相性98%の結婚〜白い結婚を望む伯爵様はなぜか私を溺愛したい〜

佐久ユウ

第1話 相性98%の結婚だなんて、嬉しすぎる。


「良いことアナスタシア、どんな相性度でも第一印象は大事よ。とびきりの笑顔に勝るものはないの」


 マリナおば様は扇子せんすでお顔をパタパタ仰ぎながら社交界デビューの心得を私に言い聞かせた。


「マリナおば様、もう大丈夫ですわ」


 それに34回も同じ台詞を聞かされたら、私でさえ一言も間違えず暗唱できると思う。


「それにしても、娘の一大事にボルネア伯爵やユリエも王城に来ないの? どうかしているわ」


「ですから農地の調子が良くないんです。お父様もお母様も領民第一に働いていますもの。仕方ないわ」


「農地は奴隷に任せれば良いのよ、ほら何て言ったかしら魔法で動く……」


「おば様、自動人形オートマタよ。奴隷なんて言ったら、王城にも自動人形オートマタはいるのに不敬だと思われますわ」


 自動人形オートマタは魔石を動力源に動く。給仕姿の一体がこちらを見たのであいまいに笑ってやり過ごすと何事も無かったように人混みに消えていった。彼らは王城の魔術師の命で動いているらしい。


「だから同じ顔の給仕があちこちにいるの? 気持ち悪いわ。田舎から出てこなきゃよかった」

「おば様……『陛下のお顔を一目見たい』と仰っていませんでした?」


「それとこれとは別よ、アナスタシア。私は可愛い姪の顔がどれほど陛下と近しいか目が黒いうちに確認しておきたかっただけ。我家は高貴な血脈というのが私の母、アナのおばあさまの口癖でしたから」


 マリナおば様はちょっと大袈裟おおげさだ。お母様の姉のおば様とは13年前に出会った。5歳の私をハグするなり陛下の写し鏡と褒め讃え、肌身離さず身につけているロケットペンダントを開いて勝手に講義を始めた。


 戴冠たいかんしたオベロン国王陛下の肖像は28代ネリヤカナヤ王国の王位継承を記念した限定品だ。絶対的な権力者は御歳おんとし20歳の美青年。艶やかな髪、アメジスト色の瞳、真珠の肌の我が君は神代かみよから続く尊き血脈。……確かにそのお姿と私は、パッと見た感じは似ている。


 だけど私は陛下の真っ直ぐなおぐしと程遠いクセ毛、紫水晶のような深紫こいむらさきではなく、瞳の色は薄紫にあせている。肌の白さは同じでも鼻の高さや瞳の大きさは陛下に及ばない。5歳でもわかるほどの差だ。


「おば様が王家の血と騒ぎ立て下さって、お父様もお母様も遊ぶ暇ないほどの教育を与えて下さいました。ありがたいことに」


 少し非難を言葉に込めたが、おば様に効果は出なかった。


「そうでしょうとも。王家との繋がりを見出すことは私の職能ですからね」


 王室非公式ファンクラブを主催するおば様はにこやかな笑みを浮かべ、グラスのシャルドネをお上品に飲んでみせた。


 だめだ。マリナおば様って昔からマイペースを地で行く人だったわ。


 再びおば様が「それにしても、娘の一生を……」と繰り返し始めたとき、ファンファーレが鳴った。さすがにお喋りなおば様も声をひそめ静かに見守る。次はいよいよ私の番だ。


「アナスタシア・ボアルネ伯爵、前へ」

「アナ、頑張って。笑顔よ、笑顔」


 私がほほ笑むと、おば様が頭上のベールを引き下ろした。オフショルダーの純白のドレスのすそを引き上げ紅い絨毯じゅうたんの上へ進む。つけえりのようなデザインのジルコニアのネックレスが重たい。本物のダイヤより豪勢ごうせいだと薦めたおば様を呪いたくなる。


 でも今日は社交界にデビューと同時に結婚式を挙げる日なので華やかさは必須だとおば様は言う。なぜお披露目ひろめと結婚が同じなのか?「何代も前からそういうならわしなのよ」とおば様は言う。お相手を探さずとも貴族なら必ず結婚できるのはありがたい。なぜなら貴族は家庭を持ってはじめて一人前になるからだ。人生の伴侶はんりょは王家が推薦、つまり仲人なこうどは王家が担う。


