重みがない」
「何様のつもりで!!!」
魔王の足を手で掴むと、砲丸投げのように
空中で投げ飛ばされた魔王だったが、浮遊魔法で統制を整える。
「”
魔王の浮遊状態が安定したことを見届けると、テュランは魔術を発動させ、魔王の後方にそびえ立つ魔王城の塔を粉砕した。
崩壊した塔が岩石となって魔王に降りかかる。
「頼むからこの程度でくたばるなよ」
テュランは、敵の実力を測るために技の説明をする。そして、相手の反応を見るのが好きだった。
ところが、魔王はテュランの言葉に一切の反応を示さない。それどころか、テュランの攻撃を綺麗に捌いたのであった。。
ほんの一瞬だけ綻びを見出した魔王。しかし次の瞬間、それが張りぼてだったことに気づく。
粉々に消え去った落石は、宙を舞う砂塵となって魔王の視界を塞いだのだ。その結果、彼に多少の隙が生まれてしまう。
その隙をテュランは見逃さなかった。
鞘から剣を引き抜くと、魔王の肢体を切断した。
腕と足を切り落とされた魔王は、ホイッスルのような金切り声を上げながら、苦しそうに宙を舞う。
そんな彼の不調をテュランが見逃すはずもなく、首根っこを掴むとボールのように地面へと叩き落とした。
地面に衝突した瞬間、地震のような揺れと轟音が周囲に響いた。
「なぁ魔王、
オレたちは”
ひび割れた地面に倒れ込む魔王を、テュランは悠然と見下ろした。
今まで弱者を見下す立場だった魔王にとって、この状態は屈辱以外の何者でもない。
「だが、変だと思わないか?
なぜ俺と……オマエのような雑魚が同じ等級に分類されるんだ?
不躾がましいだろ」
死の間際に立つ魔王を憐れむように、軽薄な口調でテュランはそう言った。
その声には、どこからか哀愁を漂わせている。
敵であるハズの彼が無様に息絶えでいくその姿に、彼は儚さのようなものを感じ取っていた。
そして——こう呟いた。
「はぁ……もう、終わりか」
テュランは、戦闘にこそ愉悦を感じる男だった。その強さは人類最強と謳われていた
敵が、ライバルが、いなくなってしまったのだ。
この世界に存在する全ての生物を相手にしても、テュランは敗北の可能性を微塵も感じることができない。
唯一、誰しもが恐れ
所詮は、弱者の過大評価が作り出した虚構に過ぎなかった。
テュランは失望した。失意した。
自分を楽しませてくれる強者がこの世に存在しないという事実が、彼の心により一層の絶望感を与えたのだ。
「悲しいかい、魔王が死んで」
そんな彼に唯一歩み寄ろうとしたのが、勇者のルーチェだった。
「すまんね。俺がキミほどに強くなくて」
「どうでもいい。オマエは、オレに勝てる未来が想像できないだろ?」
「まぁね……でも俺は『魔術師』じゃないから、想像力は関係ないよ」
「だが勝てない」
テュランには思いやりがない。
彼が勇者パーティに参加した理由は、自分に匹敵しうる存在と戦うため。
他者のためにその才能を還元しようなどとは思わなかった。
弱者を護る。そのような思想を、テュランが持つハズもない。
なぜなら強すぎるから。他者との関わりがなくとも生きていけるから。
「これからどうするの?」
「山に帰る。二度と人の街には戻らん」
「……そうか、元気でな。なんかあったら、いつでも俺ん
「————……」
煌びやかに輝くルーチェのオーラを以てしても、テュランの心を射止めることはできない。彼は”強さ”のみに執着し、それ以外の事柄には一切の興味を示さないのである。
仮にその対象が、長年の戦友だとしても……。
* * *
魔王討伐から、十年後。
とある辺境にて、この世の
残虐非道にて頂点捕食者。
人であるにも関わらず、人とのかかわりを断ち切った男。
ひたすらに破壊を尽くし命を食らっていた。
「ス、スミマセンデシタ!」
「魔人の言葉は原始的でつまらん。不愉快だ、死ね」
テュランは、生物を無差別に惨殺していた。
彼の生息域に、人間の立ち入る隙間はない。出会う生き物は、殆どが魔物か動物。
低確率で、魔人と出くわすこともある。
ここ十年、彼は人間を目にしたことすらなかった。
だから彼女が現れたとき、初めは魔人の仕業だと思っていた。
それは雨の降る夜のこと。その日は、やけに夜空の機嫌が悪かった。荒れ狂うように鳴り響く雷鳴と、打ち付ける無数の雨粒が夜の森を飲み込んでいる。
テュランが土砂降りの山道を歩いていると、木々の奥から不気味な人影が現れた。
「——誰だ、オマエ?」
すぐさま、彼は警戒態勢を取った。刹那に相手を殺せるように。
「初めまして、テュラン様。私の名前は、クローバーです」
その女は、純白のロングコートを着ていた。金色の長髪からは、雨による雫が滴り落ちている。そして最も特徴的なのが、女の右手に握られている長棒だった。
あれは、ハルバートである。
戦斧と槍を融合させた長柄武器だ。
だが、テュランの生きるこの時代にハルバートは存在しない。
(このメスガキから放たれるオーラ。どこか、不気味だ)
テュランは、興奮していた。
十年ぶりに相対した人間という存在。
そして、初対面にも関わらず自分の名前を知っていたという謎に。
だが、それ以上にテュランの心を惹いたのは——
「………名乗れ オマエの正体を」
「私は、千年後の未来からやってきた者です。
望むなら、あなたを『最強』に会わせたいと思っています」
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