2 恋人
「あっでも、本当に大丈夫だった?」
まだ少し引っ掛かっている事を沢西君に尋ねた。
「私と付き合うフリをするって事は周りの人たちに私たちが本当に付き合ってると思われる訳で。沢西君に付き合ってる人がいなくても好きな子くらいはいるんじゃないの?」
言及する。彼は少し驚いたように私を見た後、目線を落とした。
「そうですね。好きな人は正直いるんですけど望み薄なんです。その人は別の人が好きで。今は諦めようと思ってます。だからオレの事は全然、気にしなくていいんですよ」
微笑む沢西君がどことなく悲しそうに見えてつい聞いてしまっていた。
「告白はしないの?」
口にしてから色々な後悔が押し寄せる。今日知り合ったばかりの人に踏み込み過ぎだとか、もし彼が好きな人に告白して恋が成就すれば私と付き合っているフリはできなくなるので復讐もできなくなり私的には困るとか。
……でも私のみみっちい復讐なんかよりも、彼氏のフリなんていう無茶振りを快諾してくれた頗るいい人(?)な沢西君の幸せの方が大事な気がする。
彼は私に肩を竦めて見せた。
「振られるの分かってますからね。あっ、そうそう。坂上先輩の復讐……オレにとってもメリットがあるんですよ。坂上先輩と同じです。オレたちが付き合ってるフリをする事で、その人の心を揺らせるかもしれない。今は全然脈なしだけど。諦めてしまう前の最後の足掻きってやつです」
にこやかに話してくれてるけど沢西君も結構つらい想いを抱えていそうなのが窺える内容だった。
「先輩、覚悟はいいですか?」
不意に交わった視線。挑むように細められた眼差しに問われる。
「これからオレたちは恋人同士。『フリ』なんて生やさしい認識を持っていたらすぐに勘付かれますよ。お互いの復讐を達成する為に欺く事を恐れないで下さい。偽る事を受け入れて。オレたちはこれから一蓮托生です。何か困った事が起きたらオレを頼って下さい。オレもあなたを頼りにしてます」
恋人のフリを私から要請した訳だけど……そうか。そこまで真剣に考えてなかったよ。敵を騙すには、まず自分もなり切ってないとって事だよね。
最後に言われた「頼りにしてます」って言葉がちょっと嬉しい。仲間って感じがする。こんな気持ちになるのは晴菜ちゃんのほかに友人がいないからだきっと。私って友情に飢えているのかなと思考した。
「オレ、あいつらの前で口から出任せに突拍子もない事を言うかもしれませんけど坂上先輩も話を合わせて下さいね。そういう『設定』だと思って下さい。……じゃあ早速ですが先制攻撃を仕掛けに行きましょう」
「え?」
朗らかな口調で物騒な提案をされたので面食らった。短く疑問を発した私に微笑みの形をした目が試すように視線を返してくる。下校時の寄り道を誘うかの如く事もなげに促された復讐の一歩目。
「えと、待って。いきなり? まだ心の準備が」
「オレの予想だとあいつらは今頃自分たちの教室にいる筈です。先輩っていつもあの女と一緒に帰ってるんですよね?」
「何で知ってるの?」
言い当てられ驚いて聞いた。いくら私の友人が晴菜ちゃん一人だけであっても。晴菜ちゃんには友達がたくさんいるのだ。私以外の人とも帰る時だってあるかもしれないじゃないか。
沢西君は苦笑して、うろたえている私に教えてくれた。
「知らないんですか? 坂上先輩ってちょっとした有名人なんですよ」
「ええ?」
初耳な情報に困惑する。
「その話はまた何れ。あいつら坂上先輩を教室で待ってると思います。……一緒に帰る為に」
言われて頷く。晴菜ちゃんは放課後、私に用事があって遅くなったりしてもいつも待っていてくれて一緒に帰路に就く。私にばかり構ってくれるので私も甘えているところがあるのだ。
でも何だろう。沢西君の表情にどこか暗い印象を感じる。何か心配事があるのかもしれないと思った。しかし上手く尋ねる言葉が浮かばない。関係ない話題を口走ってしまう。
「晴菜ちゃんってさ……美人で人気者で友達たくさんいるのに何で毎日私と一緒にいるんだろうって、きっと皆思ってるよね? 私が有名っていうのも晴菜ちゃん絡みだろうなって分かってるよ」
そう苦笑いした。沢西君は私を見たまま一拍言葉に詰まったように顔をしかめた。
「何言ってるんですか?」
「えっ、違うの?」
思っていたものと違ったリアクションをされたのでびっくりした。相手を窺う。
その時、廊下の方から人の話し声が聞こえてきた。女子数人らしき笑い声交じりのそれが段々と近付いてくる。
「先輩、そろそろ行きましょうか。心の準備できました?」
ニッと余裕のありそうな表情で確認される。言い出しっぺは私だし、沢西君は後輩なのに。彼の方がしっかりしている。
「うん。大丈夫。一人だったらきっと何もできなかった。二人だと心強いね。沢西君、本当にありがとう」
感謝してもしきれないよと心の中で呟いた。
この復讐は……私が岸谷君を諦める為の儀式でもあるから。この恋の最期に花を手向ける為の。
「そんな弱気で勝てると思ってるんですか?」
微笑み俯いていた私へ沢西君が放った言葉。内心を見透かされたように鋭くてハッとする。顔を上げてもう一度彼を見た。
仲間であっても容赦のなさそうな厳しい目付きで念押しされた。
「オレたちは運命共同体ですよ、もう既に。あいつらに一泡吹かせるって誓ったからには満足するまでやりますよ。逃走は勘弁して下さいね。……この部屋を出たらオレたちは『恋人』です」
廊下に響く話し声がすぐ近くに聞こえる。引き戸が開けられ数人の女子たちが室内に入った。私たちは彼女らと擦れ違い部屋を出た。
沢西君の後に続き廊下を真っ直ぐ進んだ。
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