21 邂逅


 きっともう沢西君たちも駐車場に戻っている頃だろうな。薄らそう思っていた。だから彼らと公園で鉢合わせる事もないと考えていた。


 思った通り、公園に彼らの姿はなかった。だが。


 トイレの建物へ向かおうとしていた足が止まる。男子トイレから誰か出て来た。その人は何やらブツブツ呟いていた。


「でもな。やっぱり怖いんだよ。満足にユララを再現できる筈がない。いたいけな女子高生が頑張ってなり切っているのにオレはそれを見て幻滅してしまう心の醜さをまざまざと思い知って自分にも幻滅してしまう……」


 花織君だ。何を言っているのかよく理解できなかった。それまで早口で小さく呟いていた花織君は何か考え込むように暫く沈黙していた。私はそんな彼を近くの木陰から窺っていた。


 どう対処しようか思考しているうちに朔菜ちゃんがトイレから出て来た。「走ったから汗かいちゃった」と独り言ちて上着を脱いでいる。


 動作の途中でやっと花織君の存在に気付いたようだ。彼女は目を大きくして動きを止めた。


 トイレの前で朔菜ちゃんと花織君の目が合うのを、少し離れた所から見ていた。花織君がポツリと言った。



「現世に舞い降りし女神……?」



 目を見開いていた朔菜ちゃんが踵を返した。逃げようとしていた彼女の腕が花織君に掴まれる。


「何だよこれ……! 聞いてない!」


 焦りを孕んだ声で花織君が朔菜ちゃんに詰め寄っている。朔菜ちゃんは彼の手を乱暴に振り払って駐車場のある方面へ走って行った。呆然とした顔で彼女の去った方向を見ていた花織君の呟きが聞こえた。


「聞いてねぇぞ。こんな…………半端ねぇクオリティだって」




 朔菜ちゃんを追いかけて歩道を走っていた。


「あっ! ユララだ!」


 近くを通り過ぎた車の窓から子供が朔菜ちゃんへ手を振っている。朔菜ちゃんの足がゆっくりと止まり、腕に持っていた上着を羽織っている。その間に追いつく事ができた。


「朔菜ちゃんっ! ……やっと、追いついたっ……!」


 息も切れ切れに話し掛ける。朔菜ちゃんが振り返った。

 私はホッとして膝に手を置いた。走って速くなった心臓を落ち着けようと試みる。朔菜ちゃんも胸を押さえて息を整えていた。


「花織君に見られてびっくりしたのは分かるけど」


 指摘する。朔菜ちゃんはゾッとした時するみたいな顔で言う。


「まさかいるとは思わなかったから、マジでビビったよ」



 駐車場に戻ると木の柵に腰を下ろす格好で沢西君と理お兄さんが喋っていた。


「あっ! 先輩!」


 沢西君が私たちを見つけてこっちへ来る。それまで私の隣にいた朔菜ちゃんが急に走り出してトイレの建物の中へ消えた。


「……そんなに見られるの嫌なんですかね? さっき戻って来た二人もオレたちをさけるようにトイレに駆け込んでましたし」


 沢西君が不服そうにぼやいている。


「皆、恥ずかしがり屋だから……。あ! 後で写真を共有するね!」


 朔菜ちゃんたちから、写真はこのメンバー内でだけ共有してもいいと許可をもらっていた。

 いつの間にか沢西君の後方に理お兄さんが立っていて話し掛けられた。


「ちょっと個人的な頼み事なんだけど、写真は共有しないでほしい。春夜と花織には。俺にだけ全部送ってくれると助かる」


「え……?」


 理お兄さんの頼み事の意図が分からず、困惑してその目を見返す。完璧とも言える落ち度のないスマイルは微塵も揺らがず、そこから考えを計り知る事はできなかった。彼は愉快そうに「花織には秘密にしてね」と人差し指を口に当てるジェスチャーをした。


 沢西君はそれでいいのかな? そう思って沢西君に視線を移した。彼は私と目を合わせて頷いた。



 それから少しして花織君が戻って来た。その十五分後くらいに朔菜ちゃんたちがトイレから出て来た。

 朔菜ちゃんもさりあちゃんも来た時と同じ私服姿に戻っている。髪型も普段のもので、ユララメイクも跡形もなく落とされていた。


 そんな朔菜ちゃんを花織君が少し離れた場所から悲愴な面持ちで見つめている。


 朔菜ちゃんが理お兄さんたちに頭を下げた。


「今日、ここへ連れて来ていただいてありがとうございました。一生の思い出になりました。もう高二だし、これでユララの事はスパッと忘れようと思っています」


 顔を上げた彼女は晴れやかに微笑んだ。




 帰りの車内。問題(?)は水面下でジワジワ進行していた。


「ちょ……、花織が凄い目付きでこっち見てくるんだけど……。あんたの兄ちゃんでしょ? 何とかなんないの?」


 後方に座る朔菜ちゃんが前の席にいる沢西君にクレームを出している。助手席に座っている花織君が朔菜ちゃんの方を血走った目で凝視しているからだ。


「私、何かした?」


 朔菜ちゃんは頻りに首をひねっていた。

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