アケたん Ariake Expedition

 事務所に戻った第一分隊の四名は自席に着く。島テーブルにはコンビニのサンドイッチやおにぎりが盛ってあり、ペットボトルのお茶もあった。

 山際は皆に食べるよう勧めた。


「急な話でしたので、つまらないものですが。今のうちにしっかり腹ごしらえをしておいてください。あとで少し打ち合わせをしましょう」


 笑顔で去ろうとする山際に、有明が手を挙げる。


「あの、家族の護衛……どうなっていますか」


「警視庁迷宮部安全対策課が対応します。有明さんの同僚、林巡査など数名がお宅へ向かっているとのことですよ。問題はありませんか」


「林さんなら……大丈夫です。ありがとうございます」


 安堵の笑みを見せる有明。山際は鷹揚に頷いてからその場を去った。


「せっかくの心遣いだ。栄養しておくぞ」


 鹿島はおにぎりパックを手に取り、フィルムを剥いてひとかじりした。高砂や井出も食べ始める。


 有明の脳裏に過去生が思い出される。不幸な死に方ばかりが思い浮かんだ。

 終末、早すぎるよ。

 有明はツナのサンドイッチを手にして一口食べる。味は分からなかった。

 



 二十時五十五分。

 打ち合わせの後、装備を整えた第一分隊は事務所を出る。


 防具は迷彩戦闘服とヘルメットで、抗弾・抗刃・抗魔力仕様の付呪品だ。

 携行品は止血剤などを含む「医療キット」やLEDライト、ペットボトル入り高級魔術水薬ハイポーションくらいで控えめ。短期戦のため軽さが優先された。全てバックパックに入れている。


 通信機はイヤホンマイク型の無線機インカム。これも付呪品で、迷宮内外の双方向通信に対応する。


 武装からは各人の特色が伺える。

 鹿島は魔術強化護符ブースター兼用のサブマシンガンを持つ。モンスター特効の特殊弾薬「迷宮破甲弾」は一発づつ付呪する手間があり供給は極小だが、魔術師の鹿島は弾薬に付呪できるため銃を選好する。


 支援要員サポーターの高砂は魔術強化護符ブースターにもなるダガーを腰の左右に下げていた。自衛用。各種支援――能力増強バフ能力減衰デバフ敵位置走査スキャン防壁構築シールド回復ヒール転移テレポートなどの支援を行いつつ交戦をこなすのは難しいため、軽量な武器を選んでいる。


 念動スキル持ちの井出は、近接戦への備えか、腰に山刀マチェットを佩いていた。念力スキルは魔術よりも短射程で中距離戦向きではある。

  

 格闘戦一択の有明は付呪済みグローブを付けている。足元は他の隊員とは違い、半長靴ブーツではなく、付呪されたスニーカー。出向元の警視庁から持ってきた装備だ。


 特色として、第一分隊には盾役タンクがいない。

 攻撃寄りの部隊編成とも言える。


 事務所を出た第一分隊は外のヘリポートに着いた。関係者と山際に出迎えられる。


「皆さん、出撃です! 指揮は私、山際が指揮所にて。作戦に変更なし。『天翔ける階梯』にて装備を確保後、サタケ討伐に移行します。フタ・ヒト・マル・マル以降、第一分隊はコード『アルファ』と呼称します。よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 山際の指示に、着帽の四名は手を挙げる敬礼で応えた。民間の井出はたどたどしいが、そんな些事は誰も気にしない。

 

 分隊の四名はヘリの客室キャビンに乗り込む。

 パイロットがスタートスイッチを押下、タービンは唸り、プロペラは回る。

 離陸テイクオフ

 ヘリは東京タワーへ向かう


      ◇◆◇◆◇


 第一分隊を乗せたヘリは闇夜を突っ走り、展望台から上の部分が折れて無くなった東京タワーの付近まで来た。

 ヘリから地上を見れば、東京タワー周辺はライトアップされたかのように明るい。

 東京タワー周辺は魔獣大攻勢スタンピードによって破壊されており、街灯はない。だが警備担当の自衛隊が多数の照明を仮設していた。工事現場にありそうなバルーンライト、野球場のナイトスタンドに似たライトを備える照明車などだ。

