第13話【アダルトグッズ・沙優視点】

 待ちに待ったお盆休み。

 仕事から解放された影響なのか、昨晩の吉田さんはいつもに比べてちょっと激しめだった気がする。

 お互い火が点いて朝方近くまで何度も行為に及んでしまい、目が覚めたのは午前11時過ぎ。

 朝食名目の昼食を取り、二人で何か映画でも見ようと吉田さんのノート型PCの電源を入れようとしたのだが......一向に画面が映らない。

 吉田さん曰く、一人暮らしを始める際に購入したもので、そろそろ寿命なのかもとか。

 私が家出JKとしてこの家に住んでいた頃には、暇潰しの相手として大変お世話になりました。ありがとうございます。

 合掌する私に合わせて隣で一緒に合掌してくれる吉田さん。彼のそういうところが私は好きだ。

 とはいえ、このタイミングで壊れてしまったのは予想外。

 お盆休みを使って、吉田さんと見たい映画を時間を気にせずゆっくり堪能したいと思っていたのに......残念だけどこればかりは仕方がない。

 しかし落ち込む私に吉田さんは、


「これから秋葉原まで買い物デート、っていうのはどうだ?」


 と提案してくれた。

 本格的な夏に突入してからはお互いこの猛暑を嫌がって遠出は避けていたが、ずっと引き篭もるのも味気無いよね。あ、ついでに以前から気になってたカフェもあるから、そこもデートコースに加えてもらってと。

 こうして吉田さんの提案を受け、私たちはお昼から急遽秋葉原までPCを買いに出かけた――はずだった。


「ふえー。こういうのも外国人観光客向けに作ってあるんだ。さすがは秋葉原だね」

「......そうだな」


 私の手に握られているのはマウスでも、ましてやSDカードでもない。

 お寿司の姿を模して作られた、小型振動機。端的に言えば、相手の敏感な部分に押し付けて使う大人の玩具だ。

 条件反射で優先式のスイッチを入れてみたが、思っていた以上に振動が強めで軽く声が出てしまって恥ずかしい。その辺りも海外の人向けに設定してあるのだろうか。


 ここは秋葉原の駅を出てすぐの場所に位置する、大型アダルトショップ。

 ビル丸ごと一つ、様々な専門のジャンルにフロア分けされている店内。この小型振動機はその一階の新商品コーナーに置いてある試遊品。観光客受けを狙っているのか、同じようにそれっぽい商品が棚を埋め尽くしている。


