第32話 食堂

王都オルディアにたどり着いたハルオは、ついに念願の王立魔法学園へ入学を果たした。

推薦状を見せて手続きを済ませ、男子寮〈蒼翼の館〉に入寮。

そこで出会った同室の青年クレインは、“天才にして問題児”と噂される存在だった。



寮に来た日の午後――。


ハルオは学園の講堂前に立っていた。


広いホールには、新入生と思しき少年少女たちが数人。

どうやらハルオ以外にも、この時期に入学する者がいるらしい。

制服を着た学生係が手際よく案内しており、頭上では魔法陣がゆっくりと回転していた。


「ここが…オリエンテーションの場所か」

緊張を隠せず呟いたそのとき、横から軽い声が飛んできた。


「お、来たな相棒!」

金髪を無造作にかき上げながら、クレインが笑って手を振る。

「そんなに緊張するなって。まずは適性検査するだけだからな」


「え、適正検査?」

「まずは適性検査で魔力量とかを計るんだよ。

魔力量の測定は記録用――“暴発しないか”を見るだけだ」


列の先では、銀髪の試験官が杖を構え、淡く光を放つ水晶の前に立っていた。


「次、ハルオ」


名前を呼ばれ、ハルオは台座の前に進み出る。

中央の水晶がゆっくりと脈を打ち始めた。


「手を置いて、魔力を流してみなさい」


言われるままに手をかざす。

すると水晶が一瞬、青白く光り……次の瞬間、眩い白光が弾けた。


「な、なんだ!?」

「まぶしいっ!」


周囲の生徒たちがざわめき、試験官が目を見開く。

光が消えたとき、水晶の表面には焦げ跡が残り、細い亀裂が走っていた。


「……測定不能、ですか」

試験官が小さく呟いた。


ハルオは動揺を隠せずに立ち尽くす。

「す、すみません! 僕、なにか――」

「いや、大丈夫だ」

試験官の声は落ち着いていたが、わずかに震えていた。


その場の空気が一気に張りつめる。

生徒たちの視線が集まり、さっきまでのざわめきが消えた。


「魔力の波形が独特だ……それに量も並外れている」

試験官がつぶやいたその時、奥から足音が響いた。


長い黒衣をまとい、独特な眼鏡をかけた男が現れる。


「――彼がリーナ君が推薦した生徒か」

重々しい声が響いた。

「この反応……いいね。歓迎するよ、新入生」


黒衣の男はゆっくりと歩み寄り、ひび割れた水晶を見下ろした。

「測定器を焦がすほどの魔力……これは久々に面白い素材が来たね」


「そ、素材……?」

ハルオが思わず聞き返すと、男は口元に微笑を浮かべた。

「おっと、言葉が悪かった。私は副学長のライゼル。

君の魔力――実に興味深い。入学初日にこれだけの反応を示す学生は初めてだ」


試験官たちは一斉に頭を下げた。

ライゼルはハルオの全身を舐めるように観察し、ゆっくりと首をかしげる。


「リーナ君の系統とも違う……波長が混ざっているな。

――いずれ研究棟で詳しく見せてもらおう」


「な、何を……ですか?」

「冗談だよ。ただし、君のような例外は学園にとって貴重だ。もちろん国にもね。」

意味深な笑みを残し、ライゼル軽く手を振って去っていった。


生徒たちはざわめき、好奇と畏怖の入り混じった視線をハルオに向ける。

「今の、副学長だろ?」「あの人がわざわざ出てくるなんて……」

「てか水晶割ったの、あいつじゃね?」


ハルオは冷や汗をかきながら列を離れた。

「……やっちゃったかも」


「いや、むしろ当たりだ」

背後からクレインの声がした。

「副学長に目をつけられるなんて、学院でも滅多にないぞ」


「当たりって……?」

「ここでは実力がすべてだ。強ければ賞賛もされるし、同時に恐れられる」


クレインは肩をすくめ、軽く笑った。

「でも心配すんな。俺は気に入った奴にはちゃんと肩を貸すタイプだ」


「……ありがとう」

ハルオが小さく頭を下げると、クレインはにやりと笑う。


「ま、とりあえず今日は飯でも食っとけ。

初日からぶっ倒れたら、副学長に実験体にされるぞ?」


「冗談きついな……」

苦笑しながらも、ハルオの胸の奥では奇妙なざわめきが収まらなかった。


その後、学園での生活についての説明が行われた。


王立魔法学園――それは、自由と実力がすべてを決める学び舎だった。

授業への出席は義務ではなく、どの授業を受けるかも生徒の自由。

