13.老人の優しい語り
「いやぁ〜、すまんすまん。ちょっと趣味の方に興奮してしまってのう〜」
そう言い笑った白ひげの老人に、リオルも睦月もシラッとした目を向けた。そんな二人の真ん中で、リレイヌはパチパチと不思議そうに目を瞬いている。
あの後、部屋の外で待っていたリレイヌと睦月のふたりの耳に、劈くような悲鳴が聞こえた、なんだ!?、と思ったのもつかの間。そろりと扉を開けようとした睦月を嘲笑うように開かれたそこから、笑顔のリオルが現れる。彼は「いいよ、ふたりとも」と告げるとそのまま中へ。ふたりは顔を見合せてからそっとその後を追い、部屋に入室。今に至る。
改めて向き合うことかなった老人は、確かに95にしてはまだまだパワフルそうだ。さっきの件も含め、だいぶ、実年齢より若い気がする。見た目も、そしてやっていることも。
じいっと己を見つめる小さな少女に、老人は「そげんに見つめられたら恥ずかしいのう〜」と照れくさそうに身をくねらせた。どうやってそんな動きをしているのか、波打つように揺れる彼の腰元に、リレイヌはキョトンとしている。
「しっかしほんっとにかわいらしいおにゃのこじゃ。ほれ、飴ちゃんあげようかの。何がいいかね。サイダー、コーラ、メロンジュース、レモンスカッシュ……」
「どうして炭酸オンリー???」
「わしが好きじゃから」
しれっと告げた老人の手から、リレイヌはレモンスカッシュの飴を受け取った。透明な包みの中で黄色く輝く丸いそれは、まるで小さな宝石のよう。
「おお」、と飴を見て感動するリレイヌに笑い、老人は「よっこらせ」と椅子へ。腰掛けたそれに背中を預けると、「しかしよう似とる」と口にする。
「ほんに、この子はシアナちゃんソックリじゃ」
「「!!!」」
驚く睦月とリオル。老人はそんなふたりを前、「昔の話じゃ」と、記憶を辿るように上を向く。
「あれはまだ、シェレイザ家が栄え始める前のことかの。その時の代の龍神……つまりワシのじっ様が助けたお方が、シアナちゃんの母にあたる方じゃった。シアナちゃんはそれはもうえらいべっぴんさんな女の子でな。わしは思わず、初対面で彼女に魅入ってしまったよ。それはきっと、彼女を選び、選ばれたヘリートも同様じゃろう」
「……」
「ふたりの婚約を反対するもんはおらなんだ。じゃからわしらはあの子らを助けるため、森の奥に家を建てたんじゃ。家族で暮らせる小さな家を。幸せが溢れるはずだったそこを、な」
「……どうして?」
「誰よりもあの子たちの幸せを願ったからじゃよ」
優しい声色で答えた老人に、リレイヌはそっと目を伏せた。手の中の飴をキュッと握った彼女に、「良いかい、お嬢ちゃん」と老人は告げる。
「誰しも幸せになる権利がある。シアナちゃんにも、ヘリートにも、わしらにも、それからお嬢ちゃんにも。ヒトの幸せを奪うことは決してしてはならんのじゃ」
「……でも私は」
「お主のようなかわいらしいお嬢さんが、危ないと、危険であると、わしは思わん。それに、お主は賢そうじゃ。きっと、良い方向に、世界の流れを持っていけるはず」
なによりも恐れなければいけないのは、己が危ういと信じ込むその心。
「その心に打ち勝つには、まず多くの知識が必要じゃ。そして仲間もな。幸いにも、この屋敷にはたくさんの書籍が溢れておる」
学びなさい。そして、それを糧としなさい。
「大丈夫。お主は決して、危うくなどありはせん」
にこりと微笑んだ老人に、小さいながらも、彼女は頷く。恐る恐るの動作のそれに笑う老人は、「しかしほんにかわいいのう〜」と上から下まで、舐めるように彼女を見る。
「今夜のオカズは決まりじゃな」
「おいヤメレ」
つっこむ睦月に、「老いぼれのささやかな楽しみを奪うでない」と告げた老人。睨み合うふたりに、リオルは嘆息してから、隣の少女を一瞥。何かを決意するようなその横顔に、安心したように微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます