第62話【愛の巣探し】


「見て見て吉田さん! このオーブンめちゃくちゃ大きいよ!」

「そうだな」


 カウンターキッチンに備えられた大型のビルトインオーブンに興奮する沙優に、思わず頬が緩む。 

 今日は二人で同棲するための物件を探しに内見へとやってきた。

 俺が相談もせず一颯さんから了承を得たことに最初こそねていたが、また一緒に住める喜びの方が圧倒的上回ったのかそんなのは一瞬で終わった。

 

「隣にあるのは......もう一つオーブン?」

「それはピザ用のオーブンでして。一度に二枚まで焼けるようになっております」

「へ~。家庭用のピザオーブンなんて初めて見たな」


 不動産会社の若い女性の担当が若干たどたどしいながらも丁寧に説明してくれる。沙優とそこまで見た目年齢が変わらない感じからすると新卒だろうか。


「なのでお友達を呼んでホームパーティー等にもご利用できます」

「ホームパーティーかぁ......いいねぇ。毎週やっちゃう?」

「んな海外ドラマじゃあるまいし」


 担当いわくデザイナーズマンションらしく、コンクリート打ちっぱなしの開放的なデザイン。天井を見上げればホテルの催事場でしか見たことないような高そうなシャンデリア。部屋の広さも相まって住む部屋を探しに来た感がまるでしない。

 一颯さんから紹介を受けた不動産屋は、一般サラリーマンの俺にとっては1ランクも2ランクも上の世界へといざなう案内人に思えた。


「歩いて15分圏内の距離に大型食料品店はもちろん、小中学校等もございます。立地的にはお子様が生まれてからも腰を据えて住むにも最適な環境かと」

「確かに魅力的な物件ではありますが、今回は彼女が大学を卒業するまでに住むための部屋なので」


 沙優が大学を卒業するまでに俺の給料が多少は上がっているだろうが、それでもこんな人生の成功者が住むようなタワマンには指先だって届くはずがない。

 一颯さんからの援助があってこそ成立する、例えるなら期間限定で城に住む権利を与えられたお試し期間とでも比喩ひゆしておこう。


「ですが、彼女様はそうではないみたいですよ」

「え?」


 ついさっきまでオーブンを見比べていた沙優はいつの間にかキッチンを抜け、ベランダ側の窓から外を眺めていた。


「うわ~。空がこんな目の前にあるなんて」

「高層で最上階ともなるとマジで青空と雲しか見えないな」

「タワーマンションの強みとして大抵は豪華な設備が挙げられますが、住んでいる人間にしか味わえないこの絶景を挙げる人も中にはいらっしゃいますね」


 ガキの頃に大好きで読んでいた少年マンガに主人公が強くなるために天高くそびえる塔に登ったシーンがあったが、彼が見た景色はこんな感じだろうか。なるほど、これは自分が力を持ったと思ってしまうのもうなづける。


「外に出て見ましょうか」

「いえ結構です」

「そうだね。ちょっと怖いかも」


 景色が申し分ないのだけは十分理解した。

 俺も沙優も高所恐怖症ではないにしても、ここまで高層ともなると好奇心よりももしもの時の怖さのほうがまさって足がすくむ。

 その日は他にも紹介された物件をいくつか周り、初回の物件巡りは終了。

 次の週、また新たに不動産屋から紹介され興味のある物件を内見したものの――。


「なかなか『これだ』と思う物件がないと」

「ああ。時期が悪いのかねえ」


 向かいに座る橋本が焼きサバ定食のサバの骨を丁寧に取り除く。

 

「全く空いてなくはないんだよ......空いてるなら空いてるなりの何か理由があったり」

「要するにワケアリ物件的な」

「そんな感じだ」


 シーズンが去ったばかりの引っ越し料金がかなり割安になるというのがよく分かる。

 引っ越ししようにも目ぼしい物件は二・三ヶ月前に埋まり、残っているものは何か残っているなりの理由が有りそうな物件ばかり。


「最初に行ったっていうマンションは? 沙優ちゃん結構気に入ってたんだろ」

「条件としては悪くないんだが......いかんせん家賃のほうがな」


 俺がいま食べている食堂のラーメンセット何百食分に相当する金額なのか想像もしたくない。

 いくら一颯さんが援助をしてくれると言っても人の金が使われる以上、できれば可能な限り最小限にすませたい。

 しかし防犯対策を最優先にするとどうしたって家賃が格段に跳ね上がり、結果タワマンに行きつく。食事も喉を通りにくく箸で掴んだままの麺が伸びてきてしまう。


「あとこいつは家賃関係無い話なんだが、俺、そんなに子供欲しがってる顔してるか?」

「なんだいやぶから棒に」


 橋本が鼻を鳴らして笑った。


「いや、内見に行くと一軒ごとに必ず担当から将来の話として子供の話題を振られるんだよ。一昨日行った時も『近くに運動公園があるので将来子供とキャッチボールし放題ですよ』とか言われて。反応に困るんだよな」

「沙優ちゃん照れてなかったかい」

「照れてるというか、アレは恥ずかしいといったほうが正しいかもしれない」


 担当もセールストークのつもりなんだろうが、その度に沙優と目が合うとお互い気恥ずかしいやらなんやら。


「気にし過ぎだって。その担当の子は吉田のこと、子供好きそうな男性にでも思ってるん

ゃない」

「逆だ逆。俺はガキが大嫌いだっつーの」

「自分と沙優ちゃんの子供でもかい」

「......なわけ、ねぇだろ」


 そう答えると分かっていて橋本はわざと訊きやがったな。

 俺と沙優の子供、か。

 もしも女の子だった場合、きっと沙優に似て可愛くて美人な女の子ができるんだろうな。間違っても見た目は俺の遺伝子強めにならないでもらいたい。


「吉田も僕みたいにマイホームでも買ったら? いいよ自分の城を持つことは。愛する人を何が何でも一生守って行こうっていう気持ちもより一層強くなるし」

「マイホームねぇ」

「そういえばアオイさんに吉田にようやく彼女ができたこと伝えたら、是非一度連れて来いって」

「絶対めんどくさいパターンになるから遠慮しとく」


 前回訪れた時に散々後藤さんに関する質問攻めをされたのを思い出し、ため息と同時に顔が苦くなる。アオイさんもこの人の良い夫のように信用に足る人物なのは一度酒を交わしてみて大体分かった。それでも会うならもう少し沙優との歴史を深めてから会いたい。

 俺はまだ、沙優への好意を恋だと意識してから日が浅いのだから......他人に説明するより先にまず、自分の中で想いを一つ一つ改めて整理しておきたい。



          ◇


 次回、第63話は11月22日(金)の午前6時01分に投稿予定。

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