間章 選択

                   1


英雄ヒーローになりたい。』

 それが昔の口癖だった。

 真っ直ぐで正義感が強く、困ってる人を見かけたら必ず駆けつける。


 そういう少年だった。


『久遠有次』、という少年は。


                    2


 誰かを救う、と言っても、その方法は多岐にわたる。

 警察官。街の治安を守ることで多くを救う。

 医者。怪我や病気を治して、人を救う。

 消防士。火の危機から、人を救う。

 特別な役職などなくとも、人は大小様々な形で皆、誰かを救っている。

 道を譲ってあげたり、荷物を持ってあげたり、困ってる人に声をかけてみたり。


 無数にある救い方から、少年は、医学を選択した。

 シンプルで、わかりやすい方法だ。

 少年には早かったのかもしれないけど、そんなことを言い訳にはしなかった。自分なりにできることはやろうと考えた。難しい専門用語が必要な本は横に置き、緊急時の応急処置や、基礎疾患、障害についての本を読み漁った。せめて知識さえあれば、いざという時に役立つかもしれない。


 ある日、学校のクラスメイトの二人が喧嘩をした。

 少年には理解ができなかった。どうして喧嘩をするのか。どうして、理由があれば誰かを殴れるのか。蹴れるのか。

 少年は気付く。

 自分の持っている知識では、彼らを救えない。

 なぜ救えないのだろうか?

 そして、少年はこう結論づけた。


 そうか、彼らを理解できないから救えないのか。


 少年は、喧嘩をした二人の友人たちに、話を聞いて回った。それでも、彼らを理解するには不十分だった。

 いや、根本的な問題だった。

 人を救おうというのに、人についての理解が足りなさ過ぎた。

 人とは何か、人が織り成す社会とは、世界とは何か、善とは何か。悪とは何か。

 定義が困難だとはわかるが、言葉におこすこともまた困難だった。


 少年は、世界の真理を求めた。


 ただ、誰かを救うために。


 そこに、大きな意味は含まれていない。少しだけでもその人の気分が晴れてくれれば、それで良かった。

 

 これが、少年の過ち。

 これが、少年の誤り。


                    3


 少年が十一歳の頃。

 長らく止まっていた歯車は動き始める。


 その日、少年は勉強をしていた。

 変哲のない、普通の日常風景。

 机に向かい、鉛筆を握り、問題を解く。

 お腹が減ってきた。外を見ると、日が落ち始めていた。

 扉の隙間から流れ込んでくる夕飯の香りが、食欲を膨らませる。


 そんな時だった。

 少年には、はっきりと聞こえた。

 パチン、と指を鳴らしたような音が。


 意識は完全に途切れた。



 何かを見た気がするし、何も見なかった気がする。

 何かを得た気もするし、何かを失った気もする。

 何もかも曖昧だった。

 けれど、

 そう、感じた。



 少年は、ハッと勢いよく目覚める。

 机に横顔をつけて、寝落ちしたみたいな姿勢だった。

 視界に映るデジタル時計は、数分しか進んでいなかった。

 少年は不思議な感覚に陥っていた。現実では無いどこかにいたような、今のここが非現実に感じるような、形容しがたい、地に足が着いていない状態だった。

 部屋に父が入ってきたことで、現実だと実感した。


 そして知らされる。


 自分のが、変わっていることを。


                    *


 病院に行っても、原因がわからなかった。

 医者は、思春期男子だから、精神的な変化や、ホルモンの乱れなどが原因かもと言っていたが、眼の色がに、それも層のようにはっきりと分かれているなんて、そんな話聞いたことがないし、調べても前例は見つからなかった。


 とりあえず、眼帯をもらい、隠すことにした。

 弟にも怪我をしたと嘘をついた。どうしてか、隠そうと思った。


 眼に変化があってから、少年は『変わった』。

 少年にもよくわからないが、あの日から、周りと微妙なズレを感じていた。

 周りと同じように笑ったり、楽しんだりできなくなった。そういう機能が失われた訳ではない。ただ、そういう感情が、うまく湧いてこないのだ。


 加えて、意識を失っていた間に、恐らく『見た』であろう何かが、頭から離れなくなった。それを手に入れたいという欲求が強くなっていった。

 何故かは分からない。あれが必要だからかもしれないし、夢を叶えてくれるからかもしれない。


 少年は、周りとの交流が希薄になり、より多くの知識を漁った。全てを識るために。


 おかしなことに、不定期で眼の色に変化が起こった。


                    *


 「月」に満ちた夜、皆が活動を止め、寝静まった後も、少年は追い求めた。魅了され、虜にされている様だった。たとえそれが「欺瞞」だったとしても、ほんの僅かでも可能性があるのなら、手を伸ばそう。

