40 欲深い約束
春夜君のお家に引っ越してもいいか家族に相談した。鰺の塩焼きを食べていた父があんぐりと口を開けこっちを見ている。十二畳程のLDK……そのキッチン部分で料理をしていた母が透かさず口を挟んできた。
「何バカな事言ってるの。許す訳ないでしょ。それより! 勉強は捗ってるの?」
母に睨まれた。最近色々あり過ぎて目を逸らしていたけど、来週中間テストあるんだった。
母は首を横に振ってため息をついた。後方で結ばれた長い黒髪も揺れている。黒地に白の横縞が入った七分袖のTシャツと青っぽいジーンズの上から飾り気のない赤いエプロンという出で立ちで手に玉ねぎと包丁を持っている。
父はまだ口をあんぐりさせたままだった。ふさふさした茶髪で黒縁の眼鏡を掛けており、今は家着のトレーナーとジャージズボン姿だ。テーブルの向こうで箸を手に持ち静止している。
父は驚いているような、母は呆れているような反応だった。
……そんな母一強の家族会議だった。薄々反対されるのは分かってたけど。私はまだ親に養われている身だし。自分で生活できる力もない。母からしたら切り捨てて当然の意向なんだろう。
だけど。もやもやした気持ちが残った。もう少し話を聞いてくれたっていいでしょ!
自室の机に向かい勉強している。思い出しては度々憤っていた。
次の日は木曜。塾の帰り道で春夜君に昨夜の一件を報告した。
「そうですよね。仕方ないです。今は」
春夜君の声にも残念そうな響きがある。
まだ自分の気持ちを整理できていない。言い足りなくて打ち明ける。
「私、何だかもやもやしてて……」
「はい」
「思ってた以上に楽しみにしていたのかもしれない。春夜君のお家に引っ越すの」
「はい」
「放課後にこうして会えるけど、それだけじゃ足りないって欲張りな事ばかり考えてるの」
「……はい」
「もっと春夜君と一緒にいたい」
「何?」
相槌を打ってくれていた春夜君の声が急に不機嫌な雰囲気を孕んだ。同時に彼の腕が私の行く手を遮った。ビルの柱に手をつき睨んでくる。……柱ドン?
自動販売機の設置された駐車場のあるビルの柱だ。裏道側の方で暗い夜道に駐車場の明かりが眩しくもある。
彼の態度が変わったので何か怒らせる事を言ってしまっただろうかと慌てて思考を巡らせた。
「どういうつもりで言ってる?」
聞かれて面食らった。
「どういうつもりって?」
質問の意図を尋ねた。
「……っ。明ってそんなにオレの事が好きだった?」
彼は何か言い掛けたけど言葉を呑み込んだ。その後で尋ねられたのは、言うのをやめた言葉とは違うもののようだった。
ハッと気付いた。私……さっきのは失言だったかもしれない。もっと一緒にいたいって言ったから我が儘で重い女だと思われた? ハッキリ指摘されなかったのは彼が優しいから。慎重に言葉を選んでくれた可能性が高い。
「ごめんね。迷惑だよね。重いよね私……」
自分で言ったのにダメージを食らう。努めて明るい表情を作っていたけど言葉の後半は恐らく苦笑いになっていたと思う。俯いた。
「何言ってんですか?」
不機嫌そうな声が聞こえた。顔を上げる。彼は少し困ったようなどこか嬉しげにも見える微笑をして教えてくれた。
「オレの方が明よりずっと重いです。明をオレの家に住まわせたかったのも、もっと一緒にいたいとか優しい理由だけじゃないです」
驚いた。本当にそうだろうか? 私は欲深くて……本当は春夜君を……。だから疑いの目を向けた。
「別の理由って何?」
「知りたいですか?」
頷いて見せる。妖しげな眼差しを向けられた。
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