第7話 魔力
実践訓練が終わると、ヴァイスに促されて、一同は訓練場脇の石造りの小屋へと移動した。
中は意外にも整っていた。
無骨な石の壁に、年季の入った木の机と椅子が整然と並べられ、正面には黒板のような魔導板が据え付けられている。
「ここって……教室か?」セイルが首を傾げる。
「訓練は身体だけじゃねぇ。頭も鍛えるぞ」
ヴァイスは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「まぁ基礎は知ってるとは思うが、“魔法”と“スキル”の基本は叩き込んでおく。お前らが死なねぇようにな」
そう言って、壁際の棚から分厚い資料の束を引き出し、それぞれの机に無造作に放り投げた。
「……これ、読むんですか?」ティナが眉をひそめる。
「ああ。だが安心しろ、読み上げてやる。お前らの脳味噌が腐ってなきゃな」
ヴァイスは魔導板にチョークを走らせ、二つの単語を浮かび上がらせた。
【魔法】 【スキル】
「まず、“魔法”ってのは魔力を使って現象を起こす技術だ。属性によって火・水・風・土、それに光と闇がある」
「スキルは?」セイルが手を挙げる。
「“体技”だな。これも魔力を使うが、体の内側を強化する方向だ。身体強化が基礎だが、他にも“感知”“回復”みたいなサポート系もある。ただし、どれも万能じゃねぇ」
「じゃあ……どっちが強いんですか?」
ハルオが無意識に口にした。
「――その発想が甘いな」
ヴァイスは鋭い視線で一同を見回す。
「魔法は破壊力があるが、知識と詠唱が要る。スキルは瞬発力があるが、使いすぎりゃ身体が壊れる。“どちらが強いか”じゃなく、“どう使うか”がすべてだ」
「詠唱って……」ハルオがティナを見ると、彼女は小さく頷いた。
「さっき使った《風刃》も詠唱式よ。簡易詠唱で済ませたけど、大きな魔法ほど長い詠唱が必要になる」
「じゃあ、戦闘中にそんなの唱えてる余裕なんて――」
「ない」ヴァイスが即答する。
「だから事前に“準備”するんだ。高位の魔術師は魔法を魔道具に仕込んで持ち歩く。ただし、訓練生のお前らにはまだ早ぇ」
続いて、魔導板には「魔力」と書かれた文字と、その流れを示す図が描かれた。
「魔法もスキルも、すべては魔力を消費する。だが魔力は無限じゃねぇ。枯渇すりゃ昏倒、最悪は死ぬ」
ハルオは配られた資料を見下ろす。
そこには、「個人の適性によって習得可能な魔法・スキルは異なる」とあった。
「……じゃあ、俺にも何かスキルがあるってこと?」
つぶやいた瞬間、ティナとセイルの視線が彼に集まった。
「ハルオ? さっきの戦いで身体強化、使ってなかったのか?」
「まさか昨日の訓練も?」
「え、二人とも使えるのか?」ハルオが問い返すと、
「当たり前だろ」
「当然よ」
ふたりは声を揃えて答えた。まるで、それが“常識”であるかのように。
「お前、マジで素であれやってたのか……」
セイルが目を丸くする。
「身体強化なしであのネズミ倒したなら、逆にすげぇけどな」
「……俺、自分が何か使ったかどうかも分からないんだ」
ハルオは正直に打ち明けた。昨日のゴブリン戦も、今日の模擬戦も、ただ必死だった。
その言葉に、ヴァイスが腕を組み、じっとハルオを見つめる。
その眼差しは、ただの教官ではなく――“資質”を見極めようとする目だった。
「……そうか。ならまずは、“魔力を感じる”ところから始めるか」
そう言ってヴァイスは部屋の隅から小さな木箱を持ってきた。
中から取り出したのは、掌に収まる黒い石。複雑な紋様が彫られており、うっすらと光を帯びている。
「これは“魔力触媒石”だ。未覚醒でも魔力を通せば反応する。両手で包み込んでみろ」
「え……こう?」
ハルオは恐る恐る手を伸ばし、石を包む。
冷たい感触。何も起きない。ただの石――
……そう思った瞬間、体の奥で小さな“ざわめき”が生まれた。
(……なんだ、これ)
熱くも冷たくもないが、確かに何かが体内を流れる。
それが、腕を伝って手のひらへと集まっていく。
やがて、石が淡く、青白く輝き始めた。
「……!」
思わず息をのむ。
「おお、来たな」ヴァイスがわずかに口元を緩めた。
「今の感覚を、絶対に忘れるな」
目を開けると、ティナとセイルが目を見張っていた。
「本当に初めてなのか……?」
「私なんて、最初の一週間、石すら反応しなかったのに……」
「え、これって……そんなにすごいことなのか?」
ハルオの問いに、ヴァイスは鼻を鳴らす。
「初回でこれだけ魔力を通せる奴は珍しい。だがな――感じただけじゃ意味がねぇ」
そう言うと、魔導板に新たな文字が書き足された。
【魔力操作】──流し、制御し、意図して扱う技術
「魔法もスキルも、最終的には“魔力の制御”に集約される。今感じた力を、自在に操れるようになって初めて、戦場で使えるようになる」
「魔力を感じてそれを体に血液のように循環させる、それが身体強化の基礎中の基礎だな」
自慢げにセイルが教えてくれた。
「わかった……やってみる」
ハルオは小さく、しかし確かに頷いた。
彼の中で、確かに何かが目覚め始めていた。
ヴァイスは一同を見回し、手を叩いた。
「今日の座学はここまでだ。明日は森に行く……寝坊すんなよ、特にお前だハルオ」
「は、はい!」
その言葉に、ティナとセイルが小さく笑い、ハルオの肩を軽く叩いた。
その仕草には、少しだけ“仲間”としての距離の近さがあった。
教室の扉が開き、外から柔らかな夕暮れの風が吹き込んだ。
こうして――
ハルオの“魔力の旅”は、静かに幕を開けた。
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