 少年は『勝ち』たかった。持ち得る情報は乏しく、敵も見えず、敵がいるのかさえ分からない。模糊とした戦いに、『勝ち』たかった。




 成長は、即ち「変化」である。何かを得た時、得る前と得た後では別人なのだ。それが、良い方に転がるかどうかは分からないが、少年は「転換点チャンス」を手繰り寄せた。

 そこは、『慈悲』の部屋。しかし、少年はその感情に心当たりがない。では、誰から誰に向けた『慈悲』なのだろうか。




 この「慈悲」についての一切を、“彼”は望んでいなかった。そんなことつゆ知らず、少年は手を伸ばす。伸ばし続ける。大いなる『知恵』を求めて。



 少年は足を踏み入れた。まだ一歩だが、一歩だけでも確実に、高みの片隅へ、入った。


 この時、少年は十七歳。


 パチン、と音が聞こえる。

 以前と違うのは、意識が明瞭だということ。


 目を、ゆっくりと開ける。

 一面真っ白で、何も無い空間。物陰一つないせいで、どこまでこの空間が続いているのか、掴みずらかった。

 ひどく困惑しているわけではないが、現状について整理していると、

「やぁ、待っていたよ。」

 後ろを振り返ると、パチパチパチと手を叩く『自分』がいた。

「俺?」

「ああ、姿に関しては気にしないでくれ。お前の姿を真似てるだけだから。」

 容姿や口調までまったく同じ自分が、目の前にいた。別人とわかっていても、どこか心が落ち着かない。

「ここはどこだ?」

「ここは、人間たちが住む空間より、高次元に存在する空間。神界アツィルト。」

「……じゃあお前は誰だ?」

「ん~、誰だ? は正しくないな。人間のいう名前、何てものはないけど、こう言ったらわかるかな。俺は、人間たちが『』と呼んでいる存在さ。」

「……。」

「大丈夫さ。もうすぐ理解できるようになるから。」

「?」

 話についていけないが、自称神は話を進めた。

「上を見てご覧。」

 言われた通りに上を仰ぐと、彼方遠くに、丸い何かが見えた。手をかざせば隠れてしまうくらい小さく見えるが、本当の大きさは予測できない。その在り方は、まるで太陽みたいだった。

 色が、上手く認識できなかった。ころころと色が変化しているように見える。

「あれは見るものではなく、触れて感じるものだから、深く考える必要はないよ。」

 顔を戻し、目の前の自分のそっくりさんに目を向ける。自分と違う点は、このニヤケ面だろう。ただ、見下しているようには感じられない。……楽しんでいる? のだろうか。

「あれは、いわば世界の真理ってやつだ。お前の望むもの全てが、そこにある。」

「……仮にお前の言うことが正しいとしても、?」

。」

 自称神が手を上にかざすと、小さな丸だった世界の真理が、グングンと近づいてきた。手のすぐ側まで来ると、今度は圧縮されて小さくなり、手の平サイズのきゅうになった。それをこちらに投げた。ゆっくりと向かってくるそれを、拒むことなく、胸で受け入れた。

 少年に触れた瞬間、少年の意識はそれに吸われた。

 

 球の中で、少年はった。全てを。

 人間とは何か。善とは、悪とは何か。この世界とは、その成り立ちは、システムは。そして、

 



 そこで、少年は

 ここでの死、とは、概念的なものを指す。

 少年は純新無垢で、色に例えるなら真っ白だった。そこに、真っ黒なインクが大量にこぼれた。全ての白は黒に染まっていき、やがて、紙から白は亡くなった。

 そういう意味で、少年に殺された。

 本当は、インクを零した奴が真犯人だ。性質たちが悪いことに、こいつはわざと零したのだ。しかし、黒のインクからしてみれば、自分が白を消し去った、というのは事実なのだ。望もうともそうでなくとも。



 駄目だ。、駄目だ。思い出してはいけないんだ。全てが無意味になってしまう。

 駄目だ、駄目だ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。

 嫌だ、嫌だ、イヤだ、イヤだ、イヤだ。

 それは、要らない。欲しくない。求めてない。

 自分の意思に関係なく、溢れてくる。零れてくる。

 思い出してはいけない、記憶が。魂に刻まれた、記憶が。


「そうだ。俺は、」

 (違う。)

「俺の名前は、」

 (違う。)

「久遠有次、じゃない。」

 (違う!)


「俺は、鴇矢ときやゆう……」


 青年は、発狂した。


 元いた別の世界と、鴇矢有にまつわる全てを忘れて、新しく人間として生きていくことが、鴇矢有の、カイと呼ばれた青年の目的だった。そのために、向こうの世界を捨ててきたというのに。家族の望みではなく、自分の望みを優先させたというのに。

 全てが、水の泡となった。


 青年は、真っ白な空間で、うずくまって、叫んだ。

 自分がまたもや人ではなくなってしまった悲しみ、そのために犠牲になった全てに対する罪悪感、どうして世界の真理なんかを求めてしまったのかという、後悔。


 そんな青年を見ても、神は何も変わらない表情で、こう問うてきた。

 自分と同じ格好、同じ顔をしたやつが、こう問うてきた。

「選択のときだ。自分の全てを、世界の全てを識った上で、それでも人間になりたい? それとも、新しい世界を創るために、神になりたい?」


 青年は、選択できなかった。


 神は、選択する時になったらまたおいで、と言って、青年を現実世界へ戻した。


                    4


 この世界には、人間が知らない未知の『エネルギー』が存在する。

 その正体は、地球ほしが生み出したエネルギー。生物が生まれて、成長するのに必要不可欠なエネルギー。

 そのエネルギーは、生命一つに対して、適した量が与えられる。現状、霊長たる人間が、最も与えられるエネルギーが多い。

 人間とはとても複雑な生き物である。体の構造も然り、その在り方も、自然界からしたら特異とも言える。

 そしてこの、星が誕生する生命にエネルギーを与えるシステムに、唯一のエラーが生まれた。

 人間の双子や三つ子などの多生児、それも一卵性に対してである。

 双子を例に挙げよう。

 一卵性双生児とは、一つの受精卵が二つに分かれて生まれてきた子供のことである。二卵生の場合、二つの卵子に別々の精子が受精して、生まれてくる。同時に生まれた兄妹というニュアンスが近いかもしれないが、一卵性の場合、性別、血液型、遺伝子情報がほぼ百%一致する。

 元々二つの受精卵があったのではなく、初めは一つで、後から二つに分かれた。ここにエラーの原因があった。

 受精卵が一つ誕生すると、星はそこに一人分のエネルギーを与える。一卵性の場合、卵が二つに分かれると、星がもう一つ生命が誕生したと認識し、二つのうち、一つの卵に追加でもう一人分のエネルギーを与えようとする。が実は、卵が分かれた時、初めに与えられた一人分のエネルギーを半々に分割して、お互いが保有していたのだ。どちらの卵もエネルギーを持っているため、星はエネルギーを与えるのをやめてしまい、用意したもう一人分のエネルギーは行き場を失ってしまう。

 元いた世界本史では、この行き場を失ったエネルギーは、時間をかけて霧散し、元あった場所に還る。しかし、この世界模史においては、そこに神が干渉してきた。行き場を失った一人分のエネルギーを、どちらかの卵に与えてしまうのだ。

 一人分のエネルギーといっても、それは莫大なものだ。一ミリの受精卵から幼児ぐらいの年齢までの、成長に関するあらゆるエネルギー全てで、一人分、なのだ。


 そうして、普通の人より膨大なエネルギーを保有した人達が、後に生命の樹を上り、神界アツィルトへと至り、fakerもしくはcipherと呼ばれるようになる。


 神界アツィルトへ到達した者は、人を超えたものと成る。

 その上で、選択するのだ。

 人か、神か。

 

 fakerフェイカー

 人を超えてなお、人として在りたいと願うもの。ただ、一度神界アツィルトへと至ったら、身体的構造のみならず、精神的構造も高次のものとなる。つまり、人になりたいと願っても、本当の意味で人になることはできない。それを理解した上で、人として在りたい、と。たとえ偽物だったとしても、人で在りたい、と。

