第28話 亀に跨がる幼女④

 慣らしも兼ねて、傭兵稼業でかせぎで小競り合いに出向くときもスッポンに乗っていった。

 よく言いつけを守るやつで、飼い主のベリルよりよっぽどお利口さんだ。


 問題は、黒々した装甲で覆われたバカデカい亀を見て、相手が一瞬で戦意喪失することだろうか。

 ひーひー泣きながら逃げてくから、未だに一当てもできてない。


 だが運用に際しての注意点も見えてきた。


 まずは周りへの喚起だな。

 うちの連中は見慣れてるにしても、同軍の全てに伝わってるわけじゃねぇから毎回ビビられる。


 恐れられるだけなら問題は少ないんだが、ビビったあとに人に慣らされてるってわかると、恥かかされたってムキになって文句言われる。

 場合によっちゃあスッポンに直に手ぇ出すアホまで現れる始末。


 んで、スッポンは襲撃者をお行儀よく半殺しにして帰らすんだが、自称被害者の逆恨みが過剰になってあることないことイチャモンつけられるんだ。依頼主に嘘ばっか訴えられて、これまた処理がかなりの手間なわけよ。

 その相手が依頼主の貴族の子弟とかだとこれがまた面倒で……。

 イラッとした勢いで、戦場のドサクサ紛れに敵陣へ蹴り込んでやろうかと思っちまうくらいだ。もちろん、んなこたぁやらねぇがよ。


 だから、周知する手間を惜しんだらいけねぇって学んだ。


 もう一つ困ったことが、こいつが大喰らいってことだ。そこいらの葉っぱも食う。だが好みじゃねぇのか、つづくと機嫌が悪くなるようなんだ。

 んで、ベリルに聞いてみたら、


『スッポンがいつも食べてるのは、禿山にあるチンダチ——じゃなかった明日葉みたいな葉っぱ。半分くらい残しとけばいーし。したら次の日に生えっから。広場の隅に植えてある、あれがそー』


 とのこと。だから短期間の出稼ぎの場合は乾燥させて持ち運ぶようにした。

 あと長期に陣取る場合は、陣地の外れに件の葉っぱを植えて好きに啄ませて、帰るときには根っこまで食わせるって改善もした。



「おう、帰ったぞ」 

「あなた、おかえりなさい。怪我などはありませんか?」

「俺がそんなヘタこくわけねぇだろ」

「うふふっ。あなたの心配はしておりません」


 毎度まいどのやり取りだが、帰ってきたって気がして安らぐ。ちょっくら出迎えの挨拶の文言が増えたが、それはそれで悪くねぇ。


「父ちゃん、おっかえりー。んでスッポンは?」

「おう。ただいま。ヤツなら広場に繋いできたぞ。いまごろ久しぶりに新鮮な葉っぱを貪ってんじゃねぇか」


 ベリルのやつ、俺を気にする方が先だろうが。ったく。

 んで? 長男は出迎えすらなしか。


「イエーロくんなら、まだ倉庫で作業していますよ」

「なんだ、またベリルにコキ使われてんのか」

「あーし呼んでこよっか?」


 兄貴をコキ使ってんのは否定しないんだな。

 まぁイエーロのやつも意中の女に贈るモンをいっしょに作ってるんだろうから、気にしてねぇのかもな。ホントにイヤなら泣きついてくるだろ。


 んなことより、ベリルも出かけてくれんのは都合がいい。


「そうだな……。オメェも久しぶりにスッポンを構いてぇんだろ。なら急ぎじゃねぇから帰りにでも声かけてやってくれ」

「ひひっ。夫婦水入らずってやつだー」

「うっせ!」

「おーこわっ。んじゃお邪魔虫はたいさーん。いってきまーす!」


 相変わらず減らず口なちんちくりんが、てってく元気に飛び出していった。


「あなた、なにか大事な話があるのでしょう?」


 やっぱりこいつにゃ隠し事はできないな。する気もねぇがよ。


「おう。デケェ戦がありそうなんだ」

「それはそれは。詳しい話はなかで落ち着いてから聞かせてください」



 ザッと汗だけ流して楽な服に着替えたら、ヒスイが淹れてくれた茶を啜って、一息つく。


「ふぅ……。茶なんて高価なモン、よくうちにあったな」

「そのお茶、ベリルちゃんが麦を炒って作ったんですよ。麦茶というそうです」


 麦は食った方が腹が膨れるんだが、この程度で贅沢な気分になれるんなら悪くねぇな。ほっ、こりゃあ、茶ぁよりも渋味がなくて飲みやすい。


「親父を労おうたぁ、あいつも可愛いとこあるじゃねぇか」

「どちらかというと、あなたにうるさく言われないあいだに自分が楽しむために作ったんでしょうけれど。ふふっ」


 せっかく親孝行されたって気分に浸ってんのに、コロコロ笑いながら否定しねぇでくれよな。ったく。


「そうかい。んじゃあ俺もギャーギャーうるさくするのがいないあいだに、真面目な話を済ませちまうとするかねぇ」

「はい」


 ヒスイが向かいに座るのを待って、今回仕入れたとっておきの情報を伝える。


「相手はイベリカーナで、時期は半年先、規模は例に漏れず全軍だろうって話だ」

「収穫の季節を狙って侵略、いいえ、略奪目的なのでしょうね。本当にあの豚共は醜く卑しい連中です。やはり根切りにしておくべきでした」


 ものすごくヒスイの機嫌が悪くなった。因縁のある相手だからしかたねぇんだがよ。


 ちなみに、俺らが属するのがミネラリア王国で、ヒト種とその混血が多い。

 んで、件のイベリカーナ王国は女王を頂点とした猪豚種オークの単一民族国家だ。

 多少は農業もするらしいんだが、ほぼ奴隷任せで大した生産量じゃあない。基本的に食糧も労働力も略奪で成り立つ、国というのも烏滸がましい強盗集団なんだ。


 この様子からもわかるように、ヒスイには浅からぬ因縁がある。だが、出番はねぇぞ。


「おまえを連れてくつもりで話したわけじゃねぇからな。そこは勘違いすんなよ」

「あら残念ですわ。お許しいただけるなら血の一滴すら残さず徹底的に消してあげましたのに。ふふ、うふふっ……」


 だから怖ぇって。いまのヒスイをみたらイエーロあたりは悲鳴あげるぞ。ベリルだってチビるに違いない。

 やっぱり、二人を外しておいて正解だったな。

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