02.レンガ造りの魔法のお家
少女の一日は、その全ての時間が家の中で完結していた。
寝て、起きて、遊んで、また寝て。そうして時折、小さな窓から外を眺めて。少女は日々を過ごしていた。
『外には危険がたくさんあるから』
母たる女性はそう言って、頑なに少女を外へ出そうとはしなかった。それが良いのか悪いのか。分からないものの、少女はひとつのワガママも言わずに女性の言葉に従った。故に、幼い彼女の知る世界は、この小さな家の中だけだった。
だからといって、少女が家の中で退屈したことは一度もない。
なぜなら、この家の中には、たくさんの魔法が溢れていたのだ。
天井から吊るされたランプの中で輝く、優しい色合いの青い光。せっせと床などを掃除する、真っ黒で丸い図体の謎の生き物。
夜になると星空を見せてくれる天井に、歌をうたう絵画たち。
喧嘩するチェス盤、踊りあうトランプ、すぐ種明かしする手品の小道具。
小さな世界は、不思議と、楽しいで溢れていた。それもこれも、少女の母親である女性が、外に出られぬ彼女を想い、退屈させないように全ての道具や家具たちに優しい魔法をかけたからである。
お陰で少女の毎日は潤っていた。
楽しい日々、飽きない生活。
母も父も共にいるこの小さなレンガ造りの世界は、少女にとっての、言ってしまえばお城のようなものだった。
「やい! キング! 今日こそはお前の首を狩ってやる! その澄ました顔を絶望一色にさせてやるからな!」
「ハッハッ! やれるものならやってみたまえ。まあ? 君ごときに? 私が? やられるわけもないがね?」
「は、は、は、腹立つー!!!!」
今日も今日とで争いあうチェスたちをよそ、少女は家の中を掃除中の黒い物体を指でつつく。つつかれた物体はぶるりとその身を震わせると、糸のような手足を動かし少女の指から逃れようと奮闘する。
「お嬢さま! お嬢さま! そのような輩めに取り合わずにこのトランプたちと踊りましょう!」
「いえいえ! 名だたるこの手品師たちと最高のマジックをして遊びましょう!」
「いいえ! いいえ! この絵画めの歌をぜひお聴き下さいまし!」
少女に取り合ってもらおうと、トランプ、小道具、絵画が一斉に声を上げた。それに、少女は目を瞬いてからニコリと笑う。
トランプたちがはしゃぐように少女の周りへ集まるのを尻目、母たる女性はその様子をにこやかに見つめた。
優しい眼差しで少女を見守る彼女の傍、一人の男性が穏やかに微笑む。色の抜け落ちたような栗色の髪に、黒い瞳が特徴的な男性だ。男性は女性の前に湯気の上がる白いマグカップを差し出すと、もう片方の手に持った己の分のマグカップに口をつける。
「君の魔法は相変わらず素晴らしいね、シアナ」
告げる男性。
「ありがとう、アナタ」
女性は柔らかに微笑み、マグカップを受け取った。
「しかし、ほんとに素晴らしいね、魔法って。さすがは偉大なる龍の一族だ」
「うふふ。ありがとう。でも、本当なら、外に出してあげたいんだけどね」
「仕方ないさ。この子を守るためには、ね」
「そうだけれど……」
それでも、外の世界を見せてあげることが、この子の幸せに繋がるのではなかろうか。
考える女性に、男性は目を向け、やがて笑う。
「大丈夫だよ」
優しい音を紡ぐ男性に、女性はゆるりと顔を向けた。
「この子が飽きないくらいの多くの幸せを、僕たちが与えていこう。君も、僕もいる。だから安心して。きっと、未来は明るいはずだ」
「アナタ……」
女性はひとつ黙ってから、そっと微笑む。
「そうね」と頷いた彼女に笑い、男性は手にしたマグカップを机上に置いてから少女の元へ。声をかけ、その小さな体を抱き上げた。抱えられた少女は、嬉しそうに笑っている。
「大丈夫」
言い聞かせるように、男性は言った。
「僕たちの娘は、世界で一番、幸せになるんだ」
それは、懇願にも似た、ひとつの切なる願い。小さな家族の夢だった……。
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