第42話 残された疑念
――特待生寮に戻ると、相変わらず賑やかな様子が外まで伝わってくる。
「ただいま」
ドアを開けると、既にみんながこちらを見ていた。
「アル君!」
「にゃー」
「お疲れ、アルちゃん」
「アヴァルさん! ゲームの勝ち方を教えてくださいましッ……!」
「おかえりなさいませ、坊ちゃん」
ん?
「メイドさんがいる……」
「はい、ここに」
「怪我は、大丈夫ですか」
「おかげさまで」
「なんでここに?」
「メイドとは主に仕える者ですから」
「なるほど……一理あります」
「ご理解いただけて何よりです」
色々と聞きたいことはあるけれど――
「――リゼさん」
「はい!」
「訓練場でミルラとイルマに、会ってきました」
「まあ……お願いを聞いてくださったのね! お二人はなんとおっしゃっていましたか?」
「謝罪とお礼の言葉を」
「そうですの……」
「それから、リゼさんの隣に並んで恥ずかしくない人になるとも言っていました」
「……! わたくし、お二人に会いにいかないと! アヴァルさん、ありがとうございます!」
リゼが駆けだそうとすると、メイドが呼び止めた。
「お嬢様、お待ちください」
「なんですの?」
「ミルラ様とイルマ様が、自らお嬢様に会いに来るまでお待ちいただけませんか」
「……どうしてですの?」
「先ほど、坊ちゃんがおっしゃっていた言葉から察するに、お二人はきっと、まだお嬢様にお会いしたくはないのでしょう」
「わたくしは会いたいですわッ!!」
リゼは止まることなく、寮の入口から飛び出していった。
「ふふ、お嬢様ったら」
制止も聞かないリゼの後ろ姿を見送り、メイドは微笑んでいる。
「にゃあ、メイド~、いい加減おいら達に名前教えろニャ……にゃあ、ヴァルっち?」
「そうよねー、命を張った仲なんだし、もっと心開いてくれてもいいと思うな……ねえ、アルちゃん」
「えっと、それはそう」
ソーニャとレディナに付き合う形だが、どんな名前なのだろうかと確かに気にはなった。
「仕方ありませんね……よくお聞きください、私の名前は――」
メイドの人差し指が天を指す。
「――メイド=リゼノシモーベ」
しーん、という音が聞こえる気がした。
「おいら、そろそろ帰るにゃ」
「え、にゃっち、もう帰っちゃうの」
エフティアが引き留めたが、ソーニャは目を細くして見せる。
「多分今が一番いいタイミングにゃ」
ソーニャはさっさと出ていき、レディナもあきれ顔で片肘をついていた。
「皆様、私の名前がお気に召さないようです」
「もう少しましな偽名があったでしょうに」
「あからさまな嘘であれば、皆様に嘘をついたことにはならないでしょう?」
「なるほど」
嘘はつくが、つきたいわけではないと――そういうことなのだろう。メイドとの付き合いは1日にも満たないはずだったが、何となく彼女の考えていることが分かるような気がした。
「ねぇー、本当の名前なんで教えてくれないのー」
「ふふ、メイドですから」
エフティアが頬を膨らませているが、メイドは意味不明な理屈で逃げ続けるつもりらしい。まあ、それもソーニャ風に言うなら、名前を言わない自由なのだろう。
(それにしても――)
――このリビングは女性の比率が高すぎる。
少し外の空気でも吸ってこよう。
そう思っていたはずなのに――
「――なんでいるんですか」
「ふふ、偶然ですね」
特待生寮を出て、学園外へと足を延ばしたところで、メイドと鉢合わせになった。
「つけてましたよね」
「坊ちゃんは警戒心が強くて尾行しがいがあります」
「……」
「うふふ」
ひとまず歩きながら、メイドの用件を聞くことにした。
「先日の事件について、何か知りたいことはございませんか?」
メイドが意味深な流し目をしてくる。
知っていること全て――と言うと、きっとこの人は教えてくれないんだろうな。
「僕を誘ったあの日、
尋ねてみると、一瞬意外そうにして表情が崩れたが、すぐにいつもの妖しい微笑みを見せた。
「元々私は、お嬢様のご友人の身辺調査と行方不明になってからの捜索を独自に行っていました。
さて、ついには敵の居場所も特定できたわけなのですが、どうにも敵が強いらしい――そんな時に、都合の良い殿方が現れたというわけです」
メイドは流し目で訴えてくる。
言わせたいのだろう。
「僕ですか」
「そう、坊ちゃんが現れた――目を合わせただけで分かりました……このお方は強いと。試しに夜這いを仕掛けてみたところ――」
「え」
「――私の存在にすぐ気がついたではありませんか。このお方ならお嬢様のご友人二人を助けられると……より正確に申し上げれば、
よって、決行に至ります。察しのよさそうなソーニャ様とレディナ様には、邪魔をされないように前もって誤情報を伝えておりました。結局、お二人にも助けていただくことになり、こちらとしては合わせる顔もございませんが」
合わせる顔がないとは、いったいどの口が言うのだろう。
「坊ちゃん……? 夜這いのくだりが気になりますか……?」
「いいえ、結構です」
「決行ですか?」
「……………………はぁ、気になると言ったらどうするんですか?」
「ふふ、それは――」
「やっぱりいいです」
この人のペースに乗せられてはいけない。
「どうして、危険を冒してまでミルラとイルマを助けに行こうとしたんですか」
「それを聞くのは……えっちですよ」
「なにが!?」
「ふふ……」
やりにくいなぁこの人……。
「――では……
「正確には、彼らは死んでいなかったし、そもそも我々が殺したのは人間ではなかったのです。我々が殺したのは――植物で作られた、精巧な人形でした。我々が不意打ちを受けたのは植物のツルによるものだったのです」
そんなことがありえるのか。どう考えても人形にできる動きではなかったし、見た目も人そのものだった。。それに――
「――僕が殺した人形……グラーグという男は、
「――そうですね、確かに。ただ、現状は先ほど申し上げたことが事実であるとしか」
メイドも不可解と言った顔で、先ほどまでの愉快な表情が見えなかった。しかし、考えるための材料が揃っていない現状、多くを考えようとしても仕方ない。
「最後に、魔薬の作用についてお聞きしたいのですが、あれにはある種の感情を増幅させる効果があったりするのですか……例えば、殺意――とか」
錯乱状態のまま連携を取りながら攻撃を仕掛ける……そんなことはできないはずだ。
「……通常の魔薬には、そういった効果はありません。薬を盛られた上で催眠をかけられた可能性はあります。
それにしても……ミルラ様とイルマ様から、何かお聞きになったのですか?」
「あぁ、それは――」
――なんて説明すればよいのだろう。
「お二人とも、どうされたんですの?」
背後からの声に、僕とメイドは急いで距離を取って振り返った。
「リゼさん……」「お嬢様……」
「まあ、そんなに驚いたお顔をなさって……うふふ、抜き足差し足忍び足……で近づいたかいがありましたわ!」
「はは……驚かせないでくださいよ」
「ライナザル家の一員たる者、この程度のことはお茶の子さいさいですのよ?」
「そうなんですか? メイドさん」
「ひと通りのことは学ばれますが、今日のお嬢様には驚かされました」
リゼは満面の笑みを浮かべたが、徐々に真面目な表情に変わっていった。
「お嬢様……? ミルラ様とイルマ様には会われたのですか?」
「いいえ、会うのはやめました」
そう言って、リゼはこちらに向き直る。
「アヴァルさん、お願いがありますの――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます