49 想像して震える(※沢西春夜視点)
帰宅した。リビングに行く。花織が洗濯物を干していた。オレも風呂を洗わないとな。
両親は共働きで帰りが遅い。親が帰って来る前にそれぞれに与えられた家事の役割を果たしておくのがこの家のルールだ。
適当な家着のシャツとズボンに着替えて風呂場へ向かった。スポンジで浴槽を擦りながら考えていた。未だに自分の置かれた状況を把握できていなかった。
岸谷先輩が明に土下座していたという噂はオレのクラスにまで届いた。どこまで本当かは分からなかったが、二人がカラオケに入っていくのを見たと言う奴もいた。
疑いたくはないけど悪い想像ばかり浮かんでしまう。「こういう時はどうすればいいんだ?」と頭を悩ませていた。
直球で「岸谷先輩とカラオケに行ったって本当?」と聞いたとする。何もやましい事がない場合は「行ったよ」と笑顔で答えてくれるだろうと考える。
しかしその件について明から話を聞いていない。気に掛かる。もし……あの二人の間に何かがあって明がそれを隠そうとしているのなら「行ってないよ」と言われ、それ以上の追及が難しくなる。
そして今日、彼女を噂で聞いたカラオケ店へ連れて行った。鎌を掛けたのだ。
信じたくなかった。明がオレに黙って岸谷先輩といたなんて。もしそうだとしても、明の事だからきっと何か理由がある筈だ。
知っている素振りで問い詰めた。彼女は一瞬、言葉に詰まった様子でオレの目を見返した。悲しげな表情で告げられた。
『ごめんね。私、春夜君に酷い事した』
暫く……家に帰る間もずっと……その言葉が脳内で繰り返されていた。どういう意味なのか。考え付く限り一つしかないように思える。
制服のポケットに彼女から渡されたカード型の記憶媒体が入っている。中身を見るのが怖い。悪い想像が膨らむ。まさか……まさかな。
決意を固められないまま時間が過ぎた。食事と風呂を終えた後、自室の机上にあるパソコンを起動した。
ドクドクと心音が重たく刻まれる。記憶媒体を差し込んで中にあったファイルを確認した。
音声ファイルと……動画のサムネイルが見えた。心臓が止まりそうになる。ベッドを側面から見たようなアングルのサムネイルだった。
これを……オレが見てもいいのか? 脳が壊れないか?
ためらうがどうしても気になってしまい動画のファイルを開いた。
動画にはベッドが横向きに映っていた。花柄のカバーが掛かった寝具も見える。どうやら明の部屋のベッドのようだ。彼女の部屋を見せてもらった事はないけどそんな気がした。
画面に明が映った。ベッドの縁に腰掛けてこちらへ手を振ってきた。
「春夜君見てる?」
照れたように微笑んでいる彼女の姿に口元が緩んでいる自覚がある。彼女はこの動画でオレに何を伝えようとしているのだろう。
「恥ずかしいからこの動画は春夜君だけで見てね」
どくん。
胸の奥が一段と大きく音を立てる。目を見開いた。
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