30.青春の音
「待ってリック!」
広い屋敷内。聞こえた声に足を止めたリックは、己の元まで駆け寄ってくるリレイヌへと目を向けた。リックの一歩後ろを歩いていた操手が、「なんだ嬢ちゃん? まだ坊ちゃんに用か?」と問うている。
「よ、用って程じゃ、ないんだけど……」
困ったように眉尻を下げたリレイヌは、そこで小さく感謝を告げた。告げられたそれに、リックは不思議そうに首を傾げる。
「君に礼を言われる必要、あったっけ?」
「えっ!? えーっと、それは……」
「ふふ、冗談。シアナ・セラフィーユの件についてだろう? 君は彼女と親しい間柄だと、シェレイザ……あー、いや……リオルから聞いた。親しい者を助けたいと思うのは当然のことだ。ましてや、あんな状況に置かれてたら、尚のこと……」
だから気にしないでくれ。
そう告げたリックに、リレイヌは小さく目を見開き、やがてふわりと、花咲くように微笑んだ。その可憐な笑みに、リックは言葉をなくして口をとざす。ドキドキと、鳴る心臓がやかましい。
「ありがとう。リックは凄くやさしいね」
「え、あ……そ、んな事……」
「……がんばろうね!かあ……シアナ様を助けるの!」
「う、ん……がんばる……」
「へへ。じゃあ、私リオルに呼ばれてるから行くね! また話そうね、リック!」
パタパタと手を振り走り去っていくリレイヌ。ふわりとスカートの裾を靡かせ消えていく彼女に、操手が「随分と素直な子だなぁ」と感心した声を出す。
「ま、坊ちゃんがやさしいのは今に始まったことじゃないっすけどね! ね! 坊ちゃん! ……って、ありゃ?」
目を瞬いた操手の視線の先、耳まで赤くなったリックがいた。どこかぽやーっとした感じに前方を見続ける彼に、操手は思考。すぐにハッとしてまさか!、と声を張り上げる。
「坊ちゃん! あの嬢ちゃんにほ、ほ、惚の字!!??」
「ばっ!!! そ、んなわけないだろう!!! 僕はシェレイザの人間とは縁を作らない!!! ましてやほ、ほ、惚の字だなんて断じてない!!!」
「いやでも顔真っ赤……」
「暑いだけだ!!! 馬鹿なこと言うなら即刻首を切るからな!!!」
言って早足で客室へと向かうリックに、操手は沈黙。確かに赤いリックの耳を見て、ひとり「坊ちゃんにも青春が……!」と涙を呑むのだった。
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