4.自己紹介
流石は時代の最先端を行く企業が出資しているだけあって、軍と言っても過言ではないほど設備が充実している。宿舎は一人一部屋だし、廊下は清掃が行き届いている。トレーニングルームには最新機器が備えられており、世界に数えるほどしかないと言われるVORXシミュレーターも複数台ある。シャワールームに大浴場、サウナまで、どうして分けたと言いたい。
「驚いたか」
「ええ、そりゃもう」
「そりゃ何よりだ。ここが今日からお前の『家』だ」
「家……」
言われてみれば、今世で家といえるものを持ったことはなかったように思う。帰還する場所こそあったものの、それは檻か物置であった。
「お前の部屋はここだ」
「角部屋、いいね」
少しバンカーからは離れているものの、シャワールームも近くて良い。逆にトレーニングルームなどの共用スペースからは離れているから、静かで過ごしやすいだろう。
「ちなみにそこの部屋、お嬢の降りてくるエレベーターの真向かいだから気をつけろよ」
「へ……?」
「そんじゃ、任務のことはまた明日な」
「へ?え、えぇ」
前言撤回。なんてとんでも物件だ。
「あら、不安そうね」
「……セリーナ様、いつからそこに?」
「『ここがお前の部屋だ』からかしら」
最初から居たなら声をかけてくれればいいものを。そうすればウミヘビだって……もしや気づいていてわざと気が付かないフリをしていた?
ええい、こんなところに居られるか、私は部屋に帰らせてもらう!
「お疲れ様でした~!」
扉乗っ隙間に身体を滑り込ませ、後ろ手で鍵をしめる。ふう、今日はいろんな人と会う日だ。昔の機体の中での孤独が恋しい。
「ん……あれっ?」
部屋を見渡すと、そこにはベッドが2つあった。しかも親切なことにダブルサイズが2つある。
ガチャリ
「あ、あの、セリーナ様?」
「聞いていないのかしら。ここ、私の仮眠部屋だから」
一部で休む姿を見ないことからロボット説が囁かれている彼女も、人間であったということか。
いや、だからといって相部屋はないだろう。せっかくの一人の時間が……
「あとこれ。渡しておくわね。それじゃあ私は一眠りするから、騒ぐなら外でしてね」
そう言って手をひらひらとふると、お嬢は本当にベッドへ身体を預けた。数分も立たずに寝息を立て始めたことから、相当疲れが溜まっていたのだろう。
「っと、これは」
通話端末のように見える。一般的に流通しているものに似せてあるが、細かな部分が記憶と一致しない。覚束ない操作で電源を付けてみると、やはり知らないOSが搭載されているらしい。見覚えのないロゴが動いて――
『昨日ぶりだね!!!』
端末のスピーカーから大音量で流れ出た。思わず端末を扉へ投げ捨てる。
「あいたっ!酷いじゃん、せっかくの再会なのに」
「ちょっと、静かに。セリーナ様が起きちゃう」
「ああ、あのツンツン娘ね。ほんとありえない。この私を」
長くなりそうだな。私は静かに扉を開けて共用部へと歩いていく。途中見える窓からバンカー内でせっせと働くメカニックたちを眺めながら、端末に耳を当てる。
「それで、貴方だれ?」
「……!?!?!?!?私のこと忘れちゃったわけ????」
そもそも自己紹介すらしていない。
「昨晩私をあんなに激しく弄んだくせに」
「違う。あなたのサポートは完全にシャットダウンしていたはず」
「そこに気づくとは……ってやっぱり覚えてるじゃない!」
「はいはい。それで、最新AI様は何用なの」
「むぅ……、ウィズ」
「ん?」
「ウィズって呼んで」
「じゃあウィズ。何用?」
「何用も何も」
ケロっとした声色のまま、ウィズはとんでもない事実を告げた
「マスター登録は二度と取り消せない刻印みたいなものだから。私と貴方は一心同体ってわけ」
「はい?」
「これからよろしくね。小さい傭兵さん」
「……はぁ。ミナミ」
「へえ、珍しい名前。なにか特別な意味があるの?」
「遠い地方の言葉で方角の南だったかな。あとは……」
「373ってこと?」
「そう。もう捨てた番号だけど」
「ふーん」
「調べようとしても無駄だよ」
「ちぇっバレたか」
そりゃ突然口数が減ったらわかる。それに調べても無駄だ。三桁の数字なんて、インターネット上には無数にある。それからひとつまみにも満たない情報を探り出すには、さすがの最新AIでも役不足だろう。
「はあ。私ももう寝たいから、静かにしといてね」
「ふふふ、このウィズちゃんの口を封じれると思ったら大間違いだよ」
「風呂場とベランダ、それから廊下。どこがいい?」
「嘘ですごめんなさい」
うるさい住人が、また一人増えた。
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