第6話 ダレル君、敵陣に乗り込む

 サンディのリボンが片方だけ厩舎に残されていた。もう一つは身につけているはず。

 それを媒体にしてミカエル殿下が追跡魔法を使い、サンディの居場所を探すことになった。


「うーん、やはりこの場所に向かっているようだね。では騎士団にも連絡してもらえるか? エイベル兄上にはこちらから随時報告を入れておく。それから地元の警ら隊······国境警備隊になるのかな、そこにも」

「は、すぐに手配します」

「その際に、『西国の関与疑いあり』としておこうか?」

「は、そのように伝達します」


 護衛騎士二名が動き、残りニ名とミカエル殿下とで足取りを追うことになった。


「ダレル君、君は騎士科なんだよね? 身を守るとしたら何が得意なの?」

「一番は剣です。あとは体術も得意ですが、馬はまだ慣れていません」

「体術というのは護身術とかかな? いいね、それじゃあ一応これを渡しておくね」


 ミカエル殿下からオレンジ色のバッジとイヤーカフ、万年筆のような筆記具を渡された。


「これは筆記具にみえて中心をこう捻ると鋼鉄の剣になる。バッジの方は通信器具になっていて、このイヤーカフとあわせて装着すると同じく身に着けている相手と会話できる。ほんの小声でいいから、『ダレル君聞こえるか?』――このように対象の名前を呼びかければいい」

「すごいものですね」

「何、魔術研究所ではこういうのを開発するのが好きな連中が多いのさ。ちなみに着けているメンバーは私の兄上二人、ケインとシンシア、ソーンダイクと部長もそうだな。だから私に話すなら先に『ミカエル』と声がけしてくれ」

「分かりました。貴重なものをありがとうございます」


 王族に簡単に繋がる魔道具を渡され、ちょっと腰が引けたが、改めて身を引き締める。


「さあ、行こうか」




     ◇     ◇     ◇




 エイベル第二王子殿下が率いる騎士団とも連携し、俺はミカエル殿下方とともに町民用の馬車を利用して、目的地周辺までやって来た。


「アボット嬢は、あそこに見える小屋に居るのは間違いないようだ。反応がある。

 この辺りからは相手も見張りを立てているかもしれないから、ダレル君一人で行くことになる。だが、私達が後ろで控えているから、何かあれば通信で呼びかけてくれ」

「はい、分かりました」

「この馬車をダレル君が借りて、御者役もダレル君がやったということにしよう。申し訳ないけどパッチは常時集音オンにしておくから、君側の音は私達に聞こえるようにさせてもらうね。あ、ご不浄に行くなら今のうちだよ?」


 冗談を織り交ぜてくれるが、俺はうまく笑顔を作れない。

 サンディは無事だろうか。ブリンソン様達も一緒だろうか。サウール西国人もいるのだろうか。考えが一定せず知らず知らずのうちに体が震えてしまう。


 そこへ、偵察を終えた護衛騎士の一人が戻ってきた。


「殿下、近くを見てまいりましたが、該当の小屋から少し離れた場所でアボット家のものと思われる馬車が横倒しになっており、御者が縛られておりました。意識はありますので話をされますか?」

「そうか、御者の周りに見張りはいなさそうか? それなら行こう」



 

 荒々しく横倒しにされた馬車。そこから少し離れた先の木に御者が縛られている。


「口の拘束を取るが、大声を出すなよ、分かったな?」


 護衛騎士の脅すような声に、御者はこくこくと頭を振り了承を示す。


 ゆっくりと口布を外すと、御者は押し込まれた布を吐き出した。その間にもミカエル殿下は、罠が仕掛けられていないか鋭く観察しているようで、何事かを詠唱した。


「何ですか?」

「認識阻害と防音の術をね、一応。何もトラップは無さそうなのだけど。――さて、聞きたいことがある。騒ぎ立てずに答えてくれるか?」


 ミカエル殿下が落ち着いた声で話すと、自然とその意に沿いたくなるような――威厳なのか威圧なのか、とにかくそういうものを感じる。これが王族の声というものだろうか?


