第36話その名は酔いどれのアタ!

「ありちゃん、あたけ、この後なにも予定がなければ焼肉にでも行かないか?」


「えっ!?いいのか!!?」

「うっす!先輩!あたし肉が大好きっす!!特上カルビ食っちゃいたいっす!」

「よかった。じゃ、俺の奢りで皆で食べようじゃないか」


「ええ~っ!!でもなんだよ急に、ずいぶん気前がいいじゃんかよ!」


「まあ、俺はリーダーだしな、これは皆の歓迎会みたいなもんだ」

「たかし!俺たち三人、出会ってから結構経っちゃってるよ!」


あたけは飛び跳ねて喜びたい気分だった。


すっかり上機嫌のありちゃんは飛び跳ねるどころか、喜びのあまり激しく側転しながら猛烈なスピードで床を転げ回っている。


「あ!ありちゃん!痛っ、いててっ、痛いよ、ありちゃん!」

「やったぁ~!たのしみっす!ににに肉肉~!」


「もう、やめ……ぐああぁあっ!」


あたけが涙を流しているのは、ありちゃんの側転で巻き上げられた埃が目に飛び込みんだからではない。

彼女が転がり回った衝撃で散らかされたダンボールがこめかみにヒットしたからでもない。


そう、嬉しかったからだ。


あたけには野望があった。

女の子にモテるという、まるでナメクジが銀河の果てを目指そうと志すような、壮大な野望が。


だが……。

たかしとありちゃんの仲は特別だ。


そんな二人の間にあたけは入り込めないのではないかと思い始めていたところだったのだ。


(この俺が、ありちゃんと一緒にご飯を食べに行くことが出来る!)


ありちゃん、俺は君の先輩だけどよかったら一緒にご飯でも行かない?


その一言がこれまで言い出せなかったあたけには千載一遇のチャンスなのだ!


「やったあ!!たのしみっす!!」


ありちゃんは転がり回っていた勢いそのままにたかしの肩に飛び乗ると、ジャージ越しにもわかるほど大きな胸でたかしの頭を挟み込んでいた。


そんな二人のじゃれ合いを見て表情を凍りかせるものの、すぐにぎくしゃくした不自然な笑顔を浮かべるあたけ。


「肉肉肉、肉肉肉肉、肉肉肉~♪(肉の唄 作詞作曲:とってもかわいいありちゃん)」


ありちゃんのご機嫌な歌声も今のあたけの耳には入らない。

彼の耳に届くのは自分の心臓の音だけだ。


(落ち着け……たかしはありちゃんのことをかわいい後輩としか思ってないはずだ、だからきっと大丈夫なはずだ……)


たかしはアホみたいに強い上に高身長のイケメンだ。

ありちゃんがたかしのことを好きになってしまうのは当然だし、仕方がないと言えよう。


(……けど、だからってたかしがありちゃんのことを好きになるかは別問題だ)


「二人とも何か希望はあるか?この近くだと焼肉の店は『本格和牛の肉孝行』と『焼肉屋びばぐりる』と『ジャンジャン』の三つがあるけど」


「うっす!先輩!あたし飲み放題があるとこがいいっす!」

「それならびばぐりるにするか」


たかしの言葉にあたけはごくりと喉を鳴らす。


(そう……希望だ。希望はまだ残ってる。たかしがかっこいいからって、あいつがありちゃんのことを好きになるかどうかは別問題のはずだからな)


ビルから出ると油のようなどろりとした空に砂糖を塗したような安っぽい夜景が広がっていた。

たかしの肩の上で体を揺らしながらご満悦な様子のありちゃんをじっと見るあたけ。


(はあ、ありちゃんってやっぱり滅茶苦茶かわいいよな……)


まず身長が185センチくらいあるのがもう確定でかわいいし……顔もヤバいくらいに美人だし……性格だって明るいし……。


おっぱいもお尻もめちゃくちゃ大きくて……。

脚とか太股とかっていうかほとんどお尻だし、鍛え抜かれた筋肉をまろやかな脂肪で包み込んだ太股の間にはきっと夢と希望が……。


はあ~、ありちゃんありちゃんありちゃん……。


「あ!先輩、あたしサワー系飲みたいっす!」

「ありちゃんのサワー……濃いめのサワー……」


「何をぶつぶつ言ってるんだあたけ。お前って酒は大丈夫だったか?」


「え!?あ、ああ!もちろんだ!大好物だよ!酔いどれのアタって呼んでくれよ!」

「へ?あ、ああ……」


こいつはさっきから何をニヤニヤしてんだ?

たかしは困惑するように首を捻るものの、どうせろくでもないことだろうとすぐに視線を前に戻して歩き出す。


一方あたけは、たかしとのやりとりなんてもはや上の空だ。


こんなことを考えているのがバレたら女の子に嫌われちゃうよ!と自分に言い聞かせてみるものの……たかしの歩みに合わせてありちゃんの大きな尻がもこもこと揺れているのを見ていると、すぐに色んなことがどうでもよくなってくる。


「へへ……へっへっ……」


もはやあたけの脳内は吸血鬼とは思えないような下品な妄想と願望に埋め尽くしていた。


「……悪いなみんな、俺も本当はもっと早くこういう食事に参加したかったんだが、支部を立ち上げたばかりで……いや、こんな話は着いてからにしようか」

「うっす!早くカルビとハラミが食べたいっす!タン塩をやっつけるのはあたしに任せて欲しいっす!」


「よし、じゃあ予約を取るから少し待っていてくれ」


そう言ってありちゃんを肩車したままスマホを操作するたかしをぼーっとした目で眺めるあたけ。


ありちゃんの100キロを優に超える巨体を首だけで軽々と支え、平然と歩くその姿はもはや美男美女のトーテムポールだ。

今さら驚くことでもないかも知れないが、どういう体幹をしていればそんなことが出来るのか?


たかしのように強くなれば、あんな風にありちゃんのことを支えてあげられるのだろうか?


(俺も……)


俺だって……そう、たかしみたいに。


「うっす!そうだ、せんぱい」


ありちゃんがたかしの肩の上で何かを思い出したように口を開く。


「どうした?」

「今日はみんなの話、いっぱい聞きたいっす!先輩たちがどんな生活送ってきたか、あたし知りたいっす!」


「……ああ、俺も皆の話が聞きたい」


目を細めて嬉しそうに改めてたかしは言う。


「俺たちはチームだからな」


そうこうしているうちに三人は目的の建物の前に辿り着く。

あたけの心中では不安と期待、そして嫉妬が燃え上がりつつ合った。


そう、それはまるで肉を炙る炭火のように……。

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