叶願の軌跡
凍明
プロローグ
プロローグ
薄暗い林道。うっすらと雪の積もる木々。葉の隙間から覗く、怪しく煌めく月に照らされ、一人の女が片手に禍々しい大剣を持ち、息を切らして走っている。
その後ろに黒い影が一つ。追われているのだろうか。
「はぁ、はっ、はっ……」
紫色の、綺麗な髪を乱しながら、ひたすらに女は走る。途中の石や木の根元につまずくことなく、上手く、巧みにかわし走る。
追われ走る事何十分、ようやく林道を抜け、見通しの良い雪原へと出た。すぐ向こうに、街らしきものが見える。女は、走る速度を上げるが……。
「追いかけっこはここまで。泥棒」
後ろから追いかけてきていた影……、盗賊のような剣士のような装いの青年が、そう女に言った。
「……っ!」
片手に持った禍々しい大剣を、女は落とすまいと握りしめる。当然、走りにくい。追いつかれる。
街は、もう目前にまで迫っているというのに。
……その事に、女は少し油断してしまったのだろうか。後ろから追いかける男の行動に、気付けなかった。
ヒュン
何かが、風を切って飛んでくる。女は、それに気付かず……。
ドスッ
鈍い音が、足もとからした。途端に、激痛がはしる。
「……っつ!い………た…ぃ…」
女は雪の上に転ぶように倒れる。見れば、鋭利なナイフが貫通していた。血が滴り落ちる。雪に血が滲んでゆく。ズキズキと痛みが、脈を打つ。
そんな女のもとに、青年が歩み寄る。片手に、今足に刺さっているものと同じ鋭利なナイフを持ちながら。……醜い、笑みを浮かべながら。
「痛いよね。でもね、君はもうこの痛みから解放されるから安心してよ。少し、別のところが痛くなるかもしれないけどさ。それは仕方の無いことだからね………と、まずはこの大剣返して貰うよ」
青年は女にそう言うと、女の持つ大剣を強引に奪い取ろうとする。が、女は大剣を離さない。
「離してくれないかなぁ?僕これでも短気だから」
「………これだけは…は、なっ…」
「あっそ。ならね……」
青年は大剣をいつまでも離さない女の腕を、ナイフで刺した。
「ぐ、っ……ぅぅ!!」
苦しみの表情を浮かべ女は呻く。それでも…大剣を離さない。むしろ、より固く握った。
「……君、ちょっとしつこいね。あの時もこんなにしつこくてさ。僕そういうの大キライなんだよね……ぁぁ、少しイライラしてきた」
青年の瞳が怪しく煌めいた。子供っぽい話し方と容姿には到底似合わない、残虐性のある瞳が今、女の身体に恐怖として刻みつけられ、震え上がらせる。
「はぁ、もう良いかな。追いかけっこも、いたぶるのも飽きたし。君というさ、下らない──叶願龍付き合っている暇は僕にはないんだよね。他の龍神の居場所も吐かないし。あの姿を喰われてもこんなにしつこく生きているし。……まぁ、君という一柱の龍神がこの世界から消えるのもそう遅くはないけど。って事でさ、死んで?」
青年は、鋭いナイフを再び、叶願龍と呼ばれた女の腕に刺した。今度は、何度も。
「ああぁぁぁぁぁぁっっ!!」
刺された箇所に、激痛がはしり、血が止めどなくこぼれ出る。腕が、焼けるように熱く感じる。グジュッ、グジュッ、といった肉をえぐる音が何度も、何度も、何度も、聞こえる。
「そんな声だしてさ。痛いんなら離せばいいでしょ?なんで離さないの?頭悪いの?」
「……っ………………………ぁぁ!!」
女の瞳孔が、キュッ、と蛇のように細まった。そして、紫髪が濃い紫へと変わり、頭部からは鋭い黒角が生え、肩から出た血に滲んだ白い翼が青年を吹き飛ばした。
「うわぁ、まだその姿はなれるんだ。半龍神…って事?厄介だなぁ」
「…………………!!」
青年は半龍神と化した女から距離をとり、闇に紛れ女を襲う。
「でもねー、そんなの意味ないよ。所詮、ただの人間みたいなものじゃん。気配もほら…人間。龍神の名残があったってね、君はあの姿を喰われた時点でもう人間になったんだよ。卑しい人間、にね」
「ヒ、トは、いやし……く…、なんか………っ……!」
「はいはい。ならさ、それを証明すら為に…」
「……っ!?」
青年は、不意に現れ女の手首を切り落とし、禍々しい大剣を手にした。そして、大剣を構えて言った。
「全て喰らわれて見てみなよ?人間っていう生き物の醜さを」
「───!!」
青年の手にした大剣に、赤黒いナニカが纏わり付く。青年は、女に向かって大剣を振りかざした。
「バイバイ。見て見なよって言ったけど、君もう死ぬから。手、生えてくる意味ないね。この大剣に喰らわれて死んじゃうならさ」
──赤い鮮血が飛び散る。一面が、赤く染まる。
赤く染まった白い翼は片方が切られ、喰われた。
「……あれ?おかしいな…。なんで全部喰わないの?目の前にご馳走があるのに?………翼なんて食べたって意味ないんだよ!大剣のクセして斬れないし喰うしか能が無い魔神の片割れが!」
青年は大剣に苛立ちを感じているようだ。女の意識はもうないというのに、この女を喰わせようと大剣に言い聞かせている。
………いくら神を喰らう大剣といえど、喰らう者である限り、限界の量があるらしい。胃袋は、無限ではないのだ。
「チィッ!」
忌々しい龍神を始末できるのは、魔神の片割れしかないというのに!
どんなに鋭利な刃物でも鈍器でも、痛みは与えられるが殺せない。
殺せるのは魔神の片割れだけ…。
「あぁ!クソッ!」
この場はどうするのが正しいか。青年が思った答え。それは。
「このままじゃ氷の奴にも気付かれる!ここは…逃げよっ」
青年は闇夜に紛れて、風を切り、行く手を遮る木々を切り、巧みに気配を消し流し、降り積もる雪に足をとられる事なく消えてゆく。
赤い雪に残ったのは、ヒトの姿の、女だけ。依然、意識などない。このまま夜が明け朝が来れば、誰かが見つけてくれるのだろうか。それとも自力で、自らの住まう地に帰らなければならなくなるのか。
いずれにせよ、今の女に分かることなど、何一つない。何一つも。
意識が戻ったところで、自身が誰か、など覚えもしていないだろう。先ほどの出来事が、恐怖として刻まれ、関わる記憶もろとも、全て、記憶の奥底に封じ込めてしまっているだろうから………。
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