第31話 悪逆を貫くと決めた日
「ジャック?」
突然現れた名前に困惑して首を傾げる。
「詳しくはエイリッヒ様からお聞きください。私に出来ることはここまでです」
どうやらルーベルトの親友と僕が信じると決めた人は相当にタチが悪いらしい。
僕が複雑な顔をしていると、フローが笑った。
「言ったではないですか。私の命は『今』のルーベルト様のものです、と」
フローは穏やかだった。
ああ!もう!僕の周りは性格が悪いのが多いらしい!
『お前も充分性格が悪いぞ、この人たらし』
人たらしってなんだよ!ルーベルトのばか!
「フロー、フローは大丈夫なんだよね?」
「駄目ですね。今度こそ死罪は免れないでしょう」
どこまでも澄み切った穏やかな顔だった。
なんで死を待つ身でそんな表情が出来るんだろう。
「そもそも、フローはなんで僕を攫ったの?」
「あなたを守るためです」
真っ直ぐに貫かれる視線に嘘偽りはなかった。
「なんでさ、なんで僕を守るのに攫う必要があったのさ」
「ジャックからあなたを守るために隠しておく必要がありました」
「だから!ジャックって誰さ!」
僕が憤慨していると後ろから声を掛けられた。
「いい見せ物だったぞ、フロー」
いつの間にかその身なりと仕草からとても高貴と分かる男性がいた。
護衛と執事を引き連れて、その男性は鉄格子越しにフローに軽々しく肩に腕を回した。
フローは面倒くさそうにその手を跳ね除けると肩を叩いた。そんなバイキンみたいにしなくても。
そんな僕はというと、よく分からない展開にぽかんとするばかりだ。
『皇太子殿下』
「皇太子殿下!?」
僕は慌てて跪き、礼をした。
「王太子殿下、この度は寛容なご対応をしてくださりありがとうございます」
「よい。それよりもトランドラッド公爵、変わったとは噂で聞いたが以前会った時よりだいぶ幼くなったな」
『おい、貴様のせいで王太子殿下から不名誉なお言葉をいただいてしまったではないか!』
ルーベルトが怒っているけど幼いと揶揄された僕は己の不甲斐なさに俯くばかりだ。
「不恰好なところをお見せして申し訳ありません」
跪きこうべを垂れたまま謝罪すると、王太子殿下は笑いながら答えた。
「よいと申しておる。それより、いい加減立て。幼き頃は共に遊んだ仲だろう」
お言葉に甘えて立ち上がり、真っ直ぐに王太子殿下を見詰める。
綺麗な人だけど、どこか掴み所もなさそう。
まあ、上に立つ人が僕みたいにすぐに顔に出るのも問題だけど。
でも、王太子殿下と子供の頃に遊んだ仲っていうのは本当なの?ルーベルト。
『ああ。あの頃は王太子殿下の遊び相手として、学友として城に何度も赴きお相手をさせていただいた。父上が亡くなり公爵家を継いでからは王族と公爵家としての間柄になる』
でも、お友達なんだよね。エイリッヒ以外にも友達いたんだ…。
『やかましい!それに、まあ、この方がまだそう思ってくださればそうなるがな』
きっと思ってくれてるよ。
だからフローにも会わせてもらえたし。
「エイリッヒが王城に血相変えて来た時も思ったが、お前達も息災なようで何よりだ」
「はい。王太子殿下も」
「ははは。たまに毒を盛られて毒味役が倒れるがな!」
これは王族の冗談なんだろうか?
『事実だろうな』
「ええっ!?それは大丈夫なのですか!?」
王族って怖い。
僕が慌てると、王太子殿下は顎に手を当て思案した。
「なあ、フロー。お前は先程お前の命は『今』のルーベルトのものと言っていたな。このルーベルトは今までのルーベルトと違うのか?違うよな。何故だ?」
早速見抜かれちゃってるよ、ルーベルト!
『聡い方だからな。お前が私と違い過ぎているのも原因だろう』
急に話を振られても、フローは肩を竦めるばかりだ。
「さあ、私には分かりませんね」
「公爵たるルーベルト•トランドラッドが偽者であるなら重大なことだぞ。ルーベルト、お前は本当にルーベルトなのか?」
「それは…」
『あなたの長い髪に隠れた黒子の数まで存じ上げているのに失礼ですよ。ルーベルト•トランドラッドは一人のみです』
「あなたの長い髪に隠れた黒子の数まで存じ上げているのに失礼ですよ。ルーベルト•トランドラッドは一人のみです」
えっ、ルーベルト、本当にそんなことまで知っているの?
