後ろ正面、だーれだ?
「お前は確か、妹の方か。姉貴じゃねぇのは残念だが、鬼神級を倒したんだ。少しは楽しませてくれよッ!」
ゴウマはトウカの頭へと手を伸ばす。
「影踏みの刃ッ!」
咄嗟にトウカも足先を刃へと変形。そのままゴウマの掌を切りつけた。彼から放たれる圧に、身体が防衛反応をとったのだ。
そこにシンヤも続く。ほとんど条件反射で走り出し、ゴウマの腹へと拳を叩き込んだ。
「へぇ。ガキにしては揃って、根性は座ってるみたいじゃねぇか?」
ゴウマのタフネスさは外見以上だった。全身の筋肉だけでなく、彼の持つ魂自体が鋼の鎧のような強度を誇っていたのだ。
「なんだ、コイツ……硬すぎるだろ……⁉」
その強度はさっきの迷鬼神よりも数段格上。切りつけたトウカの足にはヒビが入り、シンヤの拳には血が滲む。
「けど、パワーが足りねぇな。筋力も魂の質も、ガリガリにやせ細ってるじゃねぇか」
その表情は次第に、不機嫌になってゆく。今のシンヤ達では、強者との戦いを渇望するゴウマの渇きを潤すことのできる基準まで届いていないのだ。
「こうなったら……シンヤ!」
「わかってます!」
すぐに二人は身を翻し、ヒナミとユウを脇へと抱えて逃げ出そうとする。ユウの怪我は動かして良さそうなものでもなかったが。それでも今はそんな悠長なことを言っていられない。
「顔に縦棒状の刺青、それに私の背後にいきなり現れた隠密能力」
「あの〈解放者(リベレーター)〉……多分、〈戒放(リベレート)〉も会得していますよ……」
二人は〈解放者〉に纏わる知識も、すでにカサネから学んでいた。その身体に彫られた刺青の意味も、彼らが操る〈戒放〉の脅威も嫌というほどに理解しているのだ。
だからこそ、二人は全力逃走を試みる。
◇◇◇
「…………あ?」
ゴウマは二人の逃げていく背中を眺めていた。
「んだよ……? 敵に背中を見せるなんて、」
別に武士道精神を重んじているわけじゃない。
単純に、これまで自分が明け暮れてきた戦いの中で、背中を向けるという行為の危険性を知っていただけだ。増して、格上の相手に背中を見せるなんて、守りを捨てる愚行に等しい。
これでは簡単に殺せてしまう。そう思うと、ゴウマの中で落胆が徐々に広がっていった。
「はぁ……つまらねぇ……つまらねぇ……つまらねぇ!」
次第に落胆は、怒りへと変換され、爆発する。
ゴウマはその巨大から想像できないようなスピードで跳躍し、シンヤ達の前へと回り込んだ。
「クソッ! 退けよ、こっちは友達が怪我してんだ! テメェみたいな、ゴリラの相手をしてる暇はねぇ!」
恐怖を踏み殺したのであろう。
シンヤが一歩前へと踏み出す。
「なら俺を押し除けていけよ。さっき迷鬼神をやったみたいにな」
「チッ……トウカさん! 二人を連れて、逃げて下さい! 俺がコイツを少しでも足止めしてみせますから!」
その言葉にゴウマはさらに顔をしかめた。
「おい、ガキ……漫画の読み過ぎじゃねぇか? 時間稼ぎなんてもんは、強いヤツしかやっちゃいけねぇ。テメェ一人の実力でも俺には遠く及ばねぇってのに、相棒の〈武器師〉を逃すとはどういう要件だ?」
「そ……そんなの俺の勝手だろ! 舐めるなよ!」
シンヤはありったけの魂で全身を覆う。危機的状況下のせいか、いつもより魂の出力が高い。
それでも、ゴウマの望む基準には遠く及ばなかった。
「わかんねぇ奴だな……俺はテメェらに人器一体をしてみろって言ってんだよ。あれなら、少しはマシになるだろ?」
言葉の端々には殺気を滲ませた。
