プラネットログ
紅莉
Prologue
001:パイロット養成機関・最終卒業試験
≪これより、最終卒業試験を開始する≫
男性の声のそのアナウンスを聞いて、私は気を引き締めた。
パイロット養成機関の最終卒業試験。それは、特定のルートを通る航行テスト。宇宙に漂う信号を捕捉、解析する調査テスト。そして、無人機を敵機に見立て撃墜する戦闘テスト。この三つを内包した操縦テストである。
≪次、テオドール・ハイネン君≫
待機場所からゆっくりと機体を上昇させ、宇宙ステーションの出口へ。出口からゆっくり出て、コックピットで呼吸を整える。
「こちら、テオドール・ハイネン。準備完了しています」
≪よろしい。それでは飛行テストから開始する。リング状のチェックポイントを順番に潜り抜け、事前告知してある星間航行を実行までがテストだ≫
ルート上にリング状の通過ポイントが設置してあり、リングの内側にはセンサーをライトが埋め込まれている。通過することによって、ライトの色が変わる仕組みになっており、試験官はそれを見て試験結果を決めるのだろう。
≪それでは、航行テストを開始する。……貴殿の健闘を祈る≫
合図とともにゆっくりと機体の速度を上げていく。直線は速度を上げ、カーブは速度を少しだけ落とす。急上昇、急降下も難なくこなしあとは星間航行をするだけになった。
左手にあるパネルを操作して、指定された恒星を選択。一息ついてから、報告のメッセージを入れる。
「……これより、星間航行に入ります」
≪了解。飛行テストはこれで終了だ。試験終了まで気を抜かないように≫
見えてはいないだろうが、小さく頷き星間航行のボタンを押す。
<――星間航行に入ります。ジャンプまで……三、二、一、>
機械音のアナウンスは、機体本来の通知音声だ。
超高速モードに入り星という星を通り過ぎ計器が狂う。超高速モードの終了と共に高速モードに入り目の前には目的の恒星。狂っていた計器も通常に戻った。女性の声のメッセージが入る。
≪航行テストお疲れさま、次は調査テストに入ります≫
左手のパネルから、最寄りの信号を探し出す。舵を取り、レーダーが指し示す信号の方向に機首を向ける。前進させて、信号の目の前で通常航行モードへと切り替える。一連の動作をすると、目の前には調査用の小さな信号機が現れていた。
左手のパネルを切り替え、それが試験用の信号機であることを確認した後、機体に搭載されている読み取り機で解析していく。一通り読み取ったところで、新しい信号が左のパネルへと現れた。信号はここから、遠く離れていない場所のようだ。
≪調査テストはこれで完了です。示された信号へと向かい、戦闘テストを行ってください≫
アナウンスを聞いて、信号方向へと高速モードに入る。途中、レーダーに他の試験中の機体や帰還地へ移動する機体が映り、お疲れとメッセージを送り合う。
≪これから、最終試験か?頑張れよ≫
そんな応援メッセージを複数受け取れば、試験終了まで頑張るしかない。一層、気を引き締めて信号の方向へと向かう。
信号の場所で通常航行モードに入れば目の前には巨大戦艦が。
「おっ……と」
目の前すぎて驚いた。速度をゼロまで落とし、完全停止の状態に入る。
男性の声のアナウンスが、機体に入ってきた。
≪ここまで試験お疲れ。最後のテストに入るぞ。まずは目の前の戦艦の砲台を停止させるんだ≫
「了解」
武装展開をして、砲台に近づく。砲台の死角に入り込み、マシンガンを放つ。途中で砲台がこちらを向き、機体のシールドを少しはがされたが無事壊すことが出来た。
≪次は動く敵機体を停止させること≫
アナウンスと同時に、視界の端に敵機が映る。走り去って行く敵機を追いかけるように、機体を発進させる。敵機は、まだこちらに気づいていないようだ。
後ろを追いかけて、レーザービームを放つ。このビームは機体本体は壊しづらいが、電力の膜であるシールドを壊しやすい。機体本体にダメージを入れるためにも、シールドを壊す必要がある。
上下左右へと逃げる機体を追いかけ、レーザーを放つ。敵機のシールドが壊れたところで、実弾であるマシンガンを打つのだが、小さい機体ならではの大きな動きに翻弄され、なかなか当たらない。そうこうしているうちに、残り弾数も少なくなっていた。
その瞬間を狙っていたのか、敵機がこちらを向き、同じくレーザーを放つ。シールドを削られてはこちらが破壊される確率が高まる。
「やるしかないか」
レーザーを小さくよけながら、敵機の下に回り込む。
敵機の動力源めがけてマシンガンを放てば、今まで削っていた機体へのダメージもあり、動かなくなった。それを見て、慌てて離れるように発進する。
数瞬後、離れるのを待っていたように敵機が爆発すると、アナウンスが入った。
