第40話 反撃


「くっ……!」


メイドさんは無事なのか……?

今、何が起きている……?


アヴァルは、ミルラとイルマを相手に苦戦を強いられていた。

完全な1対2を確信したらしく、二人は様子見をやめて徹底的に攻めの姿勢を見せている。対してアヴァルは殺さず倒すを実行しなければならない。


「二人ともッ!!目を覚ましてくれッ!!」


片方の剣を受け止めると、すかさずもう片方の剣が別の角度から襲ってくる。

あるいは同時に、あるいは交互に――相手には何通りもの選択肢があり、対してこちらにはほとんどそれがない。速さで手数を補うしかないが、それではこちらの疲労ばかり溜まってゆき、状況が悪くなるばかりだ。


(殺せばいい)


不意に馬鹿げた考えがよぎる。そんなことは、ありえない。

だけど、どうすれば――


「アル君ッ!!」


――エフティア? なぜここに?


「何が起きてる!?」

「みんながおっきい人と鞭の人と戦ってる! わたしはアル君を助けに来た!」


「僕はミルラとイルマを何とか殺さずに捕縛しようとしている!」

「分かった!」

「ありがとう。二人で連携して……エフティアッ!?」


止める間もなく、エフティアは真正面から二人に突進していく。

エフティアが仕損じたその後の行動を考えつつ、追いかける。


――ッ!?


一瞬、空気が変わり、全身がひりついた。エフティアの後ろ姿から伝わってくる異様な闘気のせいだ。

縦に振りかぶって強引に切りかかるのかと思いきや、エフティアは強靭な足で地面を踏みつぶした。急停止の後――その手をひねり、肩を引き、横一閃の薙ぎ払いの体勢――そのまま、異様に長い刀身で二人まとめて峰打ちで吹き飛ばした。


「これでよし! ね?」

「よ、よし!」


エフティアは倒れた二人を食材のごとくかつぎあげ、「みんなを助けに行こう!」と言って足踏みしていた。恐ろしい切り替えの早さだ。


だけど、助かった――




「おいおいおいおいッ! 今日はなんて日だッ!」


大男は歓喜に吠え、大戦斧を振り落す。

それを軽くいなすのは月の令嬢――リゼ=ライナザル。


「何を喜んでいますの……!」

「これを喜ばずにいられるかよぉッ!! メインディッシュの後にデザートが用意されてるんだからなぁッ!!」


まさしく熊がその爪で獲物の肉を抉るように、男は斧を振り回した。

それとは対照的に、リゼは必要最小限の動きでこれを躱し――突きを繰り出す。


「おおっと……!」


男はその大股な一歩でそれを避け、遠心力をものともせずに斧を切り返した。


(アヴァルさんならきっと――)


リゼは迫りくる凶刃を視界の端に捉えつつ、さらに一歩踏み込み――無理やり間合いを詰める。斧を寸前のところでかいくぐり、男の手首に切りかかった。


「いってぇ……へへッ!!」


深い傷をつけられてもなお、男は笑っていた。

リゼはキッと男を睨むと、再び切り込んでゆく。


「グラーグ! さっさと逃げるよ! この猫ちゃんたち、うっとうしいったらないんだから!」

「これからがいいとこなんじゃねぇか!!」


男がリゼを相手取る一方で、女はソーニャとレディナを相手に苦戦していた。


「にゃっちゃん……このまま押し切るよ!」

「了解にゃっ!」


レディナが正面から打ち込み、ソーニャが背後に回りこむ。

接近戦で執拗に鞭女を攻め立てるが、決定的な一撃を入れられずにいた。二人の徒手空拳を交えた剣撃と魔法を、女は蛇のようにかわしていた。


「こんの……がきんちょの癖にッ!」

「にゃ、おばさんの癖に良く動くにゃ」

「こんの……まだ28だよッ!!」


女は拳を振り上げ、乱暴に殴りかかろうとした――かに見えたが、振り上げた手に持った鞭の先を大男の剛腕に絡ませた。


「仕方ねぇなぁ」


男は鞭を掴み、一瞬で女を釣り上げるようにして後方に投げ飛ばす。


「おらあああぁぁぁッ!!!」


リゼはその隙を逃さずに男の顎に剣の腹を叩きこんだ。


「ありがとうな、殺さずにいてくれてよぉ」


しかし、男は打撃を意に介さず、リゼを蹴り飛ばす。

そして、脇に落ちていた岩を思いっきり空に向かって投げ飛ばした。


「何を――」


リゼは一瞬困惑した声を上げたが、それはやがて悲鳴に変わってゆく。


「嬢ちゃんもいい線行くかもなぁ、楽しみだぜ」


そう言って、男は走り去っていった。

リゼは全力で岩の飛んで行く方向に駆け出す。

ソーニャとレディナも追いかけた。


大地に響く鈍い振動が伝わり、三人の表情が同時に曇った。

それが何を意味するのかをリゼも理解していたが、足は止まらない。



「そん……な……メイドさん……」


メイドが寝かされていたはずの場所に岩があった。

リゼが顔を覆って慟哭し、レディナが膝をつく。

しかし、ソーニャは鼻をひくつかせ、あたりを見回した。


「こっちにゃッ!」


ソーニャが案内した先には――気絶したアヴァルとメイドが抱き合う形で寝ていた。


「にゃぁ……こんな時までエッチにゃ」

「あはは……これはでも、きっとアルちゃんが助けてくれたんだね」


二人は声を震わせながら笑いあった。

ふらふらとした足取りで歩いてきたリゼも、メイドの姿を見るや否や飛び込んでゆく。


「アルくーーーん! 待ってえーーー!」


ミルラとイルマをかついだエフティアが走ってきた。


「エフティア……! それにミルラ、イルマ……!」

「無事だったにゃぁ!」


レディナとソーニャが喜ぶも、エフティアはいまだ不安げな顔をしている。


「アル君は!?」

「あっちにゃ」「あっち」


二人の指さした先を見て、エフティアはへたり込んだ。




――僕はいったい……。そうだ、メイドさんを助けようと走っていたら、大きな岩が飛んでくるのを見つけて、それで――。


「……ですわ……よかったですわ……!」


――誰か、泣いている……リゼさん?

身体が動かない。手は……少し動く。

そうか、この手に伝わってくるのは……メイドさんの……。


「アヴァルさん……ありがとうございます。わたくしのおともだちを……助けてくださって」


だめだ……もう――

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