第37話【初詣】
この神社にやって来るのは去年の8月。
沙優に改めてのプロポーズをした夏祭り以来。
あの時は
「あさみに写真送ったら、超絶似合ってる! ってお褒めの言葉をいただきました」
「そいつは良かったな。でもあいつが着物の着つけができるなんてやっぱりどうも信じられん」
「昔、華道を習ってた関係で身につけたんだって。いかにもお嬢様らしい習い事だよね」
隣で並んで歩く沙優は、嬉しそうにあさみからのメッセージが表示されたスマホの画面を俺に見せてきた。
沙優の母親が20歳になる娘へのお祝いとして贈ってくれた振袖は、レモンイエローベースに椿模様と、優美な沙優にピッタリな華やかさと上品さの両方を兼ね備えた印象を与える。
頭に乗った桜の花びらを彷彿とさせる髪飾りは可愛さを表現し、まさに娘の良さを熟知
した完璧なコーディネートだった。
「そのお嬢様は今年の正月も相変わらず親戚の家で退屈三昧か」
「行く前からずっと文句言ってたからね」
「余程なんだろうな。もう大人になったんだから、そのくらい自由にさせてやってもいいと思うんだがな」
子供が小さいうちならともかく、ある程度大きくなってくると世界が広がり、身内で過ごすより外の世界でできた友人との時間を大事にしたい気持ちはよくわかる。干渉し過ぎ
る親というのも考え物だ。
「へぇ~、そうなんだ。てっきり吉田さんはあさみの両親と一緒の意見だと思ってた」
「そこまで頭の固い男じゃねえよ。新年の挨拶は大事だが、んなもん日帰りでもいいだろ」
「確かに。三が日まで親戚の家で過すって大人でもちょっとね」
養ってもらっている立場上、親の言うことは基本絶対ではあるとして。
「正月からお疲れさんなあさみに何か土産でも買ってってやるか」
「御守りならいつでも買えるから、りんご飴とかがよくない? あさみが帰ってくるまでギリギリ日持ちするだろうし」
「決まりだな。じゃあそうするか」
夏祭りの時みたいな圧倒的多さではないにしても、境内にはぽつぽつと出店が出店されている。
買うのは参拝が終わってからということで、俺たちはまずここへ来た目的を果たすことに。境内の地面に敷き詰められた砂利が歩く度に小気味よい音を鳴らす。
二つ目の鳥居をくぐり拝殿の前。
元旦の午前中だけあり、既に大勢の参拝客による長蛇の列ができあがっていた。ざっと見た感じだと50人程度か。
「飲食店と違って回転も早いだろうから、多分そんなに時間はかからないだろう。寒くないか?」
「私は平気。このとおり振袖着てますので。吉田さんこそ大丈夫?」
「ああ。俺も大丈夫だ」
「「......」」
並んでから気づいたんだが、近所の、それも地元民にしか知名度が無さそうな神社のはずなのに、何故か異様にカップル率が高い。
手を繋いでいるのは俺たちくらいなもので、ほとんどはそれ以上のスキンシップ。過激なものだと抱き合いながらついばんでいるカップルさえ。ここは夜の公園か?
「......やっぱり寒いからこうしてるね」
「そ、そうだな。防寒対策に用心しとくにこしたことはないからな」
周囲の空気に当てられ、沙優は俺の手から腕へと抱き着くように絡み直した。
ほんのりと頬を赤くさせ、上目遣いで恥ずかしがる仕草がなんとも愛おしい。
「この神社って縁結びで有名な神様が祀られてるんだね」
「通りでな。じゃなきゃこんなやたらにカップルばかり並んだりしないよな」
「吉田さん、長くこの町に住んでるのに知らないんだ」
「世間の社会人なんて大体そんなもんだぞ。平日は職場と家の往復。休日は食糧の買い出し以外は基本ずっと引きこもり。沙優と恋人同士になってなかったら、ここが縁結びに有名な神様が祀られてるなんて気づきもしなかっただろうし」
行列の前方で自慢げに彼女へと
「......ちなみに、振袖の下はちゃんと身に着けていますので。ごめんね、期待に応えられなくて」
耳元で囁く沙優は、にまにまと口角を上げ自分の襟元を軽く引っ張って見せた。
「こんな神聖な場所で何もしねえよ。バチが当たっちまう」
「紳士だねぇ~」
誰が紳士なものか。隙間からちらりと見えたベージュ色の下着に俺の下半身は即座に反応した。
見られることを意識した下着ばかり見ていると、たまに今のような地味目な色の下着を見ると異様に興奮してしまう現象が起こったりする。
特別なイベントの時のセックスも燃える
が、何気ない日常で自然と始まるセックスも味があっていい......って、俺は一体何を語っているんだ?
そこからは二人で他のカップルの観察をしながら悶々とした気持ちに抗いつついると、思ったより早く順番が回ってきた。
「吉田さんは何をお願いしたの?」
お参りを済ませ、とりあえずおみくじのある建物の方向へと足を延ばす。
「ん。日々の平穏無事と、沙優に愛想尽かされませんように、ってな」
「愛想尽かされるようなことに心当たりあるんだ」
「......ックスのし過ぎとか」
「あ~」
同棲を始めたばかりの頃に比べたら節度あるペースだと思っていたが、その口ぶりだと沙優的には多いと感じているようだ。
「やっぱりか」
「でもそれはお互い様じゃない? 私だって、吉田さんが仕事で疲れてるのを知ってていっぱい求めちゃうこともあるし」
「そういう沙優こそ何をお願いしたんだ?」
すれ違った子供が純粋無垢な瞳を向け俺たちの会話に耳を傾けていたのに気づき、慌てて会話の方向を急転回する。
「私はね......今年一年も、吉田さんが健康でいられますように、かな」
「自分のお願いじゃないのかよ」
「いいでしょ。吉田さんといられる幸せが私にとって一番の幸せなんだから」
自分でなく相手の幸せをまず第一に願う。思いやりの気持ちが強い実に沙優らしい願いごとだ。だからこそ、本当は俺も沙優の学業成就と健康も一緒に願っておいた。わざわざ言うまでもないので黙っておくが。
「叶うといいな」
「叶うといいな、じゃなくて、叶えるの。だから今度から健康診断の結果の書類、私もチェックするから」
「マジか」
「マジです」
学校の通信簿から解放されて久しく経ったが、よもや代わりに恋人に健康診断表を預けることになろうとは誰が想像できる。
とりあえず正月くらいは現実を忘れて楽しもう、と落とした肩を上げた――その時だった。
「......あれ? あそこにいる女の人、どうしたんだろう?」
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