 そのために、人類の存続を望む。救済ではなく、自分たちが人になるために、人という種を残そうとしているだけだ。


 cipherサイファー

 人を超え、神に成ろうとするもの。樹の頂点のさらに上、0の世界サイファへと至り、神と成ることを望むもの。その目的は、新世界の創造。自分の思い描いた世界を創ること。しかし、彼らが仮に神へと到達したとしても、人から神へと昇華したに過ぎず、元から神として生まれいずるものとは根本的に異なるのだ。だから、例えば、こことは全く別の次元や世界を一から創造する力は持ち得ない。あくまで、今のこの世界を土壌に、新世界を創造する必要がある。

 そのために、人類の滅亡を望む。旧きものと新しきものの共存が不可能なように、新世界をこの世界で創るならば、既に存在する旧世界を壊さなければならない。特に今の地球は、人間が絶大な文明を築いている。最低でも、現霊長の種とその文明を壊さない限り、新世界の創造は叶わない。


 両者は、必然的に、戦うことになる。


                    5


 青年は、殻に籠った。


                    *


 鴇矢有ならば、fakerの道を即答しただろう。

 だが、青年はただの鴇矢有ではない。久遠有次であった鴇矢有なのだ。

 世界式を書いたのは彼だが、この地球上の事象についてのほとんどには干渉していない。

 第二の地球においても、人類の血の歴史は変わっていなかった。その醜さも、その愚かさも。何もかも。そして、自分も何も変わっていなかった。

 もう、疲れた。


 初めは、ただひたすらに泣いた。

 運命を呪って泣いた。どうして自分だけが、と泣いた。

 泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて。

 涙が枯れた時、全てがどうでもよくなった。生きることに執着が無くなった。


 自分の首に、刃を向けようとした。

 その時だった。

 自分の携帯端末が振動したのが。

 いつもなら無視していたが、どうしてか、気まぐれで端末に手を伸ばす。何もかもがどうでもいいと思っていたからかもしれない。

 電話がかかってきていた。

 相手は、篝翔。

 昨年度、同じクラスメートだった少年だ。

 そういえば、翔は今年から海外で生活していた。そのため、自分の今の状況を全く知らないのだ。

 最後に誰かと話すのも悪くないと思ったのか。逆に相手がどんなことを話すのか興味が湧いたのか。

 結局、自分でもよくわからず、通話に応じた。

「お、繋がった。おーい、聞こえるかー?」

 久しぶりに聞いた声。暗く静かな部屋に、彼の声は充満していった。

「何度もかけてたのに、全然出ないんだから。」

「……ああ、すまない。」

「? なんか元気ないな。大丈夫か?」

「問題ないよ。それで?」

「そうそう。そろそろそっちは夏休みだろ? 俺、帰れそうなんだ! 数日ぐらいかもしれないけどな。それで、そっちに顔出そうと思ってな。最近はどうだ。幸一は元気にしてるか? 出来ればやっぱり三人で集まりたいよな。」

「……一つ聞いていいか?」

「何だ?」

「どうして電話をかけてくれたんだ? 他の友達と遊ぼうとか、地元の友達に会いに行こうとか、思わないのか。数少ない時間を、どうして俺と……。」

「変なことを聞くなぁ。そんなの、有次が友達だからだろ。」

「…………そうか。そうだよな。」

 青年は、久遠有次は、噛み締めるように、呟いた。

「相変わらず、気難しそうな顔でもしてるんだろ?」

「そう、かもな。すまない、かけ直してもいいか?」

「いいぞ。じゃまたな!」


 有次は、泣いた。あれほど枯れるまで泣いたのに、涙が溢れて止まらなかった。

 何故なら、今まで流した涙とは、別の涙だからだ。

 (十一歳の時、俺は一度神界アツィルトに連れていかれた。それから俺は、世界の真理を強く求めた。だから正直、それ以外のことはそこまで目に入ってなかった。確かに去年、翔と出会って、幸一を混じえて一緒に遊んだ時は楽しかった。だけど、俺の心はいつも別の場所にあった。今の俺は、多くの人に心配と迷惑をかけている。でも、自分のことで精一杯で、周りの気持ちなんて考えたことなくて、友達の顔なんて思い浮かべたことないのに。それなのに、あいつは俺の事を、友と呼んだ。堂々と、恥ずかしがることなく、キッパリと。)

