Ep5.かけがえのない友
スレグが人族の村を訪れて2年が経とうとしていた。一時的な訪問であり、いつかは城へと戻らないと――スレグは不安に感じていたが、そんな彼の心境を察した人族の長であり、祖父のグローブルはしばらく村で生活する――、と手紙を城へ送ったのだ。祖父への感謝の気持ちを伝えるため、スレグはトラウェルとともに長の家を訪れていた。
「おじい様、お気遣いいただきありがとうございます。」
「なあに、気にすることはない。孫と一緒にいられる時間が延びることは嬉しいことじゃ。ここでの生活も、随分馴染んでいるようだしな。」
「村の人たちは親切ですし、僕も色々と教わることができて光栄です。城ではトラウェル先生に教わっていたのですが、こうして実際に目で見て、手で触れることでより多くのことを学べます。」
「トラウェル・・・、ちゃんと教えていたんだな。」
「じいさん、俺のこと何だと思ってたんだ。」
「口の悪さだけは村イチのお調子者。」
「おいっ。」
他愛もない会話を楽しんでいると、ドアのノック音が聞こえてきた。しばらくして入ってきたのは、スレグと年が近いビクターだ。
「スレグー、今いいか?これからちょっと村の外に行こうと思ってるんだが、一緒に行かねーか?」
「おいっ、ビクター!!この状況を見ろ。」
「あ??ただ単に話してるだけだろ。」
「はあぁ。」
トラウェルとビクターの会話を聞き苦笑するスレグ。いつまで経っても終わりそうにない会話を止めようと、グローブルが間に入った。
「もうよい。さっさと行くがよい。スレグ、くれぐれも気をつけるんじゃよ。」
「はい。」
「よおし、そうと決まれば行っくぞー。」
ビクターの後を追うように駆け出した。そんな2人の姿を見ていたトラウェルの表情はどこか切なそうでもあった。
ビクターに連れられ、村の外れへとやってきたスレグはある小屋を見つけた。『ダカラコ』と書かれた看板を見つけ、ビクターに尋ねた。
「ねぇビクター。あそこ、ダカラコって看板が見えるのだけど、何かのお店?」
「あーっと、あそこは飯食って寝るとこ。」
「宿・・・みたいな感じ?」
「そ。親父に聞いただけだけど、あそこ、魔族もいれば俺らと同じ人族もいるらしいぜ。この界隈は結構入り混じってるらしいけど、あんまり知らねー。というより、区別がつかねー。」
「そう・・・なんだ。」
「ぐずぐずすんなよー。もうじき目的地に着くぞ。急げ―!!」
ビクターはスレグを突き放すように走り出した。
「ちょっとビクター!!待ってー。」
横目でダカラコを見ながらスレグは走った。木々の合間を抜け、坂を駆け登り、ようやくビクターに追いついた。ビクターの隣に並んだスレグは、目の前に広がる光景に息をのんだ。
「ここ・・・。」
「どうだ、絶景だろー。」
ビクターが案内した場所は、村が一望できる高台だった。生活している時には広い村だと思っていたが、高台から眺める村は小さな家が立ち並んでいるように見えた。
「俺、この景色がすっげー好きなんだ。高いところから見下ろすと、世界はこんなにも広いんだってわかるだろ。俺はこのままあの村にいるんじゃなくて、もっと色んな世界を見てみたい。そん時は・・・、スレグ、お前も一緒がいい。」
「・・・えっ!?僕も?」
スレグは目を丸くしてビクターを見た。困惑した表情のスレグに対し、ビクターは満面の笑みを浮かべていた。
彼は悩んでいた。純粋で率直な気持ちを投げかけてくるビクターに、自分自身の生い立ちを話しておらず、村民の中でも限られた人数しか知らない、魔族の王子であることを話すべきか――。そんな気持ちを察したかのようにビクターは続けた。
「俺は、スレグがどんな理由でこの村に来たかは知らない。でも、無理には聞かない。スレグが話してくれるまで待つよ。」
「ビクター、ありがとう。」
和やかな気持ちになれたスレグは笑みを浮かべ、もう一度景色を眺めた。
