Ep2.境界線に潜むモノ
マーレンとスレグは16歳を迎えようとしていた。騎士団への入団を目標に鍛錬を続けていたマーレンは、団長であり父親でもあるマグレスに見守られる中、無事に入団試験を突破、今では団員の中でも一目置かれる存在となっていた。その一方でスレグは悩み続けていた。騎士団へは入団しないとマーレンに伝えて以降、2人の間には溝ができていた。マーレンが訓練場へと向かう際に廊下ですれ違う時も、食事をする時でさえも、お互い目を合わせずにいた。そんな状況を見て心配していたスカーレットは、マグレスにある相談を持ち掛けた。
「ねぇ貴方。少し相談があるのだけれど。」
「スレグの事か?」
「ええ。あの子、ずっと悩んでいるみたいなの。」
「そうだな。だが、私たちにできることなんてないではないか・・・。」
「ええそうよ。だから・・・村に行かせてみてもいいかと思ってるの。」
「村に!?」
「そうよ。城にいるだけだと、あの子の良さが無くなってしまうかもしれない。村に行けば、あの子自身、何か変わるかるかもしれないの。」
「だが・・・」
マグレスがこの提案をすぐに
人族と魔族が協定を結び、平和を取り戻しつつも、中にはこの状況をよく思わない者たちが集まり、あちこちで内戦を起こしていたのだ。騎士団はそういった者たちを含め対応する必要があり、多忙な日々を過ごしていた。ケガをする団員も多く、ここしばらくの間は魔物討伐にすら行けない状態だった。
「団員たちも今は療養に専念しないといけない。そんな中、スレグのために護衛をつけることなんてできない。」
「ならこのままあの子を放っておくって言うの?」
「今は仕方ないんだ。」
*・*・*
その頃、書庫から自室へ戻ろうと歩いていたスレグの耳に聞こえてきたのは、父と母が口論している声だった。慌てて2人がいる部屋に入ろうとしたが、腕を引っ張られ止められてしまう。誰に止められたのか後ろを振り向くと、そこには思いもしない人物がいた。
「トラウェル先生。」
「やあ、スレグ。」
「どうして止めたのですか?」
「君が行ってどうにかなるのか?」
「それは・・・。」
「あの場に入って行ったからといって、何もできないなら初めから行かない方がいい。」
「僕のせいで父上と母上が困っているのですよ。僕は何もできないまま・・・。僕はどうすれば良いのですか?教えて下さいよ!!」
「・・・・・、行くぞ。」
そう言うと、トラウェルはすたすたと歩き出した。置いて行かれまいとスレグはすぐさま追いかけた。
扉の前に立ち、トラウェルは深呼吸をした
*・*・*
扉がノックされた音にはっとしたマグレスとスカレーットは、これまでの口論を一旦止め、声のトーンを少し低めにしたマグレスが返事をした。
「誰だ。」
「トラウェルでございます。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「入れ。」
中から聞こえてきた返事を聞き、トラウェルは扉を開けた。マグレスとスカーレットは声の主であるトラウェルの後ろにスレグの姿を見つけ、驚きを隠せない表情をしていた。
「なっ、トラウェルだけではなかったのか。」
「恐れながら失礼いたします。先程廊下でばったりとお会いしましたもので。」
「要件はなんだ。」
「廊下を歩いておりましたところ、こちらの方からやや大きめの話声が聞こえて参りました。お話されてました内容も何やら深刻そうで、私心配になりまして・・・。」
「前置きは良いからさっさと要件を言うのだ。」
「スレグ様のことです。」
「お前には関係ないではないか。これは私たち家族の問題だ。」
「私がスレグ様に同行致します。」
「何っ?!」「何ですって?」
「ちょうど村へ行く用事がありますので、お供致します。」
「ねぇ貴方、トラウェルが一緒なら安心できるわ。」
「はぁ、仕方あるまい。スレグ、お前がそこにいるということは私たちの話が聞こえていたのだな。」
「はい。」
「お前がどうしたいのか、後は自分で決めなさい。」
*・*・*
これまで城内の書庫で過ごすことが多かったスレグにとって、今回の旅は楽しみで仕方なかった。本でしか見たことのない景色や生き物を、実際に目で見て触れることができる、そう思うだけでも気分が上がっていた。
トラウェルから言われた通りに荷造りを終え、その日を待ちわびた。
―出発の朝。
スレグはマグレスとスカーレットの元を訪れ、出発の挨拶をした。
「父上、母上、行ってまいります。」
「気をつけてな。」
「トラウェルの言うことは聞くのですよ。」
執事や使用人たちの笑顔に見送られ、トラウェルとともに門を出た。見送りの中に兄であるマーレンの姿はなかったが、スレグが出発する直前に任務で出かけたと知らされていた。少し寂しい思いはあったが任務なのだから仕方ない、スレグは自分自身に言い聞かせていた。