 そこで有次は思い出した。

 自分の人間への憧れの感情は、人間の負の側面だけがきっかけでないことを。

 (そうだ、俺は、……初めは、人の優しい温かさに、憧れたんだった。かつての自分が持ち得なかったそれを羨望した。いつしか視線は下を向き、悪いところばかりに目がいってしまって、思いが歪曲し、大切なことを忘れていた。)

 有次は、たった一本の電話で、なんてことはない一言で、救われた。そんなことで、と思われるかもしれないが、長い道のりを歩いてきた彼にとって、その一言は、初心へと帰らせ、心に潤いを与えてくれた。たったの一言が、多くのことを与えてくれた。

 悲しみは悲しみで消せない。悲しみを本当の意味で消せるのは、喜びだ。同じように、特殊な事象で複雑に絡み合った彼の心を解いたのは、平凡でありふれた言葉だった。

 急に自分の視野が開けてきた。

 こんな自分にも、心配してくれる家族とクラスメイトがいた。変わらずに友と呼んでくれる存在がいた。

 今の自分は、『鴇矢有』でも『久遠有次』でもない。死んでいった彼らになれなくても、彼らに近づくことはできるはずだ。今の自分にできることを、精一杯やってみよう。それが、二人への弔いとなるのなら。

 それで、彼らの偽物になれるのなら。

 覚悟は決まった。


 選択の時だ。


 視界は白に染まり、いつの間にか、以前神と出会った空間に居た。

 神界アツィルト

「やあ。」

 前と同じように、後ろから声をかけられる。

「後ろから声をかけるのが趣味なのか?」

 そこには、自分と同じ姿の神が立っていた。

「答えを聞かせて。君は何になりたい?」

「俺はfakerになる。」

 しっかりと前を向いて、そう答えた。その顔には、毅さを感じられた。

「神に成ろうとは思わないのか? そうすれば自分の理想の世界を創れるのに。」

「だって、?」

 神は、静かに笑った。

「やっぱり君は、面白いな。」

「なんか言ったか?」

 距離が離れていたせいか、聞き取れなかった。

 神は首を横に振った。

「その選択、聞き受けた。」

 神は手を開いて有次に向けた。そしてすぐに下ろした。

「樹は反転させた。そして神眼しんがんも与えた。あとはお前の自由だ。」

 どうやら神は何かをしたらしいが、体のとこにも変化は感じられなかった。

 質問する間もなく、意識が薄れていき、現実世界へと戻された。

 一人、何も無い空間で、神は、楽しそうな表情だった。

「さあ、君はどんな物語を紡ぐのかな。」

 千篇一律な物語に興味はない。千変万化こそ、傑出した物語の要素なのだ。

 

 そうして、また、歯車を回した。


                    6


 もう右眼を隠す必要はなくなった。

 見た目が戻ったのだ。

 理由は二つある。

 一つは、fakerになったことで、『エネルギーヴァイス』を扱うことができるようになったから。

 もう一つは、神眼となったから。


 神眼しんがん

 文字通り、神の眼。

 己を表す能力が一つ、備わっている。

 能力を発動する時に、眼が光り輝く。その色は、樹の位階によって異なる。

 青年に与えられた神眼の能力は『拒絶リジェクト』。

 皮肉たっぷりな能力を、彼は案外気に入ってる。


 それともう一つ。

 fakerもしくはcipherとなったものたちには、神眼の他に、『ギフト』が与えられる。

 fakerもcipherも人の枠を超えた存在だが、神に到達した存在ではない。そんな彼らに、神の眼を与えるのだから、それを補助サポートしてくれる能力の一つぐらい、授けてもよいだろう。そう考えた神の仕業だ。

 青年には、『空間把握』というギフトが授けられた。


 fakerに与えられたように、cipherにも同じように神眼とギフトが与えられている。

 そして彼らは戦わなければならない。

 己の願望のために。

 その戦いは熾烈なものになるだろう。

 いつ来るか分からないその戦いに勝つべく、青年は、肉体を鍛え、ヴァイスの制御を磨き、神眼に慣れようと研鑽を重ねた。


 時はあっという間に過ぎ去り、年が明け、春が訪れた。

 桜が美しく咲き誇り、生き物たちが活動を始める、春。

 彼らの止まっていた歯車も、動き加速し始める。


 久遠有次。その年で十八となる『青年』は、友の少年と再開し、そして、宿敵の『青年』と相対することとなる。

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