第二話 後会
雪華は周りを竹林に囲まれた長い平坦な道を歩いていた。
明るい時であれば青々とした竹の爽やかな空気に心地良いのだろうが、既に丑から寅の刻に入るこの薄暗さはどこか不気味な雰囲気を漂わせている。
だがそんな中、彼女は一人懐かしさを感じていた。
八瀬家に入るまではこの竹林の中で遊んだり修行したりしていたのだ。
(久しぶりだなぁ、この景色)
そのまま道なりに進んで行くと、しばらくして大きな四脚門と永遠に続いているのではというほど長い長い築地塀が表れた。
水月院家の入り口は他の家門に比べ質素な造りだが、かなり重厚な門構えで長い歴史を感じさせる。
先頭の洌士が門の前まで来ると勝手に扉が開いた。
いや、勝手にというのは違う。門の両端にいる何かが開けてくれたのだ。
その何かは人の形をした水月院家の式だった。
見鬼の才が無ければ姿を見ることは出来ず、邸の其処此処に配されている。
こうして扉を開閉するだけではなく見張も兼ねており、敵や不審な者の侵入を阻止する役目も担っている。
「もう三時過ぎたな」
門を通り玄関までの間、洌士がポソリと呟く。
「流石にちびっと疲れましたなぁ」
軽やかな声をしているが、光留の顔にも疲労の色が窺える。
「でももう眠気も吹っ飛んだわ」
雪華は反対に、この時間まで歩き続けたおかげか目が冴えてしまったようだ。
「ほんなら話したいこともあるし、このまま書斎に行くで」
「えー……」
(説教かよ、ダル……)
やはり眠いとでも言っておくべきだったと後悔した。
玄関の間から廊下へ進み、しばらくすると両側に広い中庭が見えた。
この廊下は渡り廊下になっており、東側には通いでここへ来ている子供達の部屋が位置されている。
そちらに面した中庭は、昼間なら子供達の明るい声が響いているが、今は静まり返っている。
寝息すら聞こえてきそうだ。
歩く度に軋む床音をなるべく立てない様にこっそりと歩いた。
——ドンッ
「うわっ」
洌士の背中にぶつかってしまった。
書斎は西側へ廊下を曲がって少し進んだところと近くに位置している。
こそこそと歩くことに少々ワクワクし始めていたがすぐに到着してしまった。
「楽しかったか?」
洌士が横目でこちらを見ながら尋ねる。口の端が少し上がっている。
「な、なにが?」
雪華はどきりとしてすっとぼけた。
「ふふ、ちっさい頃もようそないやって歩いてはったなぁ」
くすくすと光留が笑う。二人にはバレバレのようだ。
「~っ、もうっ、えぇから話してや!」
揶揄われたのが恥ずかしくなり、態とドスドスと畳の上を歩きドスンと座った。
「急に肥えたんか?ククッ」
「もうやめよし」
さらに揶揄うので一応諌めはするが、光留も彼と同じく雪華が可愛くてつい笑みを溢してしまう。
「ほんまにおもろいなお前は」
洌士は笑いながら雪華の向かい側に腰掛け、光留は彼女の隣に座した。
楽しげな雰囲気だがここからは真面目な話、洌士は一息置いてから言葉を発した。
「面倒くさいのは好かんから単刀直入に言う」
そっぽを向いていた雪華は洌士の顔を不安気に見た。
昔から、説教となるとぐだぐだと面倒臭い上に、耳の痛い事をグサグサと言ってくるのだ。
(でも今回はこちらにも言いたいことがる!負けちゃダメだ!!)
