第26話 日本ダンジョン協会

「すでに各国からの報奨金の申し出は総額で五千万USドルを超えています」

「それは発表を行った日本ダンジョン協会への支援金という認識で問題ないのか?」


 でっぷりと太った、しまりのない体で、しまりのない笑みを浮かべて発言をしたのは日本ダンジョン協会常務理事『黒田康夫』


 この金で色々と都合の悪かった会計処理を纏めて行っても使い切らないくらいはあるな。


「あの……常務理事、このお金はあくまでも情報提供者への報奨金として、各国が拠出した資金ですので流用はまずいかと……」

「どこの国がいくら出したかなんて外部の人間には誰も解らないんだし世界に向けて発表をしたのは日本ダンジョン協会だ。何も問題あるまい、それに情報を出したと言う奴は、高校生だと言うじゃないか。百万円も渡せば大喜びするさ」

「あの……少なくともアメリカ単独でも一千万USドルを出してきています。それ以下の金額では到底色々な部署から問題視されると思いますが」


「何故だ?」

「七十億円の資金を高校生に渡せというのか? そんなバカな話があるか? 発表をしたのは日本ダンジョン協会だから、褒賞も日本ダンジョン協会が貰う事のどこが問題だ?」


「あの……各国が情報提供者へ報奨金を用意している状況で、日本ダンジョン協会からは情報提供者へ用意する額は無いと仰るんですか?」

「何故発表した日本が払う必要がある?」


「解りました。それを黒田常務理事の見解として、提案させて頂きます」


 ◇◆◇◆ 


(あのくそデブ、本気で今の発言してやがるんだろうな……そろそろ俺も自分の運命を掛ける相手を選ばなきゃな。あいつと一緒に居るだけで、俺はドロ船に乗せられてるようなもんだぜ)


 問題は他の二人の常務理事、専務理事、協会長、副協会長の五人がそれぞれどんな意見を出してくるかだが、俺は今回の決定で一番まともな判断をした人間へ鞍替えするぞ。


 しかし、博多の澤田が日本ダンジョン協会へ連絡して来た時は本当に焦ったな。

 これだけの情報を何も相談せずに、この本部に知らせるのと同時に世界中のダンジョン協会に同じ内容で発信するとか一体何を考えてやがるんだ。


 日本だけで情報を秘匿してしまえば海外と比べて進んでいるとは言えないダンジョンの探索で、一気に世界の中心に躍り出る事も出来たはずだ。


 奴はこの独断専行で失脚して貰った方が良いかもしれないな。


 問題は情報提供者の女子高校生が他の情報も持っているのか? それとも『ダンジョンリフト』を偶然発見しただけなのか?


 当面は監視が必要な存在だな。


 博多ダンジョンであれば当然『澤田』に依頼する事になるが、奴に任せる訳にはいかない。

 ここは黒田常務理事と距離を置くためにも俺自身が博多に乗り込むのが最適解だろう。


 取り敢えずは理事会が始まる前に、各陣営の考え方を確認しておかなければならないな。

 ダンジョン協会の会議室では、各理事の秘書が集まり事前会議を開始した。


 三潴みずま協会長の秘書『結城ゆうき』の司会で進行する。


 参加メンバーは

 麻生あそう副会長の秘書『轟』

 森専務理事の秘書『三田』

 川口常務理事の秘書『仙崎』

 原常務理事の秘書『桜田』

 黒田常務理事の秘書『冴羽さえば


「明日朝十時から行われる理事会に先駆けて意見のすり合わせを行う。各理事からの意見を伺って書面にまとめて来ていると思うが全員にコピーを回してくれ。まず最初に伝えておくことがある。来月のダンジョン協会の会長任期を持って、現協会長の三潴さんは勇退される。それも踏まえて今後のダンジョン探索における未来を託すにふさわしい意見を採択したい意向だ。今回三潴会長からは意見は出されてないので今日のプレミーティングで採択された意見を全面的に押す意向だ」


 轟が手を上げて発言をした。


「俺ですら聞き及んでいない情報だ。びっくりしたぞ。残りの五人の理事の中から次の会長を決めるという事でいいのか?」

「会長の中では、そのつもりのようだな。俺の勝手な予想だが、今日の意見の中から採択された意見を提出した陣営が一番次の会長に近い存在だと思う」


「どうだ? 各陣営の理事の意見は、それぞれ書面に掛かれている通りだが長引かせてもしょうがないから、この中でどれを選ぶのかを挙手で決めたいと思うがそれでいいか? 俺達の立場からすれば次期会長になった人間の秘書は当然出世も望めるだろうが、その人間に対して協力をここで約束すれば、誰の秘書であろうと今後の立ち回りは見えやすいと思う。当然会長の勇退に伴い空いた理事の席に座る人間も居るから何処の人間が連れて来られるかで又、状況は変わるだろうがな」


 早速挙手を求める。


「まず、黒田常務理事の意見を押したい人間は挙手…………0か」


 副会長秘書の轟が冴羽に尋ねる。


「なぁ冴羽、言い方は悪いが、この意見は本気で言ってるのか? いつの時代の高級官僚の考え方なんだ。出身省庁はどこだったっけ黒田さん」

「あぁ経産省だな。次官になり損ねてここに来た人だ」


「そうか、経産省は黒田さんを次官にしちゃまずい程度の判断は出来たんだな。だがそれで送り込まれたこっちは世界に向けて恥をかかせられるところだったな、冴羽が手を上げなくて安心したよ」


 それから全員の名前で挙手を求め、それぞれが自分の所属する理事の意見で挙手をしたが結果、結城と冴羽と三田の三人が挙手をした森専務理事の意見をプレミーティングの決定事項として各理事に持ち帰り、明日の会議では、この意見の承認を確認するだけとなる。


 ◇◆◇◆ 


 しかし、迷ったが麻生副会長の意見も凄かったな。

 全額を本人に渡し更に日本ダンジョン協会として追加で二千万USドルを出そうという意見だったが、この人は日本の名前が世界に売れた事を素直に喜んでいる感じだ。


 トップに据えれば、世界と足並みをそろえる施策をしてくれそうだな。

 そして採択した森専務理事の意見は、本人には一千二百万USドルの支給、残りの三千八百万USドルに日本から二百万USドルを拠出してダンジョン探索者の養成機関を作るという意見だった。


 中学卒業以上で入校資格があり、一年間程度の期間でダンジョン探索に必要な、知識、戦闘力、罠解除、索敵などを徹底して勉強して貰い、世界中でダンジョンでの死亡及び怪我がもっとも少ない国に成ろうという意見だった。


 本来なら勝手に決定しては問題がある報奨金だが、この理由であれば外向きにも言い訳は付くか。


 ただし俺は知っているぞ。

 この養成機関を作る為の工事や、人材の採用に関して森専務理事の息がかかったところが動く事を。


 でも、政治的に見て正しい動き方だと思う。

 綺麗事だけでは飯は食えないからな。


 まぁ今はいいさ。

 俺は明日の会議が終了後は博多支部へと移動をする。


 表向きは黒田常務理事の秘書としては不適格だと自分を貶めて。

 現在の部次長格から課長クラスでの異動をする予定だ。


 あの豚もそれなら納得するだろう。

 博多は食い物旨いんだよな。

 それだけが楽しみだ。

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