真顔で答えた僕に王太子殿下は上から下まで見て、最後にフローを見て笑った。
「まあ、今はそういうことにしてやろう。例えルーベルトがこのような事態を起こすはずが無いと分かっていても、人間が人間を知るのはすべては叶わず所詮は一部のみなのだからな」
「その通りです。貴方が知る過去のルーベルトも、現在のルーベルトも、ルーベルト•トランドラッドで間違いありません」
本当の本当は僕はルーベルトじゃないけど。
「それより、ジャックの話です」
フローが話し掛けてきた。
「そう、ジャックとは何者なんですか?僕を守るためにフローがあんなことをしてまで遠ざけたい人物とは」
僕の問いには王太子殿下が答えた。
「ジャック・ザファエル。ザファエル伯爵の長男だ」
「ザファエル伯爵の…」
「ザファエルを捕らえる時には人買いに行っていて難を逃れた。伯爵家が潰れた原因である王家とトランドラッド公爵家、フローを憎んでいる」
僕はフローを見た。
「それで、それで僕をそのジャックから守るために匿ってくれたの?自分が捕まるってわかっていたのに」
フローは何も言わない。
「王太子殿下!それならこれは罪ではありません!僕を守るためにした行いです!どうかご慈悲を…!」
僕は再び跪きこうべを垂れた。
懇願だった。
「おやめください、ルーベルト様」
それを止めたのはフローだった。
「人生には帳尻合わせが必要です。私にとってのそれが今回のことだったのです」
「そんなことない!フローは何も悪くないじゃないか!」
僕は泣いていた。
『おい!王太子殿下の御前だぞ!弁えろ!』
知ったことか!
正しいことをした人間が裁かれるなんて間違っている!
「王太子殿下、トランドラッド公爵家の名にかけて誓います。なんでも致します。フローをお助けください!」
「やめてください、ルーベルト様。私は死を望みます。貴方のために」
その言葉は呪いだった。
僕のためにフローが死ぬ。
それは、最悪の結末だ。
下げた頭が重くなる。
このまま全身を委ねてどこまでも下に堕ちたくなる。
王太子殿下は何も仰ってくださらない。
沈黙が長く続く。
「そうだな、フローの死罪は免れない。そしてお前がルーベルトではないこともわかった。だが、その問答は今はやめておこう。王家にも牙を向くジャックを捕らえて死罪とする。それが最優先事項だ」
先程までの明るく快活、飄々とした言動からは反して淡々と話される姿は上に立つものの姿だ。
「フローの断首台は一等いいものにしてやろう」
せめてもの情けのように言われる。
その前に僕は、僕を守ってくれたフローのためにジャックを捕らえなければ。
僕自身のために、フローのために、僕自身でジャックを捕まえる。
これが僕の、フローのための悪逆の悪逆だ。
『そうだな、ルーベルト•トランドラッドは逆らったものに容赦はしない』
そうして、僕とフローの再会は終わった。
ひそひそこそこそ。
「せっかくトランドラッド公爵様が処刑されて平穏が訪れると思ったのに」
「今年も税は上げられるのだろうか。他国のものを食えなんて言われるんだろうか」
「作物も不作が続きそうなのにあの方は他国との国交ばかり。内政にも目を向けていただきたいわ」
「やっぱり、あの時死んでしまえばよかったのに」
「貧民街の子が頑張ったのに結局トランドラッド公爵家の子飼いが王兵を連れてきて」
「捕まって死ぬんだろ?やっぱトランドラッド公爵は非道だ。一時期は自分に仕えていたらしいじゃないか」
「感情がないのかねぇ」
民の声が聞こえる。
分かってよ、フローのこと。ルーベルトのこと。
フローは僕のために、ルーベルトはみんなのこと愛しているのになんで通じないのかな。全部みんなのためにやっているのに。
みんなのためって誰のため?
「馬車、早く出して」
言えば民の声は後ろ遠くに過ぎ去った。
僕は、フローのために悪逆を貫く。
遠く過ぎ去る嘲笑と噂話から神経を研ぎ澄ませてフローのために出来ることを考える。
エイリッヒはフローと約束したと言っていた。
そのことも問い詰めなくちゃ。
やることは山程ある。
僕は、僕のために。
『そうだな。ルーベルト•トランドラッドは己の道を貫くために民にも守るべきものからも何をどう思われても貫き通す。なんだ。お前もルーベルト•トランドラッドになってきたな』
ルーベルトがどこか楽しそうに笑った。
悪逆貴族のルーベルト。
その悪逆が貫いた先にあるものはなんだろう。
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