フンと気合いを入れて真っ直ぐに瞳を見返した。
「まず、すまんかったな」
「ふざけ……、え?」
すぐさま言い返そうと待ち構えていたおかげで、彼の言葉に被せる様に言い返してしまった。
そのせいでよく聞き取れなかった。
謝った様にも思えたが聞き間違いだろうか。
「……なんて?」
「すまんかった」
言い方は少々ぶっきらぼうではあるがはっきりと謝罪を述べている。
「な、何に対してや」
思ってもみなかった言葉に何故か怯んでしまう。
「無理くり連れて来てしもたやろ」
「んなっ、今さら遅いわ!!みんなに辛い思いさせて……っ!」
腹の奥が熱くなる。今にも胸ぐらに掴み掛かりそうな程だ。
「このっ……」
「あそこで一々説明しとったら間に合えへんかったかもわからん」
洌士の言葉にピタリと動きを止める。
「……何がや」
「雪華ちゃん、まずは落ち着いて聞きまひょ」
光留が座るよう促す。
不服ではあるが、いつもとは異なる二人の重々しい雰囲気にのまれ大人しく座す。
雪華が静かに座るのを見てから洌士が再び話し始める。
「近頃水月院家に関わる……と言うより、俺らに近しい者の周りで不審な事がようさん起きとる」
「不審なことって……、ていうか俺らってそれ私も入っとんの?」
「そうや」
落ち着きを取り戻しつつあったが再びふつふつと怒りが湧いてきた。
「せやったら……、せやったらあの時簡単にでも言うたらよかったやんかっ!!」
「あの場で説明しとったら関係あれへん奴らも巻き込んでまうやろ」
雪華はグッと声を詰まらせた。
洌士の言う事は正しい。正しいがやり方が許せない。
「でも……でも、やり方ってものがあるやん!」
「アホか、急を要する時に手段なんぞ選んでられへんやろうが」
洌士は洌士なりに考えた上での行動だった。
雪華の言い分も分からないわけではないが、彼も段々と語気が強くなる。
「二人とももう少し声を小そう……」
ヒートアップしていく言い合いにいつも通り仲裁に入る光留だが、全くもって聞く耳を持たない、と言うより、互いにカッとなり聞こえていないようだ。
「言うとくけどな!お前の我儘に振り回されてこっちはいっっっっつもてんてこ舞いや!!」
「はぁ~!?こっちも言うとくけどなっ、警務部隊に行け言うたのはおおじじ様であって私やないからな!!」
「どうせお前の我儘を体よく“自分が行かせた”って形にしただけやろ、ほんっっまに甘いわ!」
「そもそも言われるまで警務部隊の存在すら知らんかったわ!」
「やかましわ!この跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘!!」
「やかましいのはそっちや!この……」
とにかく何でも良いので言い返したくて洌士の欠点を必死で探す。
「このっ、い、イ○ポテ○ツ!!」
とんでもない単語が飛び出した。
「な、なんやて!?」
「イン……」
「そこまでや!!」
先程仲裁してからしばらく黙っていた光留が珍しく大きな声で怒鳴る。
二人は身体をビクリと震わせるとその声の主へそろりと目線を向けた。
「「!」」
普段の温厚さからは考えもつかない程冷ややかな表情をしている。
三人の間に嫌な静けさが生まれた。
「洌士」
低く威圧感のある声だ。
「……」
「大人気ない事はやめなさい」
「でも先に……」
「お黙り!」
ピシャリと黙らせた。
「雪華ちゃん」
洌士の時とは真逆で穏やかでな優しい声で名前を呼ばれるが、それがなんとも恐ろしい。
「……はい」
「女の子がそないな言葉使うたらあきまへんでしょ?」
まるで小さな子供をあやすような優しい口調だ。
「それに洌士はインポじゃあらしまへん。この間かてM⚪︎号の動画を……」
