[魔女]と忌み嫌われ無理やり[ドラゴンの花嫁]に捧げられた薬草師の嫁入りセカンドライフ
熊吉(モノカキグマ)
序章:「プロローグ」
0-1 第0話:「空から来る薬草師」
うららかな春の日差しの中で、大地がきらめいている。
冬の終わりと共に一斉に芽吹き、我先にと天に向かって伸び、葉を広げ、花を咲かせた草花たち。木々は豊かに茂って心地よい木漏れ日を地上に落とし、その下をウサギや鹿たちがのどかに駆けている。
見渡せば、森と草原が入り混じり、幾重にも稜線を重ねながら広がる地平。土がむき出しの曲がりくねった道を、ロバに引かれた荷車がのんびりと進んでいく。
放牧地では牛や羊、馬たちが幸せそうに草をはみ、畑に出た人々はせっせと耕作に励んでいる。点在する集落からは、炊事のための炎から立ち上る煙が家々の煙突からゆらゆらと立ち上っていた。
牧歌的でどこか懐かしく、心安らぐ、田舎の景色。
その中を、さっ、と影がよぎる。
———巨大な蝙蝠の翼。長くのびた首と尾。数百メートルも上空を飛翔しているのに、それでもはっきりと田園に影が落ちるほどの巨大な生命体。
一頭のドラゴンが、人々の頭上を飛び去って行く。
だが、その存在を誰も恐れてはいなかった。
人間など圧倒する力を持った巨大な獣が、悠々と、我が物顔で空を飛び回っているというのに。
むしろ、その影に気づいた人々は顔を上げるとどこか優しい微笑みを浮かべ、日差しを遮るために手で
それは、畑ではなく村で仕事をしている人々も同様だった。放し飼いにされている豚たちを追いかけながら遊んでいた子供たちはより嬉しそうに、「わぁっ!! 」と歓声をあげながら、飛び去って行く翼に向かって手を振るほどだった。
「フェリクス。あなたって、やっぱり人気者ね! 」
眼下を流れていく光景を目にして、薬草師のキアラは顔をあげ、ドラゴンのフェリクスに楽しそうな声をかける。
彼女は、後頭部のあたりに乗っていた。馬用の鞍を改造して作られた座席が竜の首にくくりつけられており、そこに、両足を左側にそろえて投げ出すようにし、身体を横にして、しっかりと竜の角を手でつかみながら腰かけている。ドラゴンの首は太く、女性のキアラではまたがって乗るということができないのだ。
自身を乗せて飛び続けるフェリクスの鱗の上を、薬草のにおいの染みついた細い指が優しくなでた。
薬草師の、春の草花の色を思わせる柔らかい色合いの瞳が、優しくフェリクスの姿を見つめている。
瞳孔が縦に細長い蛇の瞳を持つ竜が彼女を見上げる様子も穏やかで、親愛に満ちたものだ。
「あら、お師匠さま! フェリクスさまのことだけではないですよ、きっと! みんな、お師匠さまのことも、大きくて強くて優しいドラゴンと同じくらい、好きでいてくれるのですから! 」
言葉はいらない。見つめ合うだけでよい。
そんな雰囲気だったが、風に舞うキアラの長いクリーム色の金髪の向こうから一人の少女がひょこっ! と顔を出し、まるで我がことのように自慢げに言う。
「薬草師のキアラと言えば、もう、国中で知らない人はいないっていうくらいに有名なんですから! ドラゴンに乗って、空からあらわれる凄腕の薬草師! そのお薬は他のどんなものよりも効き目は抜群! おまけに、こんなに綺麗で、優しいお姉さま! くーっ、私のお師匠さま、素敵ですっ!! 」
「あらあら、エリー。なんだかくすぐったいわ」
薬草師が苦笑したのは、彼女の腰に回された少女の腕の感触のためではなかった。
「とんでもない! お師匠さまは、もっと胸を張っていいんです! 」
キアラの様子に気づいていないのか、あるいは、わざとそうしているのか。
エリーは有言実行とばかりに自身の胸を張り、背中の半ばまで伸ばした亜麻色の髪を豪快に風に泳がせながら断言する。
「だって、私がこんな風に元気になれたのも、全部、お師匠さまのおかげなのですから! そして、フェリクスさまの翼のおかげで、いったい、どれだけたくさんの人たちが助かったか! 」
「そうね。そうだったわね」
———確かに、我ながらよく頑張ったものだ。
ここ数年の間に起こった様々な変化、竜にフェリクスという名を与え、互いに[契り]を交わし、伴侶となってからの日々を思い起こした薬草師は、そのことを懐かしむように双眸を細めた。
≪ところで、キアラ≫
その時、竜に乗っているキアラとエリーの頭の中に、直接、声が響く。
人間で言えば少年のような声。
それはドラゴンが、フェリクスが念話で語りかけてきているのだ。
≪特に当てもなく飛んでいるが、どこか、行ってみたい場所はないのか? ———あるいは、このまま世界を一周してみようか? ≫
「うふふっ。そうね、それも、おもしろそうね! 」
半ば冗談、半ば本気の言葉に、思わず吹き出してしまった薬草師は自身の髪を左手で抑えつけながら、目の前の風景を眺める。
暖かな陽光の中で、平穏に、そのどこにも不幸などないかのように在る世界。
自分と、その伴侶、そして時に少し騒がしくもある愛弟子と共に旅をし、救った場所。
今、彼女たちは、その世界のどこへでも行くことができ、どこでも暖かく迎え入れてもらうことができる———。
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