魔導士の育成は国家にとって最も重要な事業のひとつとされており、授業料は一切かからない。

「才能ある者に金の心配をさせるな」――それが学園の理念であり、王国が惜しみなく予算を投じる理由でもあった。


もっとも、自由には明確な線引きもある。

初等課程の生徒が中級課程以上の講義を受けることは禁じられており、段階を踏んで実力を示さねばならない。


学園では、

毎月の〈筆記試験〉、二か月ごとの〈実技試験〉、そして半年に一度行われる〈実地試験〉――

その三つが評価の柱となっている。


試験結果に応じて「ポイント」と呼ばれる評価値が与えられ、

一定の基準を満たせば上位課程へ進級する仕組みだ。

初級課程 中級課程 上級課程 特別上級課程


努力次第で誰もが上へ行ける。

だが同時に、怠ける者はあっという間に置いていかれる――。

それが、王立魔法学園という場所の厳しさでもあった。


(というか、この世界にも暦があったんだな。しかも前と同じく一か月が三十日、七日で一週間……)

ハルオは思わず心の中で呟いた。

異世界に来てからずいぶん経つのに、こういう制度が妙に現実的で、少し安心する自分がいた。


「――以上が学園生活の基本です。質問がある者は、各寮の指導員へ」

壇上の教員がそう締めくくると、講堂にざわめきが広がった。


隣ではクレインが伸びをしながらあくびをしている。

「なぁ、これ聞くたびに思うけど、自由って言葉の裏には“自己責任”ってやつがくっついてるよな」

「あれ?そういえばクレインは新入生じゃないだろ?」

クレインは気だるそうに伸びをしながら笑った。

「そう、俺は三か月先輩。正規入学組だ。ま、暇だったしお前が面白そうだったから見に来たってだけだ」


「見に来たって……授業でもないのにいいのか?」

「いいに決まってる。ここは“何をしても自由”がモットーだからな。出席も成績も、すべて自己責任。だから退学する奴も多い」


ハルオは苦笑した。

(自由って言葉、便利だけど怖いな……)


講堂を出ると、陽は傾き始めていた。

夕暮れの光が白い石畳を照らし、校庭の中央に立つ噴水が橙に染まっている。

学生たちの笑い声、魔法の光弾が弾ける音、そして遠くから聞こえる鐘の音――。

新しい世界の空気が、胸の奥まで満ちていくようだった。


「なぁ、ハルオ。学園の食堂ってまだ行ってねぇだろ?」

「はい、まだです」

「なら決まりだ。ここの飯、意外とうまいんだぜ。貴族のガキ共が通うだけあってな」


クレインに腕を引かれ、二人は寮の裏手にある石造りの食堂へ向かった。

中では数十人の学生が思い思いに食事を取っており、漂う香りにハルオの腹が鳴る。


クレインがニヤニヤしながらトレイを手に取る。

「遠慮すんな。初日は奢ってやるよ。俺のツケでな」


「ツケって……払ってるんですか?」

「細けぇことは気にすんなって。明日からは自分で払えよ」


二人は席に着き、スープと焼き肉を頬張る。

味は意外なほどしっかりしていて、香草と魔獣肉の旨味が口に広がった。


「うまい……」

「だろ? 学園の唯一の良心って言われてる」

クレインが笑いながらカップを掲げた。


「ようこそ、自由と混沌の王立魔法学園へ――」

ハルオも笑ってカップを合わせた。


そのとき、食堂の入口が静かに開いた。

ざわついていた空気が一瞬で変わる。

青いマントを羽織った少女が一人、ゆっくりと歩み入ってきた。


長い銀髪が月光のように輝き、腰には細身の杖。

その姿に、周囲の生徒たちは息をのむ。


「……あれ、“特別上級課程”の生徒だ」

クレインが声を潜める。

「しかも、あの制服の色……。エリート中のエリートだ」


少女は何も言わず、まっすぐ食堂の奥――ハルオのほうへ歩いてくる。


「……え?」

ハルオが立ち上がるより早く、彼女は静かに口を開いた。


「あなたが――ハルオ、ね?」


その瞳は冷たく澄みきっていて、どこかティナに似ていた。

だがその奥に宿る光は、まるで別の“何か”を映しているようだった。


(また……この感じだ)

ハルオの胸の奥が、ざわりと揺れる。



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