「あああぁぁぁぁーっ!やめや!つーか何で知っとんねや!!」
「三回戦だってまだいけます」
「もうええ!!」
身内のシモの話は流石に参る。
と言うより、なぜそこまで詳しく知っているのだろうか。
自分がここを離れてから、二人の間に
そして兄の趣向を知ってしまったこの気まずさ。
(いや、どんな関係だろうとどんな趣味趣向があろうそれはそれぞれの自由、私は今ままでと変わらないよ……)
雪華は一人頷きながら妙に生暖かい目と微笑みを浮かべ洌士を見つめた。
「っ、なんやその目は」
その視線に気付いた洌士は顔を真っ赤にして雪華に詰め寄った。
「いや、えぇよ?恋愛の形は人それぞれなんやし」
「アホか!ちゃうわ!」
「堪忍しとくれやす」
光留の方が強く否定する。
洌士は告白してもいないのに振られたような気になった。
いや、肯定されても困るのだが、なんだか腑に落ちない微妙な顔をする。
「こないな筋肉質なんは嫌どす、私はもっと肉付きのえぇ丸っこい子のが好きや!」
「そんなんどうでもえぇわ、俺らが勘違いされとんのが問題やねん!」
「何言うてはんの、女の子は丸ければ丸い程えぇ!ここが一番重要なとこですやろ」
「光留兄の趣向はほとんどの女性が嫌がる事やねんな……」
雪華は光留の性癖を理解するのは一生無理そうだ。
美しくなるために食事制限をしたり運動に勤しんでいる女性が多くいる中、彼はその対極を求めている。
「雪華ちゃん、身体が軽くなる言うんはそれだけそん人が消えていってしまうちゅうことや。そないなこと許せへんでしょ?」
思考が特殊すぎる。
「ただデカい乳とケツが好きなだけやないか」
「お腹が一番好きどす、その次は二の腕と太もも、顎がタプタプしとるのもえぇ……」
悦に浸っている。
「うわー、全部女の子が気にする部分上位……、正直そんな彼氏イヤやわ」
「お前彼氏いたことあれへんやろ」
「じゃかあしぃわ!自分かてチェリボーイやんか!!」
「いや、洌士の初めては遊女屋の……」
「やめや!つーかさっきから何で俺のシモ事情に詳しいんや、怖いわ!」
元の話から大きくズレてしまっている事に三人とも気付いていない。
“不審な事件”についての話はどうなったのだろうか。
そのまましばらくの間揉めていたのだが、途中で何やら外も騒がしい事に気付いた。
「ちょ、待て、一旦やめや!静かにせぇ」
「「?」」
洌士の言葉に従い素直に大人しくする雪華と光留。
すると書斎の外、いや、おそらく屋敷の外の方から多数の人間が怒鳴る声が聞こえてくる。
「何ですやろ」
「すぐ確認せんと」
「はよ行こ……」
異変に気付き書斎から出ようとしたその時、廊下をバタバタと慌ただしく走る足音が近付いて来た。
——スパーンッ
勢いよく障子が開く。
「洌士様!!」
水月院家に従事する者だ。
「何があった」
普段であればこの様な荒々しい開け方をするなどあり得ない。
ましてや、次期当主と言われている方が居るのだ。
そんな所作を気にかけることすら出来ない程焦っている。
「何者かが門を破りました!!」
「「「!」」」
あり得ない、ここはただの貴族の屋敷ではない。
門番は人ではない上に、国随一の優秀な陰陽師が集う家門だ。
もちろん結界だって施してある。
(結界に、門番すら突破できるような奴ってことね……)
思いがけない事に驚きを隠せない雪華達だったが、直ぐ様水月院家の者達に子供達の保護と、外部の様子を悟られないよう結界を張る指示を出す。
そして互いに顔を見合わせ頷くと正門へと急いだ。
平静を装ってはいたが、洌士は廊下を急ぎ駆けながら胸がざわついていた。
(直接来たか……)
少し後を着いてくる雪華をチラと見る。
(くそっ、守るために連れて来たのがあだになっちまった)
雪華には警務部隊や周りの者に迷惑を掛けないよう無理矢理引き離したと言ったが、
本当のところはただ彼女の身の安全を第一優先にしたかったのだ。
洌士や光留に関わる者や事柄ばかりに不審な事件が相次ぎ、雪華の身にも何か起きるのではと不安になった。
それを大寿朗に言及したが“警務部隊に居るから大丈夫や、それに何かあったとしても自分で何とか出来る程の力もある。何もせず大人しゅうしとけ”と、取り合ってくれなかった。
そうなったら自分自身で動くしかあるまい。
大寿朗への苛立ち、不安と焦燥に駆られながら辿り着いたそこは、ほんの数時間前には常と変わらない静穏な場所だった。
だが今は、固く閉ざされていたその扉は無理矢理押し破られていた。
門を護る二人の式の姿はない。
攻撃を受けた衝撃によるものだろうか、すぐ側に立つ大きな樹木から束になった小さな白い花と、赤く色づき始めた小さな実がポトリポトリと落ちている。
そして、無数に散らばる中から二つの花がふわりと浮かび上がり、洌士の元までやって来て一瞬留まるとどこかへ消え去った。
(役目を全うしたか……)
枯れて散ってしまうまで、新たに実を成すまでと、式として使役していた。
この様な形で終わらせてしまい少し胸が痛む。
「なんや、そんな弱いもんが門番だったんか」
突如聞こえた嘲笑する声の方を見ると、おそらく、いや、確実にこの襲撃犯である男が居た。
そしてその後ろには、僧侶のような服装と真っ黒な狩衣の男が五名と、その中でも異様な雰囲気を漂わせる黒の面布の者が一人。
辺りは不穏な空気に包まれる。
「……やっぱりお前か」
洌士は嘲笑う男を見て驚きもしなかった。
「え、あの人って……」
対して、雪華は思わず動揺して光留を見るが、こちらも洌士と同じく至極冷静であった。
予想が付いていたのであろう。
「何しに来た」
「何って……懐かしい面々も揃ってるし同窓会に決まってるやろ」
男は雪華を見てニヤリとした。
洌士はその嫌な視線から隠すよう、雪華を背にして前へ出る。
「長らく行方不明やった奴がアホ言うな」
洌士の言葉にククッと思わず笑う男。
この男は水月院家門下に組みする家の出で、
洌士や光留と共に学ぶ同志だったが、ある事件を境に忽然と姿を消したのだ。
それが急に現れてかつての学舎を襲撃し、何かを企んでいるかのように怪しげに笑っている。
「本当の目的を言え」
洌士はもう一度問う。
「相変わらず冗談の通じひん奴やなぁ……。まぁ、強いて言うなら俺やのうて“こっち”やな」
嘉辰がちらりと自身の後へ視線を向ける。
洌士や光留、その場に居た全ての者が同じく彼の背後へ目を向けた。
(何や……)
少し目を凝らしたところで、洌士は自分の横を素早く通り抜ける何かに気付いた。
「っ!」
通り過ぎたそれはそのまま真っ直ぐに雪華へと襲い掛かる。
「くっ!」
雪華は目にも止まらぬ速さで向かってくる相手を素手で受け止めた。
“陰陽師はただ優れた呪術を扱えればいいというわけではない、心身ともに鍛錬し磨き上げることでより卓犖たる陰陽師に、ひいては人となれるのだ”
雪華や洌士、そして嘉辰達がこの水月院で学んだことだ。
その教えに従い、陰陽師としての知識や技術だけではなく体術に剣術、棒術などのあらゆる武術を修めてきた。
幼い頃から修練をし、その中で得意なことや自身に合う戦い方を見つけ、さらに能力を伸ばす。
厳しい訓練にはなるが、だからこそ国随一と謳われる家門として権威を維持してこれた。
(この組み手……)
雪華は相手の攻撃を交わしながら疑念を抱いていた。
どれだけの長い期間があこうが身体が覚えている。
途切れることなく攻め入ってくる相手は打撃の合間に足技を繰り出し、頭部を狙い左横から勢いよく蹴り付けようとしてくる。
それを低姿勢になり回避する。
だが、立ち上がったところで眼前に迫る相手の拳を避けきれず、手で受け止め抵抗出来ないよう強く握った。
——パンッ
もう一方の手がさらに打ち叩こうとしてくるのでそれも受け止め強い音が鳴った。
互いに両手が塞がれ膠着状態となる。
攻めようとする者、守ろうとする者、反発し合う力に腕が震え拮抗している。
「この組み手はここで教えられているものと同じ……、あなた誰?」
なるべく相手を刺激しないよう努める。
だが雪華の言葉を聞き、怒りを増したかのように相手の力が強くなる。
そしてそのまま力任せに圧され、雪華は耐えきれず吹き飛ばされる様に後ろへ引き下がった。
「……誰やって?」
さらに迫ってくるのではと身構えていたが、敵はその場で立ち尽くし、声に強い怨嗟の色を滲ませて肩を震わせていた。
(女の声……)
その声の主は一切顔を見えないように真っ黒な面布をしていた。
その一際放つ異様な雰囲気に気を取られ性別すら判断出来なかった。
しかし、よく見ると濃い黒の袴に紺鼠の小袖と膨らんだ胸部、単や袿も無いが公家女房のような出で立ちに近い事が判る。
「忘れたんか、ウチのこと……!」
語気が強くなる。
「っ、お前のせいで、お前のせいでっ、全てを失ったんや!!」
女が黒い面布を荒々しく取り去る。
——ドクンッ
雪華の心臓が大きく脈打つ。まるで誰かの体内に居るかのように心音が煩く頭に木霊する。
嫌な汗がこめかみから、首筋から、背中から伝う。
「見ろ……っ、この顔を!!」
現れたその女の顔は、左半分のほとんどが焼けた痕により赤く痛々しかった。
「っ、な、んで……」
雪華はその顔を見た瞬間、声も身体も全て強張り、その場から動けなくなってしまった。
「お前に、復讐するためだけに生きてきた!」
女は懐から短刀を取り出した。刃が光を反射し鈍く光る。
そして、叫声を上げながらこちらへ走り向かって来る。
「うあぁぁぁぁーっ!!」
瞳は歪み、血走っていた。彼女の恨みの深さを如実に物語っている。
(動けない……!?)
その場を一刻も早く離れなければ命はないというのに、腕が、足が、体が言うことを聞かない。
動かすどころか締め付けられる苦しさを覚え、そのまま膝をついてしまった。
恐怖に足がすくんでいる、と言うわけではない。
雪華は首だけを何とか動かし、自分自身の体を確認する。
そこには腕や足、胴にまできつく巻き付く蔓の様なものがあった。
敵に気を取られ気付けなかった。
蔓は膝をついた辺りの地面から絶えず伸び続けている。
「こっちには木行道術を使える奴もおるんや」
得意気に笑う嘉辰。
大家五家の能力の特性は陰陽五行に準えている。
木行道術は木、火、土、金、水の内、“木”に当て嵌まり、春、樹木の成長を表す。
依ってその家に産まれる者は木や草を生み出し操る能力を出現しやすい。
因みに水月院家は“水”の特性を持っている。
“木”の性質に対抗するよりも、さらにその力を増幅させる事に向いている。
嘉辰の話を聞き、危険な状況にも関わらず冷静に分析する雪華。
(手を封じられては印も結べないし、いくられい兄とはいえ少し分が悪い……)
そして嘉辰の言葉に、彼の本当の意図に気付いた洌士は結界印を結びながら急ぎ雪華の元へ向かった。
「まさか……!」
光留も同じく何かに気付いたのか、彼に続く。
だが敵の女の方が少し雪華に近い。
「くそっ、間に合え!」
あと少しの距離、結界を用いて物理的攻撃を防ぐには護る対象になるべく近くなければならない。
(じじぃ!てめぇが居れば……!)
