第十三話 キマイラ

「ちょっと、しっかりして!」


 倒れてしまった男の肩に手を掛け、その身体を大きく揺さぶる神南さん。

 俺は興奮している彼女と男の間に割って入ると、薬を飲ませるふりをしてすぐさま治癒魔法を使った。

 男の傷が幾分か回復し、呼吸がいくらかマシになる。

 かなり出血が多いようだが、この分なら命に別状はないだろう。


「……これで、少しすれば話せるようになりますよ」

「ありがとう。しかし、一体何があったのかしらね……」

「モンスターに襲われたとか? でも、千鳥もそれぐらいは想定してるはずですよね」


 カテゴリー4なだけあって、入鹿ダンジョンのモンスターは相当に強い。

 しかし、理不尽に思えるほど圧倒的かというとそうではなかった。

 あれだけの規模のカンパニーなら、カテゴリー4への突入経験も恐らくあるだろう。

 それがこの短時間でなすすべもなく壊滅したとは考えにくい。


「もしかして、イレギュラーとか?」

「なんです、それ?」

「蕨山のゴーレムみたいに、突出して強いモンスターがたまにいるのよ。入鹿ダンジョンにそういうのがいるっていうのは聞いてないけど」


 入鹿ダンジョン突入に当たって、神南さんはかなり慎重に過去の情報を調べていた。

 その彼女がないというのだから過去にそう言ったモンスターが出たことはないのだろう。

 もちろん俺も過去の情報は精査しているが、そう言ったことはなかったと記憶している。

 もっとも、カテゴリー4のダンジョンはそもそも情報が少なすぎるので何もかも不確かなのだが。


「うわ、なんかあっちで光りましたよ!」

「爆発? 何かと戦ってるの?」


 図書館の外から爆発音が響いて来た。

 誰かのイデアなのか、それとも爆弾でも使ったのか。

 大きな火柱が天に昇り、炎が赤々と夜空を照らし出す。

 さらに時折、風に乗って微かに叫び声のようなものが聞こえてきた。

 ――間違いない、千鳥の討伐者たちが何かと戦っている!

 しかし、一体何と戦っているんだ?

 そう思ったところで、気が付いた男が激しくせき込みながら言う。


「石の魔獣……だ!」

「ガーゴイルの変異種?」

「わからない……とにかく強すぎる……!」


 そういうと、男はゆっくりと置き上がって爆発がした方を見た。

 そしていくらか呼吸を整えると、俺たちに状況の説明を始める。


「普通のガーゴイルは倒せたんだ。そこで社長が、もっと取れ高が欲しいって言って……。図書館に行かずに、遺跡の北側に向かったんだよ」

「北って、モンスターが強いって報告されてた地域じゃない!」

「爆轟の報告書にも、めっちゃヤバいってありましたよね?」


 男に対して、問い詰めるように言う神南さん。

 来栖さんもそれに続き、男に非難めいた眼差しを向ける。

 爆轟というのは、以前にここに潜ったS級討伐者の二つ名だ。

 簡易的だが報告書を公開していて、俺もここへ来る前に神南さんに見せられた。


「ああ、でも行けると思ったんだ……。そしたらあいつが出て……あっという間に総崩れで……」

「無我夢中になって逃げたら、ここに着いたと?」

「そうだ……」

「ったく、なんてことよ……」


 額に手を当てて、はぁっと深くため息をつく神南さん。

 完全に千鳥の自業自得ともいうべき案件だった。

 来栖さんも、呆れたような声で言う。


「私たちだって、あのガーゴイルを倒すのには苦労しましたからね」

「そうね、変異種となれば間違いなく強いだろうし……」


 どうするとばかりに俺の方を見る神南さんと来栖さん。

 千鳥の討伐者たちを助けに行くことは、かなり大きな危険が伴う。

 だが、はっきり見捨てるとも言いづらいような雰囲気であった。

 今このダンジョンに潜っているのは、千鳥のメンバーを除けば俺たちだけ。

 ここで俺たちが撤退の判断を下せば、彼らはほぼ間違いなく――死ぬ。


「…………みんなは先に撤退してください」

「なっ!? あんた、まさか一人で行く気!?」

「そうですよ! いくら何でも無茶です!」


 はっきり言って、俺が外気法でめちゃくちゃやった方が勝率は高い。

 そう思って二人を置いていこうとしたのだが、彼女たちはすぐさま俺の腕を掴んだ。

 神南さんが右腕を、来栖さんが左腕をガッチリとつかんで離そうとしない。


「ダメよ、行くなら私もついていく」

「私もです! 援護なら役に立ちますから!」

「ダメだ、二人を危険に晒せない」


 俺はあえて心を鬼にして、改めて二人を突き放そうとした。

 だがここで、今度は図書館のすぐ近くから轟音が聞こえてくる。

 クッソ、千鳥の連中はドンドンこっちに逃げてるのか!!


「仕方ない、一緒に戦おう!」

「待ってました! こっちに向かってきてるのは……キマイラ!?」


 驚いたような顔をする来栖さん。

 彼女の声にやや遅れて、図書館前の広場に数名の討伐者が滑り込んできた。

 ……うっそだろ、まだあの機材を抱えてるのかよ!!

 機材を神輿のように抱えて動く彼らの姿に、俺は呆れを通り越して半ば感心してしまった。

 大したプロ根性と言うか、恐ろしい執念というか……。


「こんな時まで何やってんのよ! うわっ!?」

「デカイ……!!」


 獅子と羊の頭を持つ、双頭の怪物。

 黒い石で形作られたそれが、千鳥の討伐者たちの背後で雄叫びを上げるのだった。

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