勇者ああああ

 第一分隊の四名は、神殿の中央に浮く光球に近づいていく。

 この場面はとあるゲームの再現で、この光の球は天使に化けるらしい。


 先頭は武器を握っていない高砂で、次はミニガンを構える鹿島、三番目は山刀マチェットを握る井出、末尾はナックルガード装備の有明。


 神殿の中央にて、四人は横並びとなった。

 光球が閃いて天使に姿を変える。金髪碧眼で、純白の貫頭衣を身に着けるテンプレ的な天使だ。


 ――わたくしはアルフェ・ドミニオン。危機に際し、救世の勇者様へ剣を授けに参った者にございます。さて、勇者様は何処でしょうか。


 高砂は有明に声を掛ける。


「有明さん、お願い」


 有明は頷いて歩み出る。天使の笑顔がひらいた。


 ――勇者様、お目に掛かれて光栄です。


 高砂は両手を組み、うれしげに頷いて涙ぐむ。


「アルフェ様の笑顔が尊い。死んでもいい」


 井出は呆れて肩をすくめた。


「そこまでこじらせてたんスか」


 鹿島の表情は「自分は恥ずかしいぞ」と言いたげだった。


「お前らはやりたい放題か……今更何も言うまいが」


 ――勇者様、お名前をお教えいただけますか。


 本当にゲームだと思い、有明は場違いにも面白くなってしまう。 


 そういえばお姉ちゃんが言ってた。

 絶対に付ける名前があるって。


 有明は真顔で答えた。


「ああああ」


 ――本当によいのですか? きっと後悔がございますよ勇者様。


 天使アルフェは眉をハの字にして首をかしげた。ゲームと同じ演出で、適当に名前を入れたプレイヤーを注意する処理だ。

 アルフェが有明をじいっと見つめる。圧を掛けられた彼女は気まずそうに目を逸らした。

 

「……朝日。ありあけ、あさひ」


 ――承知いたしました。「黎明」をお持ちの朝日様には、薄暮を表わす大剣を。


 ――剣の銘は「黄昏」。


 ――指輪「黎明」と剣「黄昏」により朝夜が表れました。これにより、生命の輪廻が完全に象徴されるのです。


 鹿島は天使アルフェにミニガンを構え続けていた。指はトリガーに掛かっている。万が一の事故に備えているのだろう。

 高砂は警戒心なく、緩んだ顔でアルフェを見ていた。


「高砂、この場面は本当にゲームの再現なのか? 話が出来すぎている」


「セリフは名前に応じて自動生成されます。没入感を高める工夫らしいですよ。もうすぐ終わると思います。名残惜しいですが」


「そうか」


 鹿島はトリガーから指を外した。高砂の言葉を信じて警戒を解いたらしい。

 鹿島の警戒解除と同時に、天使アルフェの全身から光が放たれて、神殿内は真っ白になった。眩さに全員が目を瞑る。


 光が収まり、皆が目を開くと、天使アルフェの姿は無かった。代わりに有明の前に大剣「黄昏」があった。大剣は床に突き刺さっている。


「黄昏」の全長は有明の背丈と同じ。

 剣身は夕暮れの色だった。


 アルフェの声が神殿に響く。


 ――危機が迫っています。朝日様、「黄昏」をお持ちください。そして世界を破滅に導く魔王サタケを打ち滅ぼしてください。


 ――光あれ。


 それっきりアルフェの声は聞こえなくなる。

 イベントは終わった。


 誰も攻略できなかった「天翔ける階梯」だが、事前に情報を得ていた第一分隊はあっけなくクリアできた。攻略法を知っていたからだが。


 有明は大剣「黄昏」の柄を掴んで床から引っこ抜き、軽く振る。使い慣れている武器のように思えた。


「戻って」


 手から大剣が消滅する。右手薬指にある指輪「黎明」のスリットが埋まる。


「出て」


 言葉に従って「黄昏」が現れたが、「黎明」のスリットも再出現する。

「黎明」の欠けた部分を「黄昏」が補うらしい。


「……使えそうです」


「よくやった。ここまであっさり終わるとはな。過去の調査団が恨んで化けて出るかもしれんが、運とはそういうものだろう。楽勝、その一言に尽きる」


 鹿島は小さく詠唱して「収納庫」を呼ぶ。黒い切れ目が空中に現れた。彼はミニガンを切れ目に放り込み、指をパチンと弾いて「切れ目」を閉じた。


 武器を抜いておらず、仕舞う必要もない高砂は胸を張っていた。

 

「どうですか。アルフェたんを思いつけたのは妙案だと思うんですよね。可愛かったですよね? これを機に皆さんもぜひ『エタクラ』をインストールして……」


「やる暇がない。今回の件は評価するが、布教はよそでやれ」


「……あっはい、すみません」


 うなだれる高砂を無視して、鹿島は右耳のインカムに触れる。


「こちらアルファ。『天翔ける階梯』の攻略に成功した。武器を確保。モノは大剣、全長は百七十センチ程度。ブレードはオレンジ色。至急戻り、サタケ討伐作戦に参加する」


 四人が付けているインカムのイヤホンから、山際科長の声があった。

 

「サタケ出現の報あり。ブラボー交戦中、状況不明。アルファはヘリに戻り豊洲エンカウントへ急行し、サタケ討伐戦へ移行されてください」


「了解、至急豊洲エンカウントへ向かう。以上」


 鹿島は気合いを入れるように両手を打ち鳴らした。 


「ここからが本番だ。忙しくなるぞ。全員、気を引き締めろ」


「はい!」


 三人は姿勢を正し、真っ直ぐになって鹿島に敬礼した。


「高砂、転移は可能か? 入口まで一気に戻りたい」


「たぶん出来ます。攻略済みですから。とにかくやってみます」


 高砂は長めの詠唱を行う。

 詠唱終了と同時に第一分隊全員の姿が消えた。

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