 貴族諸侯が礼装やドレスで着飾り見守る中、玉座に向かって敷かれた深紅の絨毯じゅうたんは一筋の道だ。リハーサル通りに淑やかに視線を下げて進み所定の位置でとまる。


「ニール・クラウド・ファンディング伯爵、前へ」


 来たっ。後方から重量感ある足音が近づく。私よりも少ない歩数で並ぶ夫をさりげなく横目でうかがう。視線の先はネイビー色のスーツの肘、その腕は大柄な身体にピッタリと沿い、黒手袋の指先までピシッと伸びていた。


 肖像画は忙しいという理由で届かなかった。そこで私はちゃっかり新聞を使って未来の夫のお姿を探し求めた。


『王立治療院、ニール産婦人科医、困難を奇跡に。困難を極めた六人子むつごの分娩、魔術具で成功へ』


 記事に添えられた写真には6台の新生児のゆりかご。その横に身を屈める姿。でも肝心な顔立ちは横顔で小さく、拡大しても不鮮明で分からない。ただ背は高く大柄で、広い両肩の上でそろえた髪を後ろで無造作に結っていることがわかった。


「各々、互いを見よ」


 オベロン国王陛下のお言葉で私は右向け右をする。彼は左向け左。軍人みたいな動きではなく、優雅な動きに安心した。


 だがスーツの胸元しか見えない。私の身長は156センチ。あごを上げてようやく視線が……合う。


 互いに瞳を見ひらいた。


 さらりと流れる金髪は頭に綺麗になで付けられ後ろで結ばれている。額に少しかかる長めの前髪が色っぽい。サファイア色の瞳は青空より澄んでいる。


 真っ直ぐな鼻梁びりょう、固く結ばれる薄い唇……大柄な男性はあまりにも美丈夫びじょうぶ、いや流麗りゅうれいで思わず息を二度のみこんだ。


「慣わし通りに、誓いの口付けを」


 え、ま、待って。慣わしって、唇にキスをするのよ。心の準備もなく? たとえ結婚が二人を結び、互いの職能を保護し、子孫を繁栄させる貴族特有の儀式だとしても! 

 身長差はゆうに20センチ以上。ヒールの高さは5センチ。あと15センチ背伸びをしても届かないんじゃ……あたふた視線を左右に彷徨わせると伯爵様は口元を緩め、歩み寄られて片膝を後ろに引く。


 彼は私のために腰を低くしてくれた。


 レースのベールがまくり上げられ、澄んだ碧眼へきがんと視線が重なる。


「失礼」


 低く心地よい声音が耳に、頭に、心臓に、響く。ドキって。端正なお顔が近づいてくる。彼の両腕が上がり私の後頭部が大きな手のひらで包まれるように引き寄せられ……唇に触れるギリギリで離れてしまった。


 え? 

 ええっ?


 姿勢を正し、口元を緩めた彼が呆然あぜんとしている私に前を向くよう視線でうながす。動揺しても足が動いたのはおば様の訓練のおかげだけど……。


 そんな事より誓いのキス、されていないわよ!?


 広間に大きな拍手が湧き上がる。周囲からは彼の腕と身体に遮られ、慣わしは無事に行われたように見えたんだわ……。


 でも、キスは? 視線を上げ相手の様子をうかがうのを遮るように陛下の朗々ろうろうたるお声が広間に響く。


「皆の者よく聴け。このたび結ばれたアナスタシア・ボアルネとニール・クラウド・ファンディング夫妻の相性は98%。歴代最高である」


 え? 私は単純なので動揺は直ぐに吹き飛んだ。

 98パーセント? それってほぼ相性100%ってことよ、ね。ものすごいことだし、嬉しい!


 思わず飛び跳ねなくて本当に良かった。だって伯爵夫人はそんな子供っぽいことしないもの。この時ばかりはマナーを叩き込んで下さった、おば様に感謝した。


 でも緩む口元は直せない。だって本当に嬉しかった。それは最高の夫婦生活、そして未来が約束されたと言って良いのだから。

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