≪お疲れ、これで最終卒業試験は終了だ。待機場所へと帰還し、発表を待て≫
「了解。……ありがとうございました」
アナウンスが終わると同時に、元居た星系の恒星に合わせ、エンジンブーストをかけ超高速モードに入る。
高速モードに切り替わり恒星の目の前に出たことを確認して、一息つく。
これで、パイロットになるための最終卒業試験が終わった。あとは待機場所であるステーションに戻り、結果を待つだけだ。
「さて、帰るか」
ゆっくりと機体をステーションに合わせ、自動航行を発動させる。
流れていく大勢の人々のメッセージが、機体に次々に入ってきた。
試験が大変だった話、試験が終わった後の打ち上げの話。これからの話。
メッセージを眺めている間に、どうやら目的のステーションに着いたらしい。高速モードから、通常航行モードに入る。ステーションの入り口に向かって機体を合わせて、近づいていく。
左手のパネルでステーションとコンタクトを取り、着艦許可を貰う。すると、モニターにパッドナンバーが表示され、その場所まで自動で着艦するように動き始めた。
ゆっくりステーションに入ると、それまで暗かった周りが光で溢れる。ステーション内の灯りだ。
着陸装置が起動され、更にゆっくりと降下する。完全に停止し、エンジンが切れるのを確認してから、私はシートベルトを外して船を降りドックに立つ。ドックから人々が集まるデッキまではエレベーター一本だ。
エレベーターでヘルメットを脱げば、更に目に入る光が強くなる。
ガコン、という停止音と共にエレベーターがデッキへと着けばそこにはこの卒業試験までともに技術を学んだ友人たちが居た。
「お疲れ!お前が最後だったな、テオ」
肩までのピンク髪をなびかせながら、こちらにやって来る男性は友人の一人、ディオン・アルベール。その後ろから、周りを見渡しながら金色のポニーテールの女性、マリアーナ・アシカイネンが歩いて来る。
「二人とも、早かったんだな」
そう問えば、「まぁ」とマリアーナが返す。
「俺ら二人とも受験番号若かったからな。で、どうだったよ。試験」
「私は、普通ってところね。試験は受かるでしょうけど……」
ディオンに、マリアーナが答えたので、「そうか?なかなかに最後の試験の機体手こずったけどな」と返す。そう言えば、二人は驚いたようにこちらを向いた。
「手こずった?操縦技術主席のテオが?」
それに二人は考えながら、「まあテオだったら大丈夫でしょう」と言われてしまえばどうすることもできない。それよりも――、
「ディオンはどうだったんだ?」
「俺ー?……んー、まあぼちぼち!」
曖昧にそう返すディオンに、マリアーナが補足する。
「こいつ、調査テストの試験官を口説いてね」
ディオンはマリアーナの口を塞ごうとするが、マリアーナは続ける。
「……は?」
「試験減点されそうになって、どうしようか悩んでたのよ」
項垂れるディオンの肩に手を軽く置く。
「まあ……自業自得だな」
そう告げれば、ディオンは崩れ落ちてしまった。本当に自業自得でしかない。
「それにしても、遅いわね……もうそろそろ発表だと思うのだけど」
時計を見ればたしかに、そろそろ結果を発表する試験官が現れてもおかしくない時間だった。
そんな時。
「皆様、お待たせしました。卒業試験お疲れさまでした」
カツ、と高いヒールの音がデッキ内に響き、声と音の方向を向けばパイロットスーツに上着を着た人物が三人。声からして、この人たちが今回の試験の試験官だろう。
「それでは早速ですが、合格者を発表します。お手元の端末に合否を送りましたのでご確認ください」
腕時計型の端末が、メール着信を告げる。『卒業試験合否』と題名に書かれたメールだ。
周りを見渡せば、喜ぶ人や落胆する人。大体半々ぐらいだろうか。
二人がメールを確認するのと同時に、自分のメールも確認する。
中身は『合格』の二文字と共に、これからについて書かれてあった。
分かりやすいディオンも、分かりづらいマリアーナも、喜んでいるところから合格だったのだろう。
「最初に行くのは……ハマル星系の大型ステーションか」
ここから少し離れてはいるが、途中の星系で燃料補給をすれば大丈夫だろう。
「俺はアルゴル星系だな」
「あら、私はアル・レシャ星系ね」
「ここでお別れだな」
二人は別の星系へと指示されたらしい。広い銀河の中だが、パイロットとして活動していればいずれまた、会えるだろう。
「じゃあ、また」
西暦五〇二一年三月二十日。人々が宇宙に移り住み始め、宇宙船による恒星間移動が確立されてから二千五百年余り。
新米パイロット、テオドール・ハイネンがパイロット養成機関を卒業した日である。
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