23.狂気に染るその瞳

 



 古代の森近辺にあるその村は本来、長閑そのものと言えるほどに静かで穏やかな場所であった。しかし、今そこはある意味で活気に満ち溢れている様子だ。

 深く被ったフードをそのままに、コートを握るリレイヌ。それだけで不安げだとわかる彼女を横目、歩くリックは目線を前へ。そこに佇むひとりの男性に目を向ける。


 火傷跡のひどい男性だった。白髪の混じる鳶色の髪はオールバックに、それから口髭を生やしている。ブラウンの瞳はその奥に狂気が見え隠れし、リレイヌは思わずリックの腕を掴んだ。危ないと、そういう意味を込めたその行為に、リックは軽く目を見張ったあと無言に。すぐに顔を前方に戻す。


「村の長、ウィリアム氏ですね」


「いかにも。リピト家ご当主様には遠路はるばるこの村にお越しいただきまこと感謝致します」


「……セラフィーユ……シアナ・セラフィーユを捕らえたと伺いましたが、セラフィーユ家は我がリピト家、それからシェレイザ家よりも上の三大名家のトップ。この話が嘘にしろホントにしろ、下手に手を出せば神の怒りを買うのではありませんか?」


「なに、買いませんとも。なにせ、シアナ・セラフィーユは恐るべき罪を犯した。その罪は名家の出だからと許されることでは無い。それに、本人も自覚しているのですよ。自覚しているからこそ、彼女はもう我々に対して抗うこともしないのです」


 そう言い唇を舐めた男性に、リックは自然と無言に。ちらりと己の腕を掴んだままのリレイヌを見て、目線を戻す。


「……三大名家に手を出せば、他の家が黙っていない。それは考えなかったのですか?」


「はは! それはシェレイザ家やセラフィーユ家と手を取り合ってから言ってくださいよリピト様! そもそも、三大名家は各個人の力ではなんの驚異にもなり得ない、名前だけの家。手を取り合ってはじめて、それらは恐るべき存在となるのです。リピト家は元来『神を信じない』、『信仰心の薄い』お家。そのリピト家がシェレイザ家やセラフィーユ家と手を組まない限り、我々にとっての驚異は生まれませぬ」


「……ふぅん」


 なるほどなと、彼は納得。頷き、リレイヌの手をそっと離させ、「シアナ・セラフィーユはどこに?」と問う。


「ええ、こちらです」


 そう言い促すように片手を広げた男性は、ゆるりとした動きで歩き出した。それを、リック、リレイヌ、それからなぜか着いてきている操手の輩が追いかける。


「……しかし今の発言、ちょっと喧嘩売ってません? ボコしますか坊ちゃん?」


「黙ってろ。というかお前は馬車を見張ってろと言っただろう」


「やー、こっちのが楽しそうだなと思ってしまって! あ、馬車なら大丈夫っす! ちゃーんと保護魔法かけてきたんで!」


「……」


 もうコイツは放置しよう。そう心に決めたリックの背後、ふと横を見たリレイヌが足を止める。その視線の先には、人だかり。人だかりの中心には見覚えのある姿が見える。


 項垂れるように下を向く、色の抜け落ちたような栗色の頭。ボロボロの衣服の下から僅かに見える肌には、いくつもの打撲跡や切り傷が見受けられる。特徴的な黒い瞳は既に光を失っており、もう彼の意識はココにはないようだった。

 それでも、棒に括られたソレを囲う村人は、各々手にした石を投げたり、殴ったり、蹴ったり、好きなようにその者を玩具にしていた。挙句の果てにはその頭からザルいっぱいの虫を振りかけ、ゲラゲラ笑う。これが本当に人間の所業かと疑いたくなるその光景に、「おえっ」と、操手が軽く嘔吐いてみせた。


「……と、……!」


「リレイヌ」


 駆け出そうとして、手を掴まれ、振り返る。こちらを見つめる金色の瞳が、ダメだと、今はやめろと、そう告げていた。


「おやおや、如何なされましたかな、リピト様?」


「……すみません。妹があの光景を見て少々気分を悪くしたようで……アレも罪人ですか?」


「ああ、ヘリートのことですか。アレはシェレイザ家の血縁でありながらセラフィーユと交わり、子を為したのです。だから裁いているのですよ」


「……セラフィーユと交わり、子を為した」


「ええ」


 禁忌です。

 男は言った。歪に、残酷に、笑いながら。


「禁忌を犯した。だからこそ裁きの対象となってしまった。アレはもはや救う価値もない虫けらです。尊きセラフィーユに手を出し堕落させた愚か者……ねえ、リピト様もそう思いますよね?」


 にこやかなのに笑っていない。そんな男に無言を返したリックは、俯くリレイヌの手をとると、そのままの状態で「案内を」と口にした。はやくセラフィーユの元へ連れていけと言いたげな彼に、男は「もちろんですとも」と笑って踵を返す。


「……狂ってるぜ」


 呟く操手に、全くだと、リックは思った。

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