 御者はすぐに答えた。


「私はアボット侯爵家の御者です。お嬢様――サンディ様が怪しげな者達に攫われてしまいました!」

「その者達を見たか?」

「はい、とはいえ一瞬です。すぐに目隠しをされてしまいましたので」

「アボット嬢がどこに連れて行かれたか分かるか?」

「おそらく、このすぐ先のどこかでしょう。お嬢様の他に怪しい男五名、女一名、それから学院でお嬢様に手紙を渡してきた男子学院生五名も一緒かと思います」

「女? それはどのような者だ?」

「詳しくは分かりませんが、お嬢様は存じ上げている方のようでした」

「彼らの目的は分かるか?」

「······お嬢様をサウール西国に連れて行くと言っていました。その前にこの誘拐を、男子学院生達の揉め事へと偽装するために、セイモア様をお呼びになったと」

「そこまで聞いてよく殺されなかったな?」

「暴行を受け、ほとんど意識がなかったことと、······お嬢様が命乞いをして下さったからです」


 ここで御者は痛みを堪えるように目を閉じた。


「なるほど、ではこれまでのことを簡単に話せ」

「本日はサンディお嬢様を送迎するためにあの馬車を駆っていました。お嬢様が学院からの帰りに孤児院に行くとおっしゃっていましたので、そのように手配しているところ、男子学院生から手紙を受け取り、急に学院に戻らなければいけないと言われました。それで付き添いのメイドには先に待ち合わせ場所に行くように指示し、お嬢様は馬車で学院に戻りました。

 そこで学院の裏門に付けるように指示を受けまして、騎士科棟の鍛錬場の方へ回りました。お嬢様は厩舎に入り、私はそこにいた男子学院生に『彼女に内緒で祝う計画があるので協力して欲しい』と言われ、指示の通りにダレル・セイモア様宛の封筒を教員室に届けたのち厩舎に戻りました。そうしたら見知らぬ赤目の男達がお嬢様達を取り囲んでいて、······馬車を出すよう脅されました」

「なるほど、よく分かったよ」


 御者は見るからに酷く殴られて疲れているようだったが、繰り返し「お嬢様に申し訳ないことをした」と泣いていた。


「君は敵側の人間ではない様子だな。騎士団をここに呼ぶので、君はこのままここで待機していてくれ。そしてダレル君、やはり宜しくないことが起きているな。場所を移動しよう」


 ミカエル殿下は術を解き、一人の護衛を残してから目的の小屋付近まで戻った。


「エイベル兄上、聞いていただいた通り、西国関与が濃厚です。もうそろそろこちらに着きますか?」

『ああ、目的地まであと四半刻だ。敵はダレル君と学院生の争いに乗じてサンディを連れ去るつもりだろう。着いたらすぐに動けるよう、護衛に偵察を続けさせておいてくれ』

「承知しました」


 通信器具を使ってエイベル第二王子殿下とやり取りを済ませたミカエル殿下は、俺に向き直った。


「ダレル君はアボット嬢とどういう関係なの?」

「う、えっ?」


 突然そんな事を聞かれるとは思っていなかったので、俺は著しく動揺した。動揺しまくった。


 え、どの流れでこんな話になったんだ?


「だって、君はシンシア相手にしくじった騎士科の男爵子息で、アボット嬢は侯爵家のご令嬢。ただの友達なの?」

「それは······」


 どういう関係? 知人、友人? 


「ああ、これから君は囮になって突入してもらうだろう? その前にアボット嬢がどうしてサウール西国に付け狙われているか話しておこうと思ったんだ。だが単なる知人に話すのは多少躊躇いがあってな。だって何も聞いていないんだろう?」


