08 殺風景な自室にて




「隣の空き室……隣の空き室、あ、ここね」


 ラービスは氷刃龍に指示された通り、エルザを龍司教の間の隣の空き室─今後エルザの自室となる場所へと案内した。


「さ、私が開けるから先に入んなさい」


「あ、ありがとうございます」


「いいのいいの」



 ギィッ、という木のきしむ音と共に木製の扉が開く。扉の先には、狭くも広くもない空間があった。



「おや、もうお越しになられましたか」


 丁度部屋を出ようとしたヴォルゲンが、エルザに言った。そんなヴォルゲンに軽く会釈をし、エルザは一歩、部屋の中へ踏み込んだ。


「……」


 部屋の片隅には質素なベットがポツリと一つ置かれていた。

 あとは何も無い粗末というより殺風景に近い部屋。しかもベットは固そうなシーツに、一枚の薄めの布が毛布代わりに置かれていた。……ここはもともとどんな部屋だったのだろうか。


 エルザがそんな部屋を渋々と眺めていると、ラービスが一歩遅れて入ってきては、


「何この部屋あっ!何も無いじゃないっ!」


 と叫んだ。


「ベットしかないし、そのベットすらこんなんだし……そこの扉の音もそうだったけどここは何、老朽化でもしてる訳?使われてないからこんなのなのかしら?」


 顎に手を当てて悩むラービス。このベット以外何もない部屋を見て色々と文句を言っている。……自自身が住むというわけでもないのに。


 そんな彼女を見てヴォルゲンは苦笑しながら言う。


「いやはや、私にもこの部屋は何であったか忘れてしまいまして。ですが掃除は先程も致しましたし、以前からこまめにしているので綺麗なはずです。家具類は……ご自身で何とかなさって下さい」


 そう言い終わるなりヴォルゲンは「では私はこれにて」とさっさと部屋を出て行ってしまった。




「司祭様が忘れてしまうくらいなんてどんだけ古い部屋よ…。まぁでも壁とか床は傷んで無さそうだし…あとは家具類ねぇ……」



 ヴォルゲンが去り、エルザとラービスだけとなった部屋にてラービスは唯一あるベットに視線を向けた。


「唯一ある家具がこのベットじゃゆっくり寝れないわ。せめてもう少し質のいいベットならいいのだけれど。毛布がただの薄い布なんていくら何でも…ねぇ」



 うーん、と首を傾げて考えるラービスだが、ふと早くも何かを考えついたようで。


「そうだわ!ベットとは関係ないけど、私のとこの花を飾ればいいのよ!ね、エルザもそれがいいでしょ!?花はいいわよ、部屋に彩りが生まれてっ」


 唐突に花はどうかとラービスに言われ、エルザは返事に困った。確かに花があれば部屋は華やかになるのかもしれないが……話の内容が急過ぎて理解するのに時間がかかる。


「え…っと」


「花の世話もいいものよ!試しに育ててみる気は無い?」


 ラービスはグイッとエルザに詰め寄る。……傍から見れば、脅迫して買うように進めている輩にしか見えない。


 エルザはそんなラービスの圧に押されて


「じゃあ…一つだけ……」


 と、言ってしまった……。



「よし!決まりねっ!」


 …ラービスは嬉しそうだ。花を買って貰えて嬉しいのだろうか。満面の笑みを浮かべるのラービスを見て、エルザは花を買うと言って良かったのかもしれない、と思った。




「さて、私はこれからエルザ、貴女にあげる花を選びに花屋へ戻るのだけど…エルザはどうするのかしら?」



「それは…」


 ラービスにこの後、どうするのかを聞かれて答えに詰まるエルザ。この後のことを考えていなかった。とりあえず、と言っても…何をするべきなのだろうか。


 そんな答えに詰まるエルザを見てラービスは提案した。


「何もすることがないなら、街の人達に挨拶回りに言ってきたらどうかしら。きっとワクワクしながら待っているはずよ、エルザが挨拶しに来るのを」



「挨拶回り…」


 まだ多くの街の人達にとっては、エルザはまだ知り合いですらない。ただの記憶喪失の女性という認識だろう。なので挨拶をして、名前を覚えて貰わなければ。この街で…暮らしていく為に。


「分かりました。挨拶回りに行ってきます」


 エルザがそう言うと、ラービスはバン、とエルザの背中を叩いた。


「!?」



「これで少しは緊張がほぐれたかしら?」



「えっ…」



 確かにエルザは街の人達へ挨拶回りに行くことに対してかなり緊張していたが、ラービスに背を叩かれた事によって少しほぐれた……ような気がする。


「ま、大丈夫よ。皆優しいもの。じゃあ私は花屋に戻るから、挨拶回り頑張りなさいよっ。花は花屋に寄ってきた時渡すから忘れずに寄りなさいよね!」



 ラービスはそう言い残して部屋から出ていき、花屋へと帰って行った。





 「行っちゃった…」



 エルザは殺風景な自室で一人そう呟いた。


 ベット以外何もない部屋の中でその声が寂しく響く。この粗末なベットしかない部屋に一人でいるのは寂しい。

 そう感じて、エルザは挨拶回りをする為に自室を出た。


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