第18話:ふわり先生、悩む
***
その日の夜。
バー『
おいおい暇かよ?
「こんばんは〜」
入り口の扉を少し開けて、遠慮がちに顔だけ出したふわり先生。
覗き込むように店内をキョロキョロ見回している。
この前嫌な思いをしたキャバ嬢達がいないか、確かめているんだろう。
「どうぞ。大丈夫だよ」
俺の言葉にホッとした顔になって、先生は店内に入って来た。いつものようにカウンター席に座る。
「また来ちゃった。えへ」
自分の拳で自分の頭を小突きながら、舌をペロリと出すのはやめろ。
あまりにあざとすぎるだろ。
…………まあ、可愛いけど。
しかも相当可愛いけど。
「暇なのかよ先生」
「先生って呼ぶのはやめてよぉ〜」
──ギックぅぅぅ!
つい先生って言ってしまった。
ヤバ。
「だってふわりさん、高校の先生って言ってたじゃん」
「だけどさ。ホト君は私の生徒じゃないんだから」
──いや、生徒なんですよ。
絶対に言えないけど。
「じゃあふわりさんって呼びます」
「ふわりちゃんって呼んで」
「え?」
「私ね。ふわりちゃんって呼ばれ方好きなんだ」
「そうなんだ」
「それにホト君は私より年上でしょ?」
──は? 違いますけど? 6歳も年下ですけど?
俺はいつも17歳には見られない。年上に見られるのは事実だ。
だけどここは、年下アピールをしとこう。その方がふわり先生の恋愛対象から外れるだろうし。
「いや、俺は
「あっ、ホト君って二十歳なんだ! びっくり! てっきり私より年上だと思った」
17歳の俺をつかまえて、22歳より上に見られた俺の方がびっくりだよ。
確かに俺は年よりも上に見られるけど、それでもふわり先生が自分より上に見るなんて……やっぱ人を見る目がないな。
まあそのおかげで俺の正体を気づかれずに済んでるからいいんだけど。
「はい、どうぞ」
先生が注文したハイボールをカウンターに置いた。
「ありがとー」
ふわり先生はグラスに口をつけて、コクリとひと口飲んでから俺を見た。
「あのさホト君……」
「ん?」
「もしかして引いてない?」
「え? なんで?」
「だって私、毎日のようにこの店に来てるから」
「いや別に。来てくれて嬉しいよ」
「ふわぅっ……!」
「は? どうした?」
「あ、いえ。なんでも……えへへ」
いきなり変な声出すなよ。びっくりするじゃないか。
「お店としては毎日来てくれた方がありがたいよね」
「あ……そ、そうだよね……」
あ、しまった。さっきの俺のセリフが、ふわり先生に変に期待させちゃったみたいだ。だからこんなガッカリした顔してるんだろう。
先生が俺に好意を持ってくれるのは嬉しいけど、さすがに教師と生徒だからマズい。ここはさり気なく距離を取った方がいいな。
「まあ『お前暇かよ?』とは思うけどね」
「え? ひっどぉーい!」
「あはは、ごめんごめん。でも俺、どエスだからこんなこと、しょっちゅう言うよ」
「ん……まあそうだね。でもそれもホト君の魅力だからね」
あれ? 冷たいこと言ったのに、あんまり引いてないぞ。
もしかして、ふわり先生ってエム気質なのか?
「ところでホト君、聞いてくれる?」
「なにを?」
「ちょっとした悩み相談って言うか……実は今日は、ホト君に愚痴を聞いて欲しくて来たんだよね」
「いいよ。なに?」
「私ね、学校で生徒達に舐められてるのよね。特に男子たちに」
いや。舐められてるって言うより親しまれてるんだと思う。
「そうなんですか? なんでそう思うの?」
「だってふわりちゃんって呼ぶ子が多いし、なかなか言うこと素直に聞いてくれないし」
「例えば?」
「授業中にちょっと私が言い間違えたりしたら、大きな声でツッコんで来る男子がいるのね」
ああ、それ
「それでいつも教室全体がざわざわしちゃうのよ。『授業中だから静かにして』って私がお願いしても、みんななかなか黙ってくれないの」
そりゃ春田はふわり先生をかなりお気に入りだからな。
からかって楽しんでるんだよな。
しかもふわり先生の『静かにしてぇ』は、苦笑いしながら可愛い感じで言うからな。
みんな、あまり真剣に捉えてないんだよなぁ。
「それって舐められてるって言うより、親しまれてるんじゃない?」
「そんなことない……と思う。私なんか頼りないし、教師には向いてないし、早く辞めちゃえとか思われてるんだ」
「そんなことないさ。きっと親しまれてるんだよ」
「ホト君にはわからないだろうけど、違うと思う」
いやいや、そんなにネガティブにならなくても!
クラスのみんな、かなりふわり先生のこと好きだよ!
でも『バーテンダーのホト君』がそんなこと言っても、簡単には信用してもらえないよな。
んんん……どうしたらいいんだ?
──あ、そうだ。いいアドバイスを思いついた。
「じゃあさ、こうしてみたらどうかな」
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