グランディオスの剣姫たち 月華の章

杉戸 雪人

第1話 僕には無理です

両親を殺した剣をなぞるのが、アヴァルの日課だった。


どうやって切って――

どうやって刺して――

どうやって殺したのか――


手に取るように覚えている。

父と母の剣は全く覚えていないというのに、あの男の――剣鬼の剣だけは忘れられなかった。


遠くの方で生徒たちが賑やかに刃引きの剣を振るっている。

彼らはどうして、剣を振るっているのに笑えるのだろうか。


「ちょっとエフティア、あんた構えふらふらしすぎ」

「立つしかできないエフティア~」

「あははは!」


エフティアと呼ばれる子は、「えへへ……」とへらへらするばかりだ。

上段を構えても何かに怯えるようにまともに剣を打ち込めない。

中段を構えてもどこにも意識がない。なぜ間合いを支配しようとしない。

下段を構えても――


――もういい、うっとうしい、視界の端にも入れたくない。


きっと、何不自由なく生きてきたんだろう。

剣など志さずに、そのまま何不自由なく生きればよかったんだ。


「いつだって人を苦しめるのは思い込みですねぇ、アヴァル君。あなた、こんな訓練場の端の端で一人で訓練って……もういっそ別の場所で訓練するのはいかがです?」


木陰から忍び寄るように現れたのは剣術の講師――『雷霆らいていのベッシュ』と呼ばれるその人だった。丁寧な話し方をする小柄な男性だが、実力は本物だ。白いもじゃもじゃ頭が迫力を削いでしまうのがいたたまれないけれど。


「……ベッシュ先生。いえ、別の場所だと無断欠席になってしまいますので」

「やはり、特待生だけあって根っこの部分は真面目ですねぇ……感心しますが、今のあなたのふるまいには感心しません。ここは学び舎……学び、心を強く変容させる場です。そのためには、同じ目線の学友同士で剣を重ねることが必要です」


「……おっしゃることは、理解できます。ですが、僕の剣は……その……みんなの剣とは違うんです……同じじゃない。それに、ここを卒業する条件にはみんなとの交流は含まれてはいないのではないでしょうか」

「ふむ、あなたの言うことはある意味では正しいのでしょう。という言葉が意味するところが、そう単純なものではないことも分かります。ただ、卒業する条件に関してですが、それについては勘違いしているようなので訂正させていただきましょう。

まず、ルールには明記されていない暗黙の了解というものがあります。別に理不尽を言うつもりはありません。今は自主訓練の時間ですが……自主訓練など日々自分で行うものです。が、なぜ自主訓練の時間が設けられてるのかを考えれば明白なのですが、他者と切磋琢磨する機会を与えるためなのですよ」


「僕には無理です」

「お黙りなさい。まだ途中です。第一、あなたは特待生。面接の時に私が言ったことを覚えていますか? 『あなたを特待生として正式に迎えます。その力を存分に育て、また他者の模範となれるように努めてください』と言いましたねぇ」


「……覚えて……ます。そうでしたね。ですが……」

「思い込みとは本当に恐ろしいですねぇ。いいですか?

昨日でも今日でもありません。明日へと進む意志こそが、あなたを剣使たらしめるのですよ」


ベッシュ先生はそれだけ言うと立ち去って行った。

剣使――神剣に認められし存在――父と母がそうだったが、僕にはなれそうもなかった。


ふと、遠くで訓練している少女を眺める。

見苦しいほどに他の生徒からあしらわれ、地面に倒れこんでいた。まともに食らいつくことすらできないのに、必死に立ち上がろうとしている。


彼女も到底、剣使には届かない――

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