シンヤもそれを直感で理解したのであろう。今、ゴウマの頼みを聞かなければ、確実に殺されると。
「お前らの人器一体なら、万が一にも俺を倒せるかもしれねぇだろ? そうすればお友達は助かる。けど、断ればわかるよな?」
迷鬼神に物理的に退路を断たれたのとは訳が違う。
ゴウマは「自分と戦い勝利すると言う」退路を残していた。もっとも、その退路が崩れないという保証はないが。
「しかたない……シンヤ、やるわよ!」
「はい。……来やがれ、雨斬ッ!」
刀を手にしたシンヤの瞳には鋭さが宿る。
その様子にゴウマ自身も大満足だ。軽く肩を解して、運動のスイッチを入れた。
「人器一体。雨斬シンヤ、ここに有りッ!」
「磁力の解放者(マグネティック・リベレーター)・業魔(ゴウマ)、見参ッ!」
次の刹那には雨斬の刃が走っていた。
手加減をしている余裕なんてないのであろう。並の異形相手に振るえば、簡単に両断できる威力で自分を斬りつけてきた。
「へぇ、いい振りじゃねぇか!」
ゴウマには慢心はあっても、油断はない。戦闘の油断は、それを愉しんできた自身への否定になるからだ。
鋼の拳をぶつけて、斬撃を相殺する。
「どうした? テメェらの人器一体ってのは、その程度かよ?」
「なわけ、ねぇだろ!」
シンヤが雨斬を収めるための鞘のイメージを走らせれば、その手に紫陽花の柄が描かれた鞘が構築される。
封印道の応用で出力と形成を行なった、魂を材料とする刀の鞘であろう。
「オラァッ!」
シンヤはそれを、躊躇なくこちらの顔面に叩きつける。
今、シンヤの両手に握られるのは雨斬と鞘。その両方を交互に振るって反撃の暇を与えぬつもりであろう。
格闘ゲームのハメ技と同じだ。相手がいかに強いコマンドを持っていようと、画面は端へと追い詰め反撃の隙を与えずヒットポイントのバーを削り続ける。
それと同じ要領で、切り刻もうという算段か
「ペッ……くっだらねぇ。最近のガキはラッシュのやり方も知らねぇのか」
ゴウマは血の混ざった唾を吐き捨てると、シンヤの両手首に掴み掛った。始まろう
としたラッシュに強引なブレーキをかけたのだ。
「いいか、ガキ? 戦いってのは遊びなんだよ。けど、戦いってのはゲームじゃねぇ。必勝法もなけりゃ、小細工でどうこうしようってのは、戦いのセオリーから反した野郎のすることだ。俺らのやることは泥臭くて、最高に楽しい命の取り合いだろ?」
「へぇ……結構笑えるスタンスじゃん。もちろん、悪い意味でだけど」
その声は目の前のシンヤから発せられたものでも、武器に転じたトウカのものでもない。
「あ……?」
ただ、声に混ざって金属同士が擦れるような音がした。
ジャラリ、ジャラリと音は続く。鎖か何かを引きずっているのか?
近づいてくる魂の圧は凄まじかった。それこそ、ゴウマの機嫌が一瞬で直ってしまう程度には。
「はっ、はは……なんだこりゃ。すげぇ、すげぇ気配がビンビン近づいてくるぜ!」
ヒリつくような戦いがすぐそこにある。
その事実に気づいたとき、ゴウマにとっては既にシンヤ達のことなどどうだってよくなっていた。
「誰だよ? こんな強い気配を出してる最高な野郎はッ!」
振り返れば、そこには鎖へと姿を変えた〈武器師〉と、〈夜叉〉の称号を冠した〈封印師〉の二人が立っていた。
「────おいゴリラ。誰の妹と弟に手を出したのか、わかってるよな?」
大切な家族を傷つけられ、激情を燃やす〈封印師〉カサネが、そこに立っていた。
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