第25話 20層へ

 警察から逃げ出した俺は、逃げるようにダンジョンへと向かった。

 警察官がそこまで入ってこないだろうという考えと、ダンジョンなら俺は無敵だという思いからだ。


 1層からワープゲートを使って15層へと逃げる。装備を取り換えイエティのいる洞窟へ行って、イエティ達を殴殺する。


「なんで!なんで!!なんでだよ!!!」


 訳の分からない感情をモンスター相手にぶつけて、気づいたときには洞窟内は静かになっていた。


「わけわかんねぇよ…」


 俺は奥にあった部屋の前まで来ていた。少し落ち着いた俺はドロップしたアイテムを拾っていく。Nイエティの涙が手に入った。


「ははっ、嫌味かよ」


 自暴自棄になった俺はダンジョンの下層へと向かっていく。装備にLR幸運のネックレスとUR男爵吸血鬼の指輪を付けるのも忘れない。荒れた感情とは裏腹に冷静に装備を整えていく。UR氷の剣と氷の鎧、氷の盾も装備する。SSR雷の小手、具足、兜もだ。


 明らかに強くなった俺はどんどん下層へと進んでいく、16層から続く迷宮を、見つけたモンスターを手当たり次第に倒していく。LR幸運のネックレスの効果によってSRのドロップがゴロゴロでる。さすがにそれを見てネックレスを外す、そして一旦立ち止まる。


「何やってんだ俺は……」


 そう思ったが、今出ても警察に捕まるかもしれない。ダンジョン内で暮らそう、幸い食料などはアイテムボックスに詰めてある。

 なんとなく地上に近いところにいたくなかったので結局下層への探索は再開した。


 迷宮は装備のおかげもあり、何の問題もなかった。多少ケガを負っても吸血による回復ですぐに回復できた。そもそもこの装備でケガをすることなどほとんどないのだが。

 そのまま20層までたどり着くと、そこは不思議な光景が広がっていた。目の前に広がる広大な水の塊があり、その中を回遊魚のようなモンスターが泳いでいる。半球体のその塊は、地面で切り取られたようなっている。上部はよく見えないが上に向かって丸みを帯びている。ガラスのない水族館のような光景にため息が漏れる。


「すっげぇ…」


 ただただ感動した。幻想的な光景に心が洗われていくようだった。

 水の周辺をぐるりと回るように歩いていると半分ほど歩いたところで20層の出口が見えてきた。モンスターとの戦闘はなかった。一度水に近寄るとこちらに向かってくるモンスターがいたので距離を取ると興味を失ったかのように戻っていった。


 ダンジョンにしては珍しく安全な階層だ。観光地として使えなくもない。ただ普通は20層までくるには相当な装備と鍛錬が必要になるだろう。そもそもこの光景を見たのは俺が初めてかもしれない。


 21層には降りず、まだ通っていない水の周りを歩いて回る。水の周りは芝生のような草が生えている。地平線は見えるが端まで見えない。どれだけ広い空間なのだろうか、水の周りを一周すると、見晴らしのいい草原まで少し歩いて、俺はゴロンと横になった。


 朝から何も食べていなかったせいか、俺の腹がなる。俺はアイテムボックスから乾パンとミネラルウォーターを取り出す。災害時に困らないように保存食を入れてあるのだ。


 パリパリと乾パンを食べながら考える。終わってしまったことはしょうがない、警察まで呼ばれるってことはもう修復は不可能だ。これ以上関わると本当に捕まってしまう。やはり命の恩人ってのが悪かったのかな、負い目があったのかも。あーやめやめ、どうせ考えても答えは返って来ないし。


 思考を切り替えて20層の攻略を考える。別に攻略しなくても問題はなさそうだが、あの水の塊を見て挑まないというのはいささか冒険者心理から外れている。

 でもちょっと疲れたので、眠くなってきた。さすがに完全に安全かは保証できないので、何かあった時の為にLR幸運のネックレスを付けて昼寝をする。


 

 目覚めると知らない空だった。正確には20層の空だ。特にモンスターに襲われることもなく昼寝を終えた。本当に安全っぽいなここ。


 20層の攻略を見据え、とりあえず水の塊に近づいてみる。

 回遊している魚がこちらに向かってくる。しかし水から飛び出してくる様子はない。こちらを警戒をしているのか、距離を取っている。

 

 俺は水に手を付ける。バリアのようになっているのかと思っていたら、そのまま手が水の中に吸い込まれる。


「入れるのか!?でも呼吸は」


 俺は意を決して体全体を水の中に入れる。

 息は……出来る。視界もぼやけていない、ただ、水の抵抗は感じ、体が思ったように動かせない。そこに先ほどまで警戒していた魚が襲い掛かってくる。たかが魚だと思っていたが予想以上に早く、こちらの動作が遅い。鋭い牙をこちらに向けて接近してくる相手に俺はゆっくりと剣をあげ切りかかろうとするが、剣は外れて相手の攻撃が小手にあたる。


「このっ!」


 動きずらい環境に慣れていないこちらに対して、自由に動き回る魚、攻撃力は大したことはないが防戦一方となる。こうなったらと、UR氷の剣を使い周りを凍結させる。一瞬で周りが凍結し、周囲にぽっかりと空気の空間が出来た。これならいける、と思ったが10秒もしないうちに周りから水が入り込む。下から埋まっていく水を見て継戦能力は低そうだなと思った。

 しかし今行われている戦闘には有効だ。再び向かってくる魚に対して、こちらの間合いに入った瞬間、凍結魔法を発動させ周囲の水を奪う。モンスターの魚は水中から一瞬で空中に浮かび、飛び出した慣性そのままに飛び込んでくる。それを水の中ではない、通常の空間で振るう剣で一刀両断する。

 3枚おろし、とはならず、背骨に沿って綺麗に切断された。ドロップしたのはNアクアフィシュの刺身、ちょっとうまそうだった。

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