常であればそんな事考えもしない。
(もう、こうするしかない……)
雪華は覚悟を決め、全ての音や存在を遮断し精神統一するため瞳を閉じた。
この状況下で手段は選んでいられない。
(
ユラリと、雪華の周りに炎が淡く立つ。
「あかん!雪華!!」
「雪華ちゃん!!」
それは次第に雪華自身を包み込み、チリチリと小さな火の粉が舞い始める。
身体中に纏わり付く蔦が灰となる。
女はもうすぐそこまで来ていた。
身体が自由になったところで、この力を使って対峙すれば相手の命はないだろう。
彼女の顔に大きな火傷痕を残したのは自分だ。
(また同じことを繰り返すのか……)
もしくは運が良ければ怪我で済むかもしれない。
微動だにしない雪華までほんのあと少し、洌士と光留は必死に走った。
(間に合わへん……!)
「雪華ーっ!!」
「雪華ちゃんっ」
雪華はしっかりと瞳を開けその目に敵を捉える。
「
——キィンッ
激しくぶつかる金属音、火花が散る。
あと数歩まで迫る刃、敵に対抗すべく今にも弾けようとする炎、それら二つが突然遮られた。
「無事か?」
雪華の頭上から聞き慣れた声が降る。
(どうして……、なんでっ)
目の前には見慣れた黒い背中と少し癖のある柔らかな髪、そして、ぶっきらぼうで優しい声。
「っ、なん」
「遅くなっちまった、わりぃ」
翔悟は雪華の言葉を遮り謝る。
謝るべきは彼ではない、真実を告げず危険な目に合わせてしまったのは自分だ。
それにも関わらず助けに来てくれた。
何故、申し訳ない、すぐにでも離れてほしい、だがその底に気付く感喜。
沢山の感情が駆け巡り、今にも泣き出しそううだ。
「お前ら……」
「警務部隊が何でここに……」
翔悟だけではない、洌士や光留、水月院家の者達を背にし敵に立ちはだかるよう囲む警務部隊。
「どうも、警察です」
今野が嘉辰達へ敬礼をする。
「お前ら、何のつもりや」
洌士が目の前に立つ今野へ問う。
「俺たちは警察だ、市民を守るのが義務だ」
「市民て……、ここは管轄ちゃうやろ」
ここは京だ、管轄は西警務局であり対応も西警務部隊になるのが通例のはず。
「上からの許可は後から下りるはずだ!」
ニカっと言い放つ。
“はず”と言い切る。つまり無断で動いているということだ。
今野のあまりにも気風の良い笑顔に呆けてしまった。
「……アホらし」
言葉では悪態をつくが内心ほっとしていた。
雪華の眼前に迫る敵を押し留める翔悟が目に入る。
光留もふぅと小さく息をついた。
流れが変わった。
彼らの介入により嘉辰側も少々ざわついている。
——ザザザッ
音のする方を見ると翔悟と女が睨み合っている、いや、正確には女は雪華だけを見ている。
そして雪華も女の目を真っ直ぐに見返していた。
翔悟は相手の勢いとその反動を利用し、なるべく遠くへと突き放していた。雪華の近くへ寄らせたくない。
「なんやぞろぞろと」
突然のことに嘉辰は気怠げに言うと、突然“あっ”と何か閃いたかの様な声を上げた。
「そうか、お前ら“ソレ”の新しい飼い主やな」
ニヤニヤと随分と楽しげな厭らしい笑みを浮かべている。
ギリリと、翔悟の柄を握る手に力が入る。
「“ソレ”?飼い主?何のことかさっぱりわからんな。俺たちはただ仲間を助けるために来たんだ」
今野は至極冷静に返し、感情の機微を周りに見せないように努める。
流石は総隊長、己の佇まい一つがその場にいる隊員全ての士気を左右することがよく分かっている。
今野の声に翔悟もほんの少し冷静さを取り戻したようだ。嘉辰から再び女へ集中する。
「なんも知らんくせに仲間やなんやと……、そうや、せやったら俺が教えたるわ、ソレの“正体”をな!」
ハハハッと下卑た笑い声を上げる。
雪華は唇を強く噛んだ。
「クククッ、愉快や!聞いたらどうせお前らも邪魔に思うやろうな!」
不快に歪む口から語られる雪華の“正体”とは……
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