——その時、スレグは背後から背筋が凍るような強い視線を感じた。すぐさま振り返るも、そこには何もいない。今度は違う方向から視線を感じるも――振り向くと何もいない。ここに居ては危険だと思い、村へ帰ろうと伝えるため、ビクターがいる方を見ると――そこには微動だにしない彼の姿があった。
*・*・*
ダカラコは連日賑わいを見せていた。ここ数日、魔王族家の双子の王子の話で持ちきりだった。元騎士団の魔族数名が脱退後、放浪の旅と称してあちこち旅をしていた際、このダカラコを拠点とするようになった。ライラは注文の品をテーブルへと運び、何食わぬ顔で去ろうとしていたが、ふと彼らが気になることを話し出した。
「そういえばよー、マグビス様の双子王子、えーっと、どっちだっけ?弟の方?って、騎士団試験にも受けずに人族村に逃げ込んだんだろ。」
「そうそう。確かにあいつ、弱腰だったからな。」
「剣の腕もなくって、兄に比べて弱々しい奴が、村でどんな生活してんだろうな。俺が騎士団やめるときに村から手紙がきたらしいけどよ・・・。」
もう少し話を聞きたかったライラだが、厨房で料理を運ぶようにダンに促され、渋々その場を離れた。
ライラはふと考えていた。境界線で起こったあのときの事を――。
〈あの時、魔物たちがあんなに騒いでいたのには何かあると思っていたけど、魔族の血筋が関係していたのか?騎士団の態度もどうも気になる――〉
考え事をしていると――、
「おーい。ライラ。ラっー、イっー、ラっ!!」
大きな声で呼ばれ振り向くと、仁王立ちしているダンの姿があった。
「何ぼーっとしてんだ。さっさと運んでくれ。」
「考え事してた、・・・ごめん。」
ライラが慌てて出来上がった料理を運ぼうとした時、勢いよく店の扉が開いた。
「はぁ・・・、はぁ・・・、あの、助けて・・・、下さいっ。」
声のする方を見ると、ぐったりとしたビクターを抱えたスレグの姿があった。その姿を見たダンが2人の元へ駆けつけた。
「何があった!?」
「わからないんです。気づいたら、はぁ・・・、ビクターが倒れてて。」
「おぅう、そうか、わかった。とりあず向こうに運ぼう。おいみんな、悪いが今日の店は終わりだ。手の空いてる奴がいたら手伝ってくれ。」
そうダンが言うと、店にいた客はテーブルに置かれていたものを片付け、ビクターをテーブルの上へ運ぶように促した。その様子を見ていた元騎士団の数名が小声で話し出した。
「おい、あれって、さっき言ってた弟じゃねーか?」
「確かにそうだな。村にいたんじゃねーのか?」
声がする方へライラは向き直り、少し強めの口調で言った。
「あの!!店主も言っていたかと思いますが、今日の営業は終わりですので、どうぞ、お部屋にお戻りください。」
「なんだよあいつ。」「さっきも俺たちの話聞いてたよな。」
ライラが睨むと、小声で話していた元騎士団数名は大人しくその場を去り、客室へと踵を返した。その姿を見届けたライラは、テーブルの上に寝かされたビクターの様子を静かに観ていた。
「ライラ、何かわかるか?」
ダンの問いかけに対ししばらく考えた後、ライラは答えた。
「今までの魔物と比べものにならないくらい、この人を襲ったヤツは手慣れているよ。」
その言葉を聞いたスレグは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、ライラに詰め寄った。
「あっ、あの、ビクターは助かりますか?」
店内は静寂に包まれた。
誰がこの状況を伝えるべきか迷っていると、ライラが意を決し、スレグを真っ直ぐ見つめ、冷静な口調で伝えた。
「・・・彼は、もう亡くなっている。」
その言葉を聞いたスレグはその場に膝から崩れ落ち、大粒の涙を流しながら大声で泣いた。
「ビグダー!!うあ"あ"ー。僕のせいだ。僕が、僕が守らないといけなかったのに、ごめんなざい。・・・ごめんなざい。う"うぅぅぅ。」
ライラは、泣き続けるスレグに近づき、そっと背後から抱きしめた。
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