城を出てから数時間、目の前には広い草原が広がっていた。青々とした草が風に揺られてなびく様子を目の当たりにしたスレグの目は、光り輝いていた。そんな様子を見ていたトラウェルはスレグに話しかけた。
「随分と楽しそうだな。」
「今までは本の中でしか見たことがなかった景色をこうして見れるなんて・・・・。トラウェル先生のおかげです。ありがとうございます。」
「時間はたくさんある、存分に楽しめ。」
*・*・*
人族の村から少し離れた位置にあるダカラコは今日も活気で満ちていた。人族と魔族が同じ屋根の下で同じようにお酒を飲み、賑やかに過ごすきっかけとなった場所であり、連日のように賑わいを見せていた。
「ライラ、この料理を運んだらカイルを手伝ってくれる?ダンも忙しくて手が離せないみたい。」
「わかった。」
そう答えたのは、父親のダンと母親のコメリアとの間に産まれた、このダカラコの看板娘であるライラ―16歳。忙しい両親の手伝いを兄のカイルとともにしていた。
「カイル、何したらいい?」
「ちょうどいいところに。食材がきれそうなんだ。」
「何がいるの?」
「そうだなー、今日のところはキャロッツとキャベン、フィーウィがあれば間に合うかな。」
「わかった。すぐに行ってくる。」
「ライラ、少し暗くなって来てるから気をつけろよ。ここ最近、いつ魔物が出てくるかわからないから。」
「誰に言ってるの?」
「はは、そうだな。お前は大丈夫だな。」
ライラは荷物カゴを背負い、いつものように道具を持ちダカラコを後にした。しばらく歩き、目的地であるダカラコ専用の畑に着いた。ライラは荷物カゴを地べたに置き、頼まれていたキャロッツとキャベンの収穫に採りかかる。大きく膨らんだ物が食べごろであると教わっており、畑全体を見渡した後、ライラは目星を付けた場所へと駆け寄った。
「よしっ、これにしよう。きっとこの大きさだと甘くて美味しいんだろうな。」
目的の物をカゴに入れ、次のターゲットであるフィーウィを捕獲しようと立ち上がった時、地響きとともに大きく、不気味な鳴き声が聞こえてきた。それは今までにない大きな音であり、ライラは慌ててダカラコへと戻った。
「みんな、今の聞いた?」
「ああ、なんだあれは?」「今まであんなに大きな声はしなかったのに。」「村は大丈夫か?」「魔物が暴れているのか?」「騎士団はどうした?」
ダカラコに来ていた客が口々に先ほどの大きな鳴き声について話をしていた。そんな様子を見ていたライラは厨房へと向かった。
「
「ライラっ。ああ、無事でよかった。」
コメリアはライラに駆け寄り、目一杯抱きしめた。
「さっきの声・・・・。」
「ええ。あなたも感じ取ったのね。」
「私、行かなきゃ。」
「それはダメよ!!」
「どうしてっ!?」
「あなたも巻き込まれるわよ!!」
「でもっ・・・。」
2人が言い争っている姿を見ていたダンは、コメリアの肩に手を置き重い口を開いた。
「コメリア。」
父母の様子を見ていたライラは、先ほど収穫してきたキャロッツとキャベンが入ったカゴをカイルへと渡し、裏口へと走った。
「ライラ、・・・どうか気を付けて。」
コメリアの言葉に応えるように笑顔を見せ、ライラはダカラコを飛び出した。
「コメリア、あの声はどこから聞こえてきたのかわかるか?」
「境目よ。」
「よりにもよって・・・。」
「ライラなら大丈夫だろ。」
答えたのはカイルだった。ライラから受け取ったカゴからキャベンを取り出す際、力を込め過ぎたのか、真っ二つに折れてしまった。
「俺にも何かできれば良いのに・・・。」
「・・・カイル。」
ダンとコメリアは顔を見合わせ、カイルの元へと歩み寄り、優しく抱きしめた。
*・*・*
トラウェルとスレグは野宿をしながら村を目指していた。時折聞こえてくる不気味な鳴き声に、スレグは終始落ち着かない様子だった。
日が暮れ始めたため、平坦な場所にテントを張ろうと準備をしていた矢先、トラウェルの目の前に禍々しい様子の魔物が現れた。背丈はトラウェルの倍近く、黒いオーラを放ちながら立っていた。トラウェルは攻撃に備えていたが、魔物はトラウェルではなくスレグの方を見ていた。このままではスレグが魔物の標的になると慌てたトラウェルは、薪を拾いに行っていたスレグに向かって叫んだ。
「スレグ!!!!走れー!!!」
スレグは声を聞いた後、すぐさま走ろうとするも、恐怖のあまり足がもつれ倒れてしまった。スレグが振り返ると、先ほどまでは距離がとれていた魔物が、いつの間にか目の前まで迫っていた。もうダメだと諦めかけた、
——その時、青くきらめく光を放ちながら一本の矢が飛んできた。矢は魔物に突き刺さったと同時に輝きを増し、光のベールに包まれるように魔物とともに消え去った。スレグが立ち上がり、矢が飛んできた先を見ると、そこには一人の少女が立っていた。
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