第14話

「あれで良かったのですか?」


 ナイジェルに声が聞こえない位置まで離れると、ライリーはスティーブンにそっと囁いた。

 ナイジェルからは、それが仲睦まじい姿に見えているとは思わずに。


「私が指示したとおりに振る舞ったのだろう?」

「それは、まあ…」


 スティーブンはわざとライリーとナイジェルを二人にした。そして彼女とスティーブンとのことについてナイジェルが聞いてきたら、彼女が彼の花嫁候補だとは言及せず、はぐらかして答えるようにと伝えてあった。

 言い方は彼女に任せるということだったので、ライリーはなけなしの演技力を行使して答えた。

 

「やはり私をスティーブン様の愛人ではと疑っていたようです」

「そう思うだろうな」

「貴族社会って恐ろしいですね。私とスティーブン様の年齢差でも、そのように勘ぐるのですから。まるで後妻業だわ」

「後妻、業?」

「あ、いえ、その…財産のある高齢の独身男性の妻の座に収まり遺産を手に入れる女性のことを揶揄してそういうのです」

「ははは、面白いことを言うな」


 パッとスティーブンが豪快に笑い、周りの人々がこちらを一斉に見た。

 若い女性と腕を組み、楽しげに笑う姿に皆がヒソヒソと何かを耳打ちし合う。


「まあ、そういうことをする人間がいることは確かだ。貴族というのは見栄とはったりもあるからな。老いぼれが美しく若い女性を侍らせるのも、矜持のひとつだ」

「スティーブン様は老いぼれではありません」

「ありがとう。しかし、もう色恋に労力を費やす気力も体力もない。後は余生をいかに楽しむか。それしか頭にない。君のお陰で楽しいものになりそうだ」


 などと言ってウインクして見せる。

 茶目っ気のある年寄りは嫌いではないと、ライリーは微笑んだ。



 一方そんな楽しげな二人の様子を見せつけられて、ナイジェルは面白くない。

 愛人ではないと言いつつも、あの祖父の楽しげな姿を見てナイジェルは実は孫息子より孫娘がほしかったのではないだろうかと思ってしまう。

 国の法律で、女性は爵位を継げない。家系を絶やさないためには、直系男子の存在は不可欠だ。

 どうしても直系がいない場合は、傍系などから適性のある者を引き取るしかない。

 ナイジェルは今のところ唯一の直系だ。特に健康状態も悪くないし、取り立てて廃嫡されるような不品行なことはしていないつもりだ。

 だが、そのことと、孫として可愛がる者とは別の話だ。

 ナイジェルはとうに成人した男子で、今更可愛がられたり、頭を撫でられたりしてほしいとは思わない。

 しかし、仲睦まじく笑い合う二人を見て、胸にもやっとした気持ちが湧いたのも事実だった。


「ライリー・カリベール。何者だ」


 ナイジェルの記憶にある限り、親戚にそんな家名の者はいない。

 ならばまったくの赤の他人だろうとは思うが、もしかしたら祖父か、はたまた亡くなった父の落胤かも知れない。


「調べて見るか」


 先程までは、明日にでも本宅に乗り込むつもりだったが、あちらは自分のことを良く知っている(主には祖父からの情報だろう)のに、こちらは何も情報がないのは気に入らない。

 自分もそれなりに相手のことを知る必要がある。


「まずはミンチェスタ伯爵だな」


 レックス侯爵家を解雇された使用人から、得られる情報など殆どないだろうが、今のところ手がかりはそこしかない。


「後は情報通のカーマメイン卿か」


 明日の夜にでもクラブに顔を出してみようと思いながら、ナイジェルは祖父たちが出ていった入口を眺めつつ、通りすがりの給仕の持つトレイからワインの入ったグラスを持ち上げた。


「ナイジェル、さっきレックス卿を見かけたようだが」


 サクスフォード卿が再びナイジェルに話かけてきた。彼も給仕からワイングラスを受け取る。


「ああ、でもついさっき引き上げたよ」

「引き上げた? 早くないか」 

「年寄りに夜更しは堪えるそうだ」


 祖父の言った言葉をそのまま口にする。


「若い女性と一緒だと聞いたが、君は見た?」

「ああ」


 憮然としてナイジェルが無愛想に答えた。


「なんだ、気に入らないのか」

「他人の身内だから物見高く思うが、自分の祖父が孫ほどの年齢の他人を連れ歩いているのを見て、面白いと思うか?」

「まあ、私にはもう祖父はいないが、それは困るな」


 想像してサクスフォードも顔をしかめる。


「それで、どんな女性だった?」

「小柄で童顔の女だ」

「え、それだけ?」

「祖父とかなり親しげだった」

「それで、名前は?」

「ライリー・カリベールだ」

「ライリー…男みたいな名前だな、美人か?」

「美人?」


 聞かれてナイジェルは記憶を巡らせる。鈍色の瞳に、くすんだグレー混じりの髪は、華やかさとは無縁だ。

 年齢を聞いていなければ、社交界デビューしたてだと勘違いしていただろう。

 

「そんな首を傾げるような見かけなのか?」

「いや、美人かどうかは人によるな」

「なんだ。その薄い反応は。ということは、あまり美人ではないと言うことか」


 ナイジェルの反応がいまいちなので、サクスフォードは明らかに落胆している。


「レックス卿の連れの話か? 幼く見えたが、愛らしかったぞ」


 二人の話が聞こえて来たのか、スタディール子爵が話に割って入ってきた。


「本当か!」


 それを聞いて、サクスフォードが食いついてきた。


「絶世の美女とまではいかないが、悪くなかったように見えた」

「なんだ、大したことないようなことを言って、実は可愛かったんじゃないか。変なふうに考えたぞ」


 サクスフォードはナイジェルを責めた。


「人それぞれだと言ったですよね。スタディール卿が可愛いと思ったとしても、俺は気になりませんでした」


 それは半分嘘で、半分本当だった。

 確かに彼女の顔は可愛かった。小柄な体で大きな目は愛くるしい。

 スタディール卿が首を縦に降るのも頷ける。

 


 

 

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