真相
第48話
「初めていうことだけれどね、僕も先祖返りなんだ」
なんだって?という言葉を思わず私は詰まらせた。
普段の私なら言うだろう。
しかし驚愕と怒りが混じりあっていて、上手く式神に話させることが出来なかったのだ。
自分と同じ先祖返りという事実が衝撃であり、今までそのことを隠されていたという事実が腹立たせていた。何も言葉が出てこない。
「あちゃぁ。別に隠してた訳じゃないからね?言う必要性を感じなかったんだ。僕が先祖返りだろうが何かが変わるということはないだろうと思っていたから。」
『ふーん』
思っていたから。という過去形の言い方に疑問を感じた私だが、不機嫌さはなかなか去ることはない。
不機嫌なまま返事をした。
その反応に「機嫌直してよ〜」と困ったように兄ちゃんが私を腕の中に包み込みながら言う。
少し反省をしているようだし、それにこのままじゃ小さな子供がいじけているようだ。
その扱いだけは受けたくないと思い、普段通りの態度に私は戻すことにする。
…子供だと思ったことなんて一度もない、という兄ちゃんが言った言葉を思い出して顔が熱くなりそうになった。
「雫。雫はさ、不老不死のままで居たい?それと、声が出ないままで居たい?」
突然の質問にまた言葉を詰まらせた。この男はいきなりが多すぎる。
余裕というものを少しでいいからくれないだろうかと思うが、兄ちゃんが言った言葉を自身の中で反芻した。
不老不死というのはある意味、素晴らしいことなのかもしれない。
老いを恐れることもなく、死という絶対的な終わりを恐れることもない。
だけど、大切な人との別れを避けるというとは死と同じように絶対に避けては通れないことである。
永劫の時を過ごすということはそういう意味だった。
『そんなの、良いだなんて思ってるわけないじゃん』
だからこそ兄ちゃんとの婚約も破棄しようと考えていた。
私と契りを結べば同じく不老不死の呪いを受けることになる。
沢山の悲しみが待っている未来を大切と思う人に背負わせたくはなかった。
同じ痛みを、悲しみを背負うなら平気という話ではない。
それを永劫に味合わせるだなんてそんなことさせたくはなかった。
そんな当たり前のことを聞かないで欲しい。そう思わずには居られなかった。
声のことは、実はそんなに気にしてはいなかった。
式神を扱える陰陽師だからだ。でも、兄ちゃんにそう聞かれてしまうと良いとは言えない。
自身の声で大切な人たちと話がしてみたい。
名前を呼んでみたい。
あぁ。と虚しくなるのを私はどうにか抑える。
こんな当たり前のこと、自分はできないのだと虚しくなるのをどうにか抑えた。
でもわざわざなんでそんなことを聞くのだろうか、疑問に感じた。
「雫には記憶がないだろうけど、八尾比丘尼の先祖返りは君が初めてなんだ。本当につい最近判明したことなんだけれどね。だから、先祖返り同士というわけ」
『はぁ…』
それがなんなのだろうと思う。優しい眼差しは変わらず私に降り注ぐ。
「多分、僕が管理してる書物に何か記載してると思う。先祖返り同士が結婚することについて。そして声のことも。今まで誰も気が付かなかったことなんだけどね」
そうほぼ断言するかのような声で兄ちゃんは言った。
私はその声を聞いて初めての感情を得た。
もし、それが本当なら知りたいと。
自分も他の子と同じように年を取り、愛する人と共になりたいと。
まだその愛する人に兄ちゃんはなり得ていないけれど、それでもそうなりたいと。
そして自身の声がどうにかなるのならして欲しいと。
願うように、叶って欲しいとそう思った。
『知りたい。もしそれが本当なら』
「分かったよ。じゃあ、一緒に倉まで行こう。一緒に読み解こう」
陰陽寮の資料室と同じくらい重要な場所のはずなのに、兄ちゃんは軽い雰囲気でそう言った。
なんだか緊張感がないなと私は少し呆れてしまった。
兄ちゃんに手を当たり前のように握られてその例の倉まで向かった。
倉は資料室よりも厳重な結界により守られていた。
鬼天狗が管理しているのだから当然と言えば当然だが、結界の強さに私は少し驚いた。
兄ちゃんが手を翳すと最も簡単に結界は解かれた。私なら結界を解くことは不可能に近いものだっただろう。
急な階段が下に続いていた。地下があるらしい。
どうやらそこに書物があるようだ。兄ちゃんの手を握りながら私は慎重に足を動かした。
地下は主が入ったのが分かったのか、自然と明かりが付いた。
一冊の書物が箱の中に入っていた。
まるで忘れられていたかのような小さな存在感の本。
それでもとても分厚い本だった。聖書くらい分厚い本だった。
「これだね。記憶通りだ」
『これが…』
その本には題名は書かれていない。茶色の表紙だけだ。
兄ちゃんはその本を手に取り、パラパラとぺージをめくった。
お目当てのページを見つけたのか、兄ちゃんは私に本を見せてくる。
「ここからみたいだ。僕らが知りたい事実は」
そこにはこう記されてあった。
『鬼天狗の先祖返りと先祖返りの八尾比丘尼の娘と契りを結ぶ時のみ、呪いは解かれる。』
…あまりにも呆気なさすぎる文章で、私は言葉が出なかった。
自分の代の時のみ、呪いが解かれる?
そういう意味として捉えて良いのだろうか。では今までの八尾比丘尼の娘は?
これから先に生まれるであろう八尾比丘尼の娘は?
救われた記述など、見たことがない。皆が悲惨な目に遭っていた。
「言葉通りに捉えちゃダメみたいだ。とても短い文だし。結婚して契りを結んだら、っていうだけじゃなさそうだ。きっと条件があるんだろうね。でも、希望は見えた。雫はただの女の子になれるっていう希望が」
その兄ちゃんの言葉に、素直にうんとは頷くことはできなかった。
八尾比丘尼の娘の記述を何度も読んでいるからである。悲しい話ばかりだった。
だから自分はそんな悲劇のヒロインみたいになりたくないと反面教師にしていた。
そうでもしないと、同じようになってしまうのではないかと思ったからだ。
「雫、嬉しくなさそうだね」
『…色々、代々の記述読んできたから。私だけ呪いが解かれるとかそんな都合のいい話、あって良いのかなって』
兄ちゃんの前ではなかなか自分を偽る事ができず、俯いたまま私はそう正直に言った。
「先祖返りだからこそ、何かあるのかもしれないよ?」
『だとしても、今まで苦しんできた八尾比丘尼の娘たちが報われないよ』
「そうかな。君が幸せを求めることこそ、代々の娘たちが報われる唯一の方法なんじゃないかな。僕はそう思うよ」
あくまでも優しい態度をやめない兄ちゃん。
何もかもを受け止めようとしてくれているのが私にも伝わってきた。
でも、その優しさが今は苦しい。
自分だけが逃れられるかもしれない苦しみがなくなるという事実が苦しい。
兄ちゃんはそんな私を見兼ねてか、両腕を大きく広げた。
「おいで」
今の私にはその言葉は悪魔のような言葉に聞こえた。
行きたくない。
逃げもしないけれど、あの腕の中に包まれてしまったら。
今までの弱いところも何もかも曝け出してしまいそうで怖い。
だから首を振って私は拒否をした。
「何も怖いことなんてないよ。だから、おいで」
兄ちゃんの腕の温かさが怖いのに。
何故それを分かってくれないのかと恨めしく思ってしまう。
「強情だなぁ」
そう言うなり、兄ちゃんは私の腕を引っ張り自分の胸の中に閉じ込めた。
感じたくなかった温かさが、皮膚を通して伝わってくる。
だめだ、泣いてしまいそうだ。
そう思い、私は自身の唇を噛もうとした。
だがそれは出来なかった。
兄ちゃんが唇を重ねてきたからである。唇にまで温かさを自分に送ろうとしてくる。
なんでそんなに優しくしてくれるんだろう──。
本当は分かっているくせに、分からないと言い聞かせている。
知らないフリを辛うじて続けている。
幸いなことに、私から涙が溢れることはなかった。
キスに驚いてそれどころではなくなった。驚いて引っ込んでいたのである。
驚いて見開いていた目をそっと閉じてキスを受け入れていた。
逃げたところで待っているのはお仕置き。
もう開き直っていた。
「雫…もっとキスしたい」
『…嫌だって言ってもするんでしょ。お好きにどうぞ』
2人きりの空間。
未来の夫婦同士。片方の愛情は深いもので。その空間に居て何も起こらないはずがなくて。
熱い視線を私は顔が熱くなるのを我慢しながら受け止めた。
兄ちゃんが自分のことを何もかも受け止めようとしているように、自分もそうした。
どうして自分がそうしたいと思っているのかも分からずにそうした。
ただ、自分がそうしたいからという至極単純な理由で。
もう少しで自分の気持ちの蓋を開けそうになっている私がそこには居た。
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