 ただPCを買いに来ただけの私たちが、どうしてこのような場所にいるのか――決して私が入りたいと言ったのではない。全く興味が無いわけではないけどさ......。

 何件かお店を回って無事に吉田さんの眼鏡にかなったノート型PCを購入できた。そこまでは良かった。

 しかしお目当てのカフェは人がいっぱいで最低でも30分間待ちとのこと。

 この猛暑と人混みでは言い出した私も行列に並ぶも気も起きず、諦めて他の休憩できそうな場所に足を運んでみても結果は似たようなもの。

 ......多分、お互い暑さで思考がおかしくなっていたんだと思う。

 とりあえず涼めて人があまりいない場所に行きたい、と入った先がここ。

 空調でクールダウンし冷静になればなるほど、随分と大胆な行動に出てしまったと内的な暑さがこみ上げてくる。


「吉田さん、もしかして緊張してる?」

「そりゃあ緊張もするだろ。だってここアダルトショップだぞ」


 良かった。変に意識してるのは吉田さんも一緒なんだ。

 自分だけが緊張しているんじゃないと思ったら、なんだか気持ちがスーっと楽になってきた気がする。


「私だって恥ずかしいよ。でもさ、せっかく入ったんだから楽しまないと損じゃない? こういうのって普段の生活ではなかなか味わえない体験だし」

「前向きだな、沙優は」

「場所なんて関係なしに、私は吉田さんと一緒にいられれば何処でも楽しいから☆」


 嘘は言っていない。

 私にとって大事なのは好きな人といる場所ではなく、いまそのときを、同じ思い出を体験できるかどうか。

 家で二人、のんびりダラダラと会話を重ね時間を消費することさえ堪らなく愛おしい。

 それが許されなかった空白の期間は私を確かに精神的には強くしたけど、同時に好きな人と離れ離れになってしまった寂しさの濃度は増した。


「......俺も沙優と一緒なら何処でも楽しいよ。って、こんなところで言わせんな」

「ふふ。ありがとう」


 面と向かって言われると羞恥で顔が火照ってくる。

 私の指を絡めるように握った吉田さんの男らしい太い指を握り返し、店内の散策を続行した。

 女性だけでなく男性にも補助グッズがあることは噂で知っていたが、間近で見て見るとなかなかに興味深い。単に穴の中を出し入れする仕組みでも、相手が気持ちよくないといけないのだから内部構造も自然と実物に近いものになる。

 勉強の意味も兼ねていろいろと手に取ってチェックする私を、吉田さんはどこか居心地が悪そうに早く次のフロアへ行こうと急かす。だよね......悪気が無くても彼女に想像されるのは恥ずかしいよね......。


 その仕返しと言わんばかりに女性補助グッズのコーナーでは、今度は逆に私が羞恥の波に襲われた。

 吉田さんがいま手にしている小型振動機の入った箱――中身はさきほど下の階で体験したお寿司の形状ではない、無駄なデザインを省き機能のみをシンプルに追及したもの。

 私が利用した経験があることを告げると、彼はなんとも複雑な表情で『そうか......』と小さく呟いた。

 利用した、のではなく、のだ。

 あの時はただくすぐったいだけで全然気持ち良くなんかなかったけど、相手が吉田さんだったらもしかして?

 そう思うと身体の中心からムズムズが全身に駆け巡り、切なさで頭がどうにかなりそうで――公共の場なのに鎌首をもたげかかってしまう。

 でもなんとか平静さを保ってその場を切り抜け、その後は二人でコンドーム選びなんかしつつ引き続き店内を楽しむ。


「うわあ......これが噂のインポートブラジャー......何というか、凄まじくエッチだね」


 最上階はコスチュームとランジェリーを扱う衣類系コーナー。

 輸入物の下着はその辺のお店で売られている一般的な下着とは明らかに系統が違い、例えばこの目が痛くなるくらい真っ赤なブラ。

派手なデザインでも凝った大胆さが前面に溢れて出ていて、つい全方向から目を凝らして見てしまう。


「吉田さんもこっちに来てみなよ。面白いよ」

「入れるか! んなところ!」


 ランジェリーコーナーの手前で硬直し、一歩も立ち入ろうとしない吉田さんがツッコむ。

 私たち以外のお客さんはみんな外国人の方々なんだけど、恥ずかしさを微塵も出さずにパートナーの下着を真剣に選んでいる。紳士だ。

 吉田さんもそこまでじゃなくてもいいから入ってくればいいのに。私たち、もういっぱいしちゃってる関係なんだからさ......。


「俺はこっちを見てるから」

「はーい」


 私の不満など気付いていなさそう吉田さんは、逃げるようにランジェリーコーナーとは通路を挟んだ反対側に展開されているコスチュームコーナーの隙間へと消えていった。

 この際だからここで新しい勝負下着を選ぼうと思い立ち、物色を開始する。

 気になったものが何点かあったがどうも決定打に欠け、ちょっと悩んではフックに戻すの繰り返し。

 私も愛する人に勝負下着を選んでほしいな......。

 横目で先ほどの紳士カップルを羨ましそうに追う自分が惨めな気がして。すっかり気持ちが冷めてしまった。これも全部吉田さんのせいだ。よし、ちょっとからかいに行ってやろう。