 そうだ、俺はたしかにサンディのことを何も知らない。平民からの成り上がりだ、と軽く聞いただけで、深い事情があるなど思いもしなかった。


 マゼンタのリボンを付けて喜ぶサンディを思い出す。ちょっと早口でさっぱりと笑う、あの顔。


 本人が俺に隠しているのかもしれないのに、ミカエル殿下から聞いてしまっていいのか。殿下が躊躇うのもよく分かる。だが。


「殿下、突入時に何が起こるか分かりません。想定出来ることがあるかもしれないので、彼女の事情をお話し下さい。

 ――俺は彼女が大切です。好きだと思います。必ず守りますから、教えて下さい」


 ミカエル殿下はこんな時なのにいい笑顔を向けて、肩を叩いて来られた。


「ダレル君、君はいい奴だな! 可愛い! 皆が君を構うのが分かる気がするよ」

「へ? あの俺、真剣に話したんですけど······」

「そこがいいんだよなぁ。可愛い! 男でも可愛さって大事だなぁ」


 可愛いってなんだ? 殿下は何がツボに入ったのかひとしきり肩を揺すらせていたが、落ち着きを取り戻すと、アボット家の事情を話してくれた。


 


 サンディは、実はサウール西国の血を引いているのだという。

 元々サンディの御母上が我が国の侯爵家の娘で、サウール西国の有力者の青年と出会って恋に落ち、駆け落ちの末に結婚。

 サンディが生まれてから暫くして、サウール西国との紛争が始まり瞬く間に激化した。

 サウール西国も不安定な状況であったし、御父上が我々が蛮族と呼ぶ部族の首長の直系。とはいえ後は継がず、普通の仕事をしていたようだ。

 だが御父上は、自身が敵国の娘と結婚していることをよく思わない者達に、妻子が何をされるか分からないと懸念し、御父上は御母上と離縁して二人を我が国に逃がすことにしたそうだ。


 だが本当は二人とも愛し合っていたし、紛争がすぐ終わるのであれば再婚したかったのだろうと思われるが、思いがけず長引いた。その間に御父上も次期首長などと勝手に担ぎ上げられそうになり、否応なしに紛争に駆り出されることになってしまった。


 御母上は勘当されている身。侯爵家には戻れないが、幼いサンディを連れて我が国で平民として細々と暮らしていたところを、侯爵家に見つけ出されて籍を戻された。どうも御父上が侯爵家に内密に連絡を取り、保護を求めたらしい。


 侯爵家はしきりに再婚を促したが、御母上は頑なに拒否をしたそう。紛争劇化中だったこともあり、落ち着くまではと、そのまま家にいることを許されたようだ。


 サンディはそういった事情も知っていて、侯爵令嬢としての勉強を粛々と受けた。家でも外でも粗相をしないよう気を張って、また家族で暮らせることを夢見て。


 だが無常にも紛争が終わった時には御父上は戦死していたという。


 ――俺の父が武功を挙げた紛争の裏で、サンディの御父上は亡くなり、サンディはそのままアルバーティンで貴族として生きることになる。


 紛争から三年が経ち、ようやく心の傷が癒えてきたところに、サウール西国の生き残り達が首長直系の血を求めてやって来たというわけか。


「それじゃあサンディやブリンソン様達は、再び我が国との紛争を起こす火種にさせられるのですか?」

「おそらくそうだろう。全く懲りない奴らだ」


 サンディが望んでもいなかったのに、サウール西国の御父上と引き離され、我が国の貴族にさせられた。それなのに、また他人の思惑でサウール西国に連れ去られそうになっている。いい加減にして欲しい。


「腹が立ちますね」

「そうだろう、そうだろう。······ん?」

「俺、絶対メタメタにしてやりますから!」

「おい、そんなに気張ってはいけない! 君はあくまで呼び出されて来ただけで、何も知らないのんきな学院生のふりをするんだ。分かったね?」

「······はい」


 怒りを鎮めようとして深呼吸を繰り返していると、騎士団と先程別れたミカエル殿下の護衛騎士二名がやって来た。騎士団は総勢二十名ほどか。黒い騎士服に身を包んだ騎士団統括長エイベル殿下がひっそりと近づいて、挨拶してくれる。

