第7話 再・公園にて①

「翔ちゃんだ」


 公園の常夜灯の下、すらりとした可憐なシルエットが近づいて来る。

 待機していた蛍はベンチからすっくと立ち上がった。


 あれから気を取り直して作戦を練った。後は実行に移すだけである。なのに、翔太郎との距離が縮まるにつれ、緊張で頭が真っ白になりかけている。

 かつてこの公園で、初対面の〝理想の男〟に果敢に結婚を申し込んだ怖いもの知らずの猛者・月見里やまなしけいはもういない。今、此処にいるのは、香月翔太郎に恋焦がれ、ひとかたならず想いを寄せる一人の〝男〟だ。



「すみません。アンケートに答えていただけないでしょうか」


 スマホを手に持ち、如何にも、といったていで蛍(男)は翔太郎に声をかけた。

 練りに練った策、それはアンケート作戦であった。


「そういうのは、ちょっと……」


 翔太郎は蛍(男)を一瞥し、軽く会釈をしながらそう言うと、足早に通り過ぎた。


「お手間は取らせませんので!」

 蛍(男)は素早く翔太郎の行く手に立ちはだかった。

 そして、たたみ掛けるように質問した。

「今、若い人たちにアンケートを取っているんです。運命の出逢いについて。

 例えば、一目惚れとか。あの……あなたは、あると思いますか? 出逢った瞬間に恋に落ちることって」


 すると、意外にもあっさりと翔太郎から答が返ってきた。


「あると思います」

「えっ?」

「僕も、一目惚れみたいな感じで結婚しましたから」

「ええっ?」

「お互いに一目惚れだったんです」

「ええぇーっ!?」


 、一目惚れーっ!? 天が驚き、地が驚き、我が驚く、まさに驚天動地。この四字熟語が己の人生に発動しようとは! 蛍は今の今まで、自分の一方的なアプローチに押し切られる形で翔太郎は仕方なく受け入れてくれたものだと思っていた。それが、実はそうではなかったというのか !? 

 

「奥さんって、どんな人ですか?」

「人間性を尊重し合える願ってもない人です。それに、面白くて楽しくて一緒にいて安心できて、僕にとっては最高の人です」


 はにかむような面持ちで翔太郎は答えた。


 最高の人、最高の人、最高の人。この上ない賛辞が、翔太郎のイケメンボイスと共に耳の奥で心地良くリフレインされる。陶然とする中、蛍はさらに調子に乗って質問を続けた。


「愛してますか?」

「もちろん、愛してます」

「私も、あなたを愛しています!」

「えっ?」

「って奥さんも、きっと思っているだろうな、と。……あ、さっき、出逢った瞬間に恋に落ちるってこと、あなたも『あると思います』って言いましたよね。私たち出逢ったばかりですが、恋に落ちることはありますか?」

「ありません。失礼」


 途端に表情を強張らせ、翔太郎はぴしゃりと言い放った。

 通りすがりの見知らぬ男の〝アンケート〟とやらに真面目に答えたことを後悔するかのように、これ以上話すことはないとばかりにそそくさと立ち去ろうとした。


「待って下さい!」


 このまま何の進展もなく別れてしまうわけにはいかなかった。蛍(男)はとっさに翔太郎の腕を掴んだ。


「痛っ!」

「ごめんなさい」


 口では謝っても、手の力を緩めることはできなかった。意思とは裏腹に〝男〟の身体能力が暴走を始める。蛍(男)は翔太郎の腕を引き寄せ、力任せに抱きすくめた。


「放して!」


 翔太郎が抗うほどに抱きしめる腕に力が込められていく。もはや制御不能だった。上背のある月天使の屈強な身体は、細身の翔太郎の自由を簡単に奪うことができた。

 初めての抱擁だった。だが、感動などなかった。これは暴力以外の何ものでもないと蛍は自覚していた。そう、男は力に訴えるという手段を持ち得るのだ。


 そして、翔太郎も男である。


「放せっ、このォ!」

「うぐわぁ――っ‼」


 ケダモノの咆哮にも似た断末魔の叫びが、夜の静寂を斬り裂いた。

 翔太郎の渾身の膝蹴りが〝男〟の股間に炸裂したのだった。


 未だかつて経験したことのない矯激な痛みが脳天を突き抜けた。蛍(男)はもんどりうって倒れ、股間を押さえてのたうち回った。


「いったぁーい‼! 死ぬ‼! ってか、もう死んだろ、これ……!」

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