43 雨降って地固まる
「こういう事だから、俺たち」
理お兄さんが佳耶さんの肩を抱いた格好で花織君へ告げた。
「何だよそれ!」
理お兄さんたちから数歩分離れた所に立っていた花織君が我に返った様相で声を上げた。
「お前らそういう関係だったのかよ! 早く言ってくれよ! オレ、バカみたいじゃん……」
私のすぐ前で彼らの方を向いて足を止めていた舞花ちゃんが再び歩き出した。彼女は向かい合う彼らの間へ進み振り向いた。可愛い顔を歪めて理お兄さんを睨んでいる。
「ちゃんと説明してください!」
舞花ちゃんの要求に理お兄さんは少し笑った。
各々座ってお茶を飲みながら話をする事になった。ダイニングテーブルを囲み理お兄さんと佳耶さん、花織君と舞花ちゃんが着席した。私と春夜君はリビングの絨毯に腰を下ろし成り行きを見ていた。
そして私たちは知るのだった。理お兄さんの秘めた恨みと復讐について。
話によると理お兄さんと佳耶さん、舞花ちゃんは幼少期からの幼馴染らしい。花織君とは小学生の時に知り合ったという事だった。
幼少期から幼馴染だった三人の親たちは同級生で、理お兄さんの家に佳耶さん家族と舞佳ちゃん家族が遊びに来る事があった。
理お兄さんの父親は佳耶さんの父親を尊敬しているらしく、事あるごとに「理と佳耶ちゃんが結婚すればいいのに」と謎の理想を押し付けられていた。
小学生だった頃も父親の口癖に「またか」とうんざりしていた。けれど理お兄さんも思っていた。佳耶さんは可愛いと。
しかし。次第に温まりつつあった恋心に水を差す輩が現れた。それが花織君だった。彼らが小三だった時……理お兄さんと佳耶さんと花織君は同じクラスで、佳耶さんは我が道を行く花織君を好きになった。
だから理お兄さんは佳耶さんへの想いを言葉にしなかった。佳耶さんも花織君を見ているだけだった。花織君は二次元のキャラを追っていた。高校生になっても彼らの関係に変化はなかった。
そんな均衡を崩す出来事が起こった。
「花織は『現実の女より二次元が至高』と口にした。佳耶より二次元を選んだんだ。許さない……そう思った」
理お兄さんは切れ長の目を鋭くして淡々と話した。美形の人が怒ってる顔って結構怖いなぁ。
「その頃から少しずつ……佳耶を俺のものにしていった」
理お兄さんがテーブルの上に置かれたマグカップを手に取ってコーヒーを一口飲んだ。重い空気の中、舞花ちゃんが手を挙げた。
「一つ聞きたいです」
「へえ……何が知りたいの?」
舞花ちゃんへ向けて理お兄さんの目が笑むように細められた。
「理お兄ちゃんは佳耶お姉ちゃんの事をどう思ってるんですか? 花織お兄ちゃんと付き合わせようとしたり……本当に好きなの?」
怒りの感情を孕んだような刺のある物言いだった。理お兄さんはフッと笑い目を伏せた。
彼は「この際だから全部白状するよ」と言った。
「佳耶に花織への想いを断ち切ってほしかったのもあるけど、一番は花織に復讐する為だ。少しだけ付き合わせて全部を奪う計画だった。失恋という傷を花織の心に刻んでやるつもりだった。だけど予定を狂わされたよ」
理お兄さんが舞花ちゃんに微笑んだ。
「結局俺は花織に復讐したかったんじゃないんだ。ただ佳耶を取られるのが堪らなく嫌だったんだ」
一時はどうなる事かと思ったけど、丸く収まったみたいでよかった。それぞれ帰り支度をしていた。
「明。今日もしよければ、うちで一緒に勉強しませんか?」
春夜君に声を掛けられ振り向いた。誘ってもらえて凄く嬉しい。「うん」と言いそうになって直前に言葉を呑み込んだ。
外で雷が鳴った。雨も強く降っている。
理お兄さんが佳耶さんを送って行くついでに私たちも車で送ると言ってくれた。舞花ちゃんたちも、もう玄関の方へ向かっている。
まだドキドキしがちな胸を押さえる。答えをためらっている間に玄関ドアの開閉音が聞こえる。
「春夜ー?」
花織君の声だ。こちらを向く春夜君が静かに怒っているような目をしている。
「オレたち今から勉強するから行ってていいよ」
春夜君が玄関の方へ答えた。
「おー……ほどほどにな」
「明ちゃんまたね!」
花織君の何か含みのありそうな物言いの後に舞花ちゃんの明るい声が聞こえた。気になっていた案件が解決して彼女もホッとしているのかもしれない。私も元気よく「またね!」と返事をした。
さて……。これからどうしよう。二人きりになってしまった。春夜君は睨んでくるし。私が変な態度を取るからだよね? 自分でもどうしようもないんだよっ。
「さ、さあ勉強しようかっ」
口調もぎこちなくなってしまう。彼から目を逸らし床に置いていた鞄から道具を取り出そうとしていた。手首を掴まれた。
「明。オレが何かしてたのなら謝ります」
「え……っ?」
「オレの事……嫌いになった?」
呆然と春夜君を見た。まっすぐに向けられた眼差しに怯む。息を呑んだ後に答えた。
「……好きだよ」
「じゃあ何で避けるんですかっ!」
「それはっ……」
え? ええ? 春夜君にドキドキしてしまうから自分を落ち着けたかっただけなのに……誤解されてる? 内心困惑していた。
「…………オレの事を好きだって言うなら証明してください」
「証明?」
「キスしてもいいですか?」
言葉に詰まる。迷ったけど伝える。
「……今は……だめっ!」
春夜君の目も見れない。
「何でですか? オレたち……付き合ってますよね?」
「だって……」
下に視線を彷徨わせ何と言えばいいのか考えていた。普通に「ドキドキする」って言うのも何か恥ずかしい気がしてためらっていた。
「分かりました。もう言いません」
「……え?」
「困らせてすみませんでした。先輩の気持ちは分かりました。先輩の言う通り勉強しないとですし、オレたちも少し距離を置きましょう」
ニコッと笑い掛けられた。
「明」じゃなくて「先輩」呼びに戻ってる……。愕然とした。
「やっぱりオレ、重いですよね。気持ちを押し付けてすみません。先輩が無理してオレに合わせてくれてるの知ってました。先輩がオレの気持ちに応えてくれるのが嬉しくて、つい調子に乗ってましたけど……これからは自分を抑えようと思います。だから……先輩が嫌じゃなければ、これからも恋人でいてほしいです」
そんな風に思ってたんだ。春夜君、凄く勘違いしてたんだね。
「春夜君。ごめんね。春夜君は悪くない……私が……ううん、そうだよ。春夜君が悪いんだよ!」
言っている途中から思い直した。
「私が必死に隠してた事……何で暴こうとするの? 酷いよ!」
責めながら詰め寄った。彼が目元を歪めた表情で見返してくる。
「やっぱり先輩は……ほかに好きな奴が……」
春夜君が何か言ってるけど、もう知らない。壁際まで追い詰めた。勢い余って本棚に手をつく。棚ドンとかこの際どうでもいい。目を見開き相手を睨んだ。言い放つ。
「当ててみて。今の私の気持ちを」
春夜君の喉が息を呑むように動いた。
「当たったら教えてあげます。分かるまで」
過去に彼から言われた言葉をそのままに返す。今なら少し……この台詞を言った春夜君の気持ちが分かるよ。
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