40.妖精の森

 



「……なあ、ほんとに大丈夫かよ」


 睦月の不安そうな声に、リレイヌは「なにが?」と不思議そうに疑問を返した。


「妖精の森」。そう呼ばれるダンジョンは、虹色に輝く透明な木々に囲まれた、とても美しい森だった。そんな森にシアナの魔法で移動してきた五人の子供は、これから起こる戦いに身震いするように肩身を狭くしている。といっても、子供たちの中で唯一の女の子であるリレイヌだけは楽しそうにしているが……。


「いいい、いや、無理でしょ。絶対的に勝てっこないでしょ。こんなの殺され損の草臥れもうけですようー!」


「あー、はは……まあ、あれだけ楽しそうなら勝算はありそうだよね。シアナ様も特に心配してる様子はないし……」


「もしくは能天気なだけかもしれないがな」


 こそこそ話すリオルたちに、「聞こえてるよ」とリレイヌ。思わず顔を逸らした面々に軽く頬をふくらませてから、彼女は己の腰に手を当て胸を張るように軽く上を向く。


「勝算ならある。私つよい」


「弱いの間違いだろ……」


「弱くないよ!」


「へーへー、雑魚はすぐそう言うんだって」


「雑魚じゃないもん! 睦月の意地悪!」


 べ!、と舌を出したリレイヌは、そのまま前を歩くシアナの方へ。彼女の手を引き、「信じてくれない!」と文句を述べる。

 シアナはそんなリレイヌにクスクス微笑むと、あやすようにそっと彼女の頭を撫でた。無言のそれにぷっくりと頬を膨らませるリレイヌを、少年たちは黙って見つめる。


「勝算……」


「あるのかなぁ……」


 心の底からの疑問だった。


「さ、着いたわよ」


 悩む少年たちを振り返り、告げるシアナに、彼らはこぞって目を向け、そしてゆっくりと動かしていた足を止めた。そうして前方を見遣れば、四人の少年の視界には不思議で美しい景色が映り込む。


 そこは、まるでそこだけが穴を開けたように切り開かれた空間だった。周りを囲む木々の透明度が、今し方来た道に立っていたものより遥かに高い。頭上には虹の橋。そしてキラリと輝くひし形の宝石が浮遊しており、それらはゆっくりと上下左右に移動していた。


「ココに……?」


「ええ、精霊たちがいるわ」


 頷くシアナだが、生憎と精霊っぽい姿はどこにも見当たらない。皆でこぞって周囲を見回すも、やはりそれらしき姿はなく、思わず眉を寄せて首を傾げる。そんな彼らにシアナは笑うと、「リックくん、リレイヌ」とふたりの名を口にした。呼ばれたふたりは軽く手招いてくるシアナの元へと寄っていく。


「なあに、母様?」


「なんですか?」


 問う両者に、シアナは微笑みふたりのその肩へと手を置いた。そして、頭上を見上げ、言う。


「この子達ならあなた方のおめがねにかなうかしら?」


 意味がわからず顔を見合わせるリックとリレイヌの前方、突如吹き荒れた風が、ふたりの髪を、纏う衣服を激しく揺らした。何事かと驚く彼らの前、パチンッと音をたて、とてもとても小さな妖精が、ふたりを覗き込むように現れた。緑色のワンピースを纏ったそれは、睨むように暫くリックたちを眺めていたかと思うと、やがてスっと身を引き、腰に当てた片手を上へ。グッと親指をたててみせる。


「ご、う、か、く」


 パチンッ、パチンッ、と周囲で音がなり、その場にたくさんの妖精たちが現れた。それらはこぞってリックとリレイヌを囲むと、ワイワイガヤガヤと騒ぎ出す。


「やだぁ! この小ささでこの顔面! 将来有望すぎない!? 私この子達の未来が楽しみー!」


「みって! お肌やわやわツルツル! それに加えて髪の毛サラサラ! まるでお人形さんみたいだわ!」


「やーん! かわいすぎて食べたくなっちゃう! お名前は? お姉さんたちに教えてくれる!?」


 グイグイくる彼女らにタジタジのふたり。とりあえず名乗ろうとする彼らを片手で止め、シアナはにこやかに笑みを零す。


「名乗りは後で。それよりも、契約をして欲しくて来たんだけれど?」


「あらん、シアナ様。そうは言ってもシルフ様たちと契約してもシアナ様はその力を扱えないわ」


「ええ、知ってます。だからこの子達を連れてきたの」


「っていうと、このイケイケ少年少女たちがウンディーネ様たちと契約するってこと?」


 頷くシアナ。妖精たちは「きゃー!!!」と黄色い声を発す。


「いいなあ〜! 私もこの子達となら契約したい!」


「全力でサポートするからお姉さんと良い事しない?」


「あー! ちょっと抜け駆け良くないわよ!」


 なぜかぎゃいぎゃい争い出した妖精たちに微妙な顔のふたりをよそ、リオルがシアナに「どうしてあのふたりが?」とこそりと問うた。それに、シアナは微笑み、これまたこそりと言葉を返す。


「あの子たち、面食いなの」


「あー」


 なるほどね、と頷くリオルは、どこか納得したように戸惑う前方ふたりを眺めていた。

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