「スクール水着か......残念だけど、それは実家に置いてきちゃったんだよね」


 背後から話しかけざまに腕へと抱き着く私に一瞬驚きはしたが、吉田さんはすぐ安堵の表情で迎えてくれた。 


「沙優の高校のスクール水着もこういうタイプだったのか?」

「うーん、似てるけどここまで生地は透けてはいないよ」

「だろうな」


 私の通っていた高校は一応プールそのものはあったけど、老朽化もあってほとんど授業で使用されることはなかった。あまり泳ぎは得意な方ではないので助かったと言うべきか。


「安心して。うちの高校、水泳の授業は男子と女子で別々にやってたから」 

「心の声を読むのやめろ」

「やっぱり図星なんだ」

「図星だよ」

「正直者だ」


 クスクスと笑い合い、胸から伝わる吉田さんの温もりが先ほどまでの不満と寂しさを瞬時に埋めてくれた。


「いろんなコスチュームを見てると思い出さない? 昔あさみにやらされた撮影会」

「ああ。俺も同じこと思ってた」


 まだ私が家出JKとして吉田さんに保護され住んでいた頃、あさみが小説の資料作りに協力してほしいと沢山の衣装を持ってやってきたことがある。

 ちょっと強引な感じもあって、最初は全然乗り気じゃなかったな。

 覚えてるのはメイド服にナース服、あとゴスロリなんかも用意して、明らかに小説関係ないのバレバレだし。今でもその時の写真は大事にアルバムに保管してある。


「懐かしいね......知ってた? あの撮影会、あさみが吉田さんに私を異性としてもっと意識させようと狙って計画したの」 

「もちろん、あいつ、当時から俺と沙優をくっつけようと必死だったからな」

「そうだったんだ」


 吉田さんの心には長い間、ずっと後藤さんがいた。

 その存在は私なんかより遥かに大きく、彼を夢中にさせ続けた。

 空港での別れ際、初恋の勢いで告白したはいいが、時間が経つに連れて戻っても自分の

場所は既に無くなっているのでは? 吉田さんの迷惑になるのでは? そんな葛藤が全く無かったはずがない。


 だとしても――私は約束したんだ。


 大人になったらまた吉田さんに会いに行く、と――。


 会ってどうなるとか考えていなかった。

 ただ今の私を見てもらいたい――好きになってほしい――後藤さんよりも深く――愛して――。


 恋という感情は不思議なもので、勝ち目がないとわかっていても自分を制御することはできない、極めて病的なもの。

 ――でも、私はそれに従って本当に良かったと、心の底から思う。

 夢にまで見、願った思い出の続きを、彼の『恋人』として、こうして隣にいられるようになったのだから――。


「付き合ってからわかったんだけど、吉田さんって思ったより結構エッチだよね。見た目はむっつりさんを装ってるのに」


 肩に頭をコテンと乗せ、吉田さんをからかう。

 家の洗剤の香りが鼻腔に届き、心が安らぐ。


「むっつりスケベなんて言葉、今日日聞かないな」

「おじさんと一緒に住んでるからうつっちゃったかも」

「うっせ」


 関係性は変わっても私たちの会話のやり取りは基本変わらない。

 結婚して子供ができても、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、縁側でお茶でも飲みながら続けていられればどれほど幸せなことか。


「そんなお仕事も禁煙も頑張ってる吉田さんに朗報です。ご褒美に吉田さんが私に着てほしいと思う服と下着、どんなものでもいいから選んでください。家で吉田さんの着せ替え人形になってあげる」

「......マジか」


 本当は吉田さんに勝負下着を選んでもらいたいけど、それはまた別の機会にしよう。

 焦る必要はない。

 これからもゆっくり、私たちのペースで、歴史を築き上げていけば良いのだから......。


「うん。マジ。但しあんまり高いのはダメだよ。新しいパソコン買ったばかりなのをお忘れなく」

「沙優こそ忘れてないか。社会人にはボーナスがあることを。それにいま何でもいいって言ったよな」

「吉田さん必死すぎ。ちなみに試着した姿をポラロイドカメラで撮影して店内に掲示すると30パーセント・オフになるらしいよ」

「却下だ。割引無しでかまわん」

「どうして?」


 我慢しきれずに口角が上がりニヤけてしまう。


「――誰かに沙優のあられもない姿を晒すくらいならはした金だ。全額きっちり払ってやる」

「よく言えました」


 店内なので迷惑にならないよう、でも気持ちを込めて小さく拍手をして称える。

 吉田さんをからかうのもあの時から変わらない、私の大事なルーティンの一つだ。

 約束通り、私は吉田さん専用の着せ替え人形となり、彼が特に気に入ったというコスチューム三着を購入。

 もちろんお盆休み中に使用し、それはもう............盛り上がりました。はい......。



          ♢

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