46 岸谷君の頼み
「俺の頼みを聞いてくれたら何でも言うことを聞く! 頼むぅぅぅ!」
教室の床に手をついた岸谷君に要請された。暫し周囲が騒然となる。まだ教室に残っていた数人の生徒らのヒソヒソ囁く声が聞こえてくる。頭を抱えたくなった。これじゃ彼の頼みを断りづらい。……もしかして分かっててわざとやってる? 岸谷君へ疑いの眼差しを向けた。
何故こんな事態になっているかと言うと。数分前、彼に声を掛けられたところからの説明が必要になってくる。
岸谷君は俯きがちに「幼馴染として心配なんだ」と告げてきた。
私じゃなくて晴菜ちゃんの事だ。
「あいつ、付き合ってる奴いるって言ってたけど……あいつなりの強がりなんだと思う。本当は俺の事が好きなのに俺には姫莉がいるから身を引いたんだきっと」
「それは……ないと思うけど」
「頼む! 俺と一緒にあいつに本当に恋人がいるのか……いたらどんな奴なのか突き止めてほしいんだ!」
「ええーっ」
私が露骨に嫌な反応を示した為か、岸谷君は膝を床につき要請してきた……そういう経緯だった。
でも彼がここまでするなんて。晴菜ちゃんの事を本気で好きだったりして……。少しかわいそうに思った。
それに、彼とはちゃんと話さなければならないと考えていた。幼い頃の約束も含めて。
それから一時間後。私と岸谷君はファミレスにいた。岸谷君は依然必死な様相だった。
何でこんな事に……って今更後悔しそうになる。今日彼を手伝ったら何でも言うことを聞くと言質を取ったので、もう暫くの辛抱で幼い頃にしていた約束や付き合っていたあれこれを解決できると思った。
晴菜ちゃんと彼女の彼氏らしき人物がここで会っているという岸谷君の情報を頼りに、大きな商店街の一角にやって来た。この場所はビルの二階に位置しているので窓際の席からは街の交差点を見下ろせる。少し離れた席から窓際の席にいる晴菜ちゃんたちを窺っていた。
岸谷君が頻繁に件の二人へ視線を向けている。
「ちょっと岸谷君。そんなに見たらバレちゃうよ!」
小声で注意した。
「焦ってるのは分かるけど……」
「あいつ、俺とキスしておきながらほかの男にデレデレしやがって……」
ダメだ。私の話全然聞こえてない。確かに晴菜ちゃんはいつもよりニコニコが増しているように見えるけど、デレデレしている風には感じなかった。
相手の男性は私たちと同じ高校の制服姿でクセのある茶色がかった黒髪に特徴があった。前髪部分がもっさりしている。
ああ……。何でこんな事に。明日も明後日も、まだテストはあるんだよ? ジトッとした視線を岸谷君へ送るけど、それにすら気付いてもらえない。まあ仕方ない。これが終われば帰れるし、今は何か暗記でもしておこう。道具を取り出す為、鞄を漁っていた。
「おい、行くぞ」
暫くして岸谷君に呼ばれ顔を上げた。先程まで窓際の席にいた晴菜ちゃんたちの姿がない。「やっと帰れるんだ」そう思っていたのに。
私と岸谷君は大通りを繁華街の方へ進んでいた。晴菜ちゃんたちの後を追っている。
繁華街の奥まった道を歩きながら罪悪感に苛まれた。きっと今頃、春夜君は勉強している筈だ。私も勉強に集中するって約束したのに。
それに今、岸谷君と二人だけで行動している現状に引っ掛かる。どんな理由があるにせよ、春夜君に悪い事をしているようで胸がモヤモヤしていた。岸谷君に「アイツに言ったら絶対止められるから」って口止めされてしまい、まだ春夜君に連絡をしていない。
春夜君に嫌な思いをさせたくない。私も岸谷君にまだ未練があるとか誤解をされたくないし。
一つだけ、それらについての対策があるにはあるけど。
悶々と考えつつ歩みを進めていたので岸谷君が立ち止まったのに気付いていなかった。ぶつかりそうになって慌てて顔を上げた。
「あそこに入った」
岸谷君が伝えてきたのは晴菜ちゃんたちの行き先だ。ここは……!
裏通りにあるビルを見上げ息を呑んだ。
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