第2話 転移?転生?
隕石の衝突で死んだ。
あの痛みと喪失感、間違いなく死んだはずだった。
なのに今、俺は森の中で寝っ転がっている。
うっそうと茂る木々に囲まれ、空はどこまでも青く広がっている。
体が痛くない。むしろ、驚くほど軽い。
顔をしかめて上半身を起こすと、湿った土の匂いと草の青い香りが鼻をついた。
「……ここ、どこだ?」
見慣れた景色はどこにもない。
背の高すぎる木々、聞き慣れない鳥の声、あまりにも澄んだ空気。
まるでファンタジー小説の挿絵の中に放り込まれたみたいだ。
街灯も看板もない。
アスファルトも、コンクリートも見当たらない。
──そもそも俺、最後にいたのって……家じゃなかったか?
しかも、隕石が衝突してぶっ飛んでばらばらに・・
それがなぜ、森の真ん中で寝起きしてる?
「……俺、服……?」
慌てて下を見る。
スーツじゃない。
身に着けているのは粗末な布を巻いただけのような服と、皮紐を編んだサンダル。
しかも――
「なんだよこれ……傷がない……?」
右手首の古傷が、跡形もなく消えていた。
何年も悩まされた腰痛も、まるでなかったかのように消えている。
それどころか、関節が軽い。筋肉も張りがある。息も深く吸える。
「生き返った……いや、これって……まさか、転生?」
ふざけた妄想みたいな言葉を、自分の口が自然に発していた。
だが、他に説明のしようがない。
あれだけの衝撃と痛みを受けて、五体満足で目を覚ますなんて、現実のはずがない。
「……マジで異世界とか、そういうアレか?それともあの世‥‥」
誰にともなくつぶやいた声が、森に吸い込まれていった。
昔からそういった類の小説や漫画はよく読んでいた。
異世界転生、勇者召喚、ステータス画面。
つまらない現実から逃げるように、そうした物語に自分を重ねていたこともあった。
まさか、現実になるとはな。
風が吹いた。
木々が揺れ、光の粒のようなものが宙を舞う。
その光景を見て、ようやく実感が湧いてきた。
俺は、死んだ。
そして、どこか別の場所で――目を覚ました。
「知らねぇ森で裸一貫、スタートってか……」
思わず苦笑が漏れる。
人生、やり直せるなら一度くらい。
そう思ったことはある。
でも、それがこんなやり方で叶うとは。
とはいえ、喜んでばかりもいられない。
ここがどこかもわからない以上、まずは生き延びることが最優先だ。
まずは水。食料。火の確保が必要か。
そして……あれだろ。
「……ステータス!」
軽く叫んでみる。
……が、何も起きない。
画面もウィンドウも、声もない。
目の前には森だけが広がっていた。
「ないのかよ。……チュートリアル! オープン! 開けゴマ!……」
全部だめだった。
とりあえず、期待は裏切られた。
だが、逆に言えば、都合のいい展開はないということだ。
“ゲーム”じゃなく、“生きる”ってことなんだろう。
だとしたら――
「マジで一からってわけか……やれやれ」
深く息を吐いて、俺は立ち上がった。
あたりを見渡すが、人の気配はない。
鳥の声と風の音、そしてどこかで流れる水音だけが、耳に届く。
「……川か?」
音を頼りに歩き出す。
柔らかい土を踏むたび、草の感触が足の裏に伝わる。
サンダルは頼りないが、素足よりはマシだ。
しばらく進むと、木々の合間から水面が見えた。
小さな川だ。幅は3メートルほどで、流れも緩やか。
透明度が高く、底の石までくっきりと見える。
「おお……飲めそうだな」
屈み込んで手ですくってみる。
冷たい水が指の間を滑り、ほのかに甘いような味がした。
こういう淡水には目に見えない虫や寄生虫がたくさんいるっていうが
まぁ死にはしないだろ。
喉を潤したあと、顔を洗う。
指先を伝って落ちる水が冷たくて、ようやく少しだけ落ち着いた気がした。
ふと水面に目をやる。そこに映る“自分”を見て、思わず言葉を失った。
「……誰だよ、これ」
目元も輪郭も、どこか見覚えがある。
けれど、明らかに違う。
これは――俺の顔じゃない。
いや、正確に言えば、“昔の俺”に近い。
子どもの頃の面影が色濃く残っている。たぶん、十代後半くらいだろうか。
背丈こそ大人のままだが、頬は締まり、目の奥にはまだ年輪の影がない。
歳月と共に刻まれたはずの重みも、シワも疲れも、そこにはなかった。
「……これって、転移?それとも……転生?」
水面に落ちた呟きが、小さな波紋となって揺れる。
脳裏をよぎるのは、あの瞬間。
隕石の光、吹き飛ぶ身体、凄まじい痛み――そして、暗転。
――間違いない。俺は、あの時に死んだ。
だからきっと、もうあの世界には戻れない。
それだけは、確かな気がした。
「だったら、ここで生きるしかねぇよな」
空腹が腹の奥から知らせてくる。
腹は減るってことはこれは現実だ。
「さて、次は……食いもん探すか」
木の実でも、動物でもいい。
毒じゃなきゃなんでも食う。
とにかく動けるうちに、動かないと。
今の俺には、セーブもロードもないんだ。
生きるか、死ぬか。それだけだ。
森の奥へ、足を踏み出す。
どこかで何かが、葉の陰を駆け抜けた気がした。
「……よし。とりあえず最初の目標は、寝床と食いもんだ」
背後では風が吹き抜け、木々がざわめいていた。
前に進む。誰もいないこの世界で、再び人生が始まったのだ。
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