 このような状況だからか、王子然としたきらきらしさは隠しているものの、ミカエル殿下に似た美形で、腕の筋肉がすごい。首も太くて格好良い。


「よう、お待たせ。君がダレル君かい? 俺は騎士団統括長のエイベルだ。話はほとんど聞いている。それで時間が大分経っているので、君には早速突入して欲しい。いいね?」

「はい」

「兄上、どう動けばいい?」


 ミカエル殿下が尋ねると、エイベル殿下が小屋の大まかな図を見せながら説明する。このあたりの小屋はほぼ同じ造りだということで、早急に用意したらしい。


「ここが入口。窓は四方にあるな。二階建てで敵は一階、アボット嬢達は二階のこのあたりにひとまとめにされているようだ」


 図を見ると、入口から左にある階段を上がり、突き当りの奥にある部屋に閉じ込められているらしい。


「そうだね、追跡魔法でもそのあたりに反応がある」

「ダレル君、民間人の君に危険なことをさせるのは心苦しいのだが、中に君を知っている者が数名いるので代役を立てることが難しい。どうか無理をせず、状況を落ち着いて観察し、何かあれば俺達を呼べ。あと念のためこれを渡そう」


 エイベル殿下から紐で結ばれた笛を手渡された。


「これを勢いよく吹いてくれたら我々もすぐ突入する。魔道具だから必ず我々に聞こえるようになっているから安心してくれ。もし室内で殺されそうになるとか、通信で話す余裕がない時など、緊急の時に使うんだ。突入出来るタイミングの時でもいい。頼むね」

「はい、万事理解しました」


 笛は首から下げて隠しておく。 


「では行ってきます」

「気をつけるんだよ、ダレル君。身体強化の術はかけておくけど、くれぐれも無理をしてはいけない」

「はい、留意します」


 俺は騎士団が隠れて配置された中、ゆっくりと小屋に向かって歩いて行く。

 ――ここで射られて殺されるわけはない。殺られるなら室内だ。敵に見られてるから普通に歩くんだ。

 そう信じて進み、小屋の扉をノックする。


「ブリンソン様、いらっしゃいますか? ダレル・セイモアです」


 もう一度ノックすると、顔色の悪いブリンソン様が扉を開けた。


「よ、よお。ダレル君。遅かった、な」

「ええ、少し迷いまして。アボット嬢がいなくなるってどういうことですか? ここにいるのですか?」

「騒ぐなよ、いるよ。だから中に入れ。······誰にも会わなかったか?」

「いえ、馬車を借りたり、ここの道のりを街で聞いたりしたので、誰にも会ってないわけじゃ」

「ああもういいよ! 入れ!」


 土気色のブリンソン様に連れられて、予想通り左の階段に向う。


「あ、お手洗い借りていいですか?」

「なんだよ急に!」

「ここに来るまでバタバタで行く暇なかったんです」

「そうかよ! あそこにあるから行って来い! すぐ戻れよ!」


 ブリンソン様はやけに苛々しているようだが、俺はわざとらしく用足しに向かった。


「ミカエル殿下、無事に中に入りました。これから二階に向かいます」

『了解。ふふふ、なかなか肝が座ってるよね、ダレル君は。健闘を祈る』

「了解しました」


 手を洗って出て行くと、ブリンソン様が腕を引っ張って階段へ向かわせられる。


「早くしろよ! それからこれから起きることでギャーギャー騒ぐなよ!」

「はい、そのように気をつけます」


 あくまでも気をつけるだけだけど。


 二階の突き当りの部屋。何の変哲もないが、ブリンソン様がノックをして入室する。


 そこにサンディとブリンソン様の取り巻き四名と、見知らぬ赤目の男達五名に、――シスターがいた。


「シスター? どうしたんですか、こんなところで。平服ですけどシスターですよね?」


 シスターと思しき女性は目を伏せて黙りこくっている。

 ブリンソン様も先程とは打って変わって口を噤み、取り巻き達も縛られているなどはないものの誰も一言も話さない。


「サンディ、元気か?」

「ええ、問題ないわ! ごめんなさい、巻き込んで······」

「その前に俺達に挨拶が欲しいね、ダレル君」


 赤目の男達が下卑た笑いで俺を見下ろしていた。

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