 タワー周辺は平穏で、ヘリの着陸や移動に困ることはなさそうだ。



 芝給水所公園の跡地、元スポーツグラウンドには、棒型合図灯ライトスティックを振る自衛隊員の姿があった。地上誘導員マーシャラー


 地上誘導員マーシャラーのサインに従ってヘリは降下、着陸する。

 第一分隊の四名はヘリを降りる。誘導員の敬礼があって、四人は返礼した。


「東京タワーまで案内します……まあ、すぐに着きますが」


 第一分隊の面々は地上誘導員マーシャラーに付いていく。多数の照明のおかげで道は明るく、誘導員と第一分隊はあっさり東京タワーへ到着する。


 東京タワーの真下には「フットタウン」という建物がある。展望台へのエレベータがある商業施設だ。もちろん現在は稼働していない。

 フットタウンの前で先導の隊員は立ち止まり、敬礼を行った。


「自分はここまで。失礼します!」


 先導の隊員が去る。

 鹿島はインカムを指でつつき、回線を開いて、指揮所に東京タワー到着を伝える。インカムから「作戦を続行してください」との声が漏れ聞こえた。


 四人は東京タワーに目をやった。

 フットタウンとタワー展望台を繋ぐエレベータシャフトは真ん中で途切れている。誰かが爆破処理を行ったらしい。連絡階段も同じく爆破されていた。

 痕跡はかなり古い。遠い昔に爆破されたようだ。百年前の魔獣大攻勢スタンピードの際、迷宮協会が「天翔ける階梯」への道を閉ざすためにやったものらしい。


「え、これどう上がるんスか?」


 井出はうんざり顔で東京タワーの展望台に目をやった。


「僕の出番でしょう。隊長、上を確認してきます」


「頼む」


 高砂が何事かを呟く。姿が消えた。転移術式を使って展望台メインデッキに飛んだらしい。

 しばらくして、高砂が元居た場所に現れた。


「行けますよ。みんな出来るだけ近づいてもらえますか」


 第一分隊の四人は、互いに手が繋げるほどまで近づいた。

 高砂は転移術式を詠唱し、全員をメインデッキに転送する。地面に居たが、一瞬で景色が変わり、展望台の中に居た――高砂以外はそう感じたはずだ。


 四人の前には七色の渦があった。「天翔ける階梯」に繋がる転移門だ。


「時間が惜しい。攻略を開始する。ついてこい」


 隊長の鹿島は率先して七色の渦に飛び込む。

 後に続き、三人は渦に飛び込んで姿を消した。


      ◇◆◇◆◇


「天翔ける階梯」は、空に浮く十個の古代ローマ風神殿と、各神殿を繋ぐ大きな石階段が特徴のダンジョンである。

 神殿も石階段も宙に浮いているため「迷宮」のイメージとはかけ離れるが、「迷宮管理法」に従えばここもダンジョンだ。

 空には太陽があった。迷宮側は常に晴天で固定されている。


 スタート地点は東京タワーの展望台メインデッキ

 第一分隊の四名は「迷宮側」のメインデッキに姿を現した。


 メインデッキの西側にはガラス窓や防護柵が無い。そこから石階段が空に伸びて一つ目の神殿に繋がっている。


 鹿島を先頭に、第一分隊は石階段を上り始める。

 一つ目の神殿とメインデッキの中間地点で、鹿島は停止を命じた。石階段から見える東京タワーは折れていない。ダンジョン側の東京タワーは在りし日の姿を保っていた。


「高砂、念のために聞くが、終点まで飛ぶことは難しいか」


 鹿島は空の高くを指差す。示す先は最後の神殿だ。


「恐らく駄目でしょう」


 高砂は詠唱しつつ、恐る恐る右手を前に出す。電撃スパークが生じてバチンと派手な音が鳴り、腕が撥ねた。


「チート禁止ですね。攻略完了後なら話が変わるはずですが」


「了解した。次は有明に確認させて貰いたい。神殿に入る前に味方を想像する、そうすれば戦闘は避けられる、それで合っていたな?」


「はい。出来れば私にやらせて貰えますか」


「分かった。任せよう」


 それから第一分隊は階段を上り続け、神殿の手前に移動する。神殿の大きさは大型体育館が二つ収まるほどだった。


「有明、頼む。何かあればすぐに下がれ。ほかのものは戦闘準備」


 三名は真剣な面持ちで武器を握った。

 有明は警戒する様子もなく階段を上り、神殿に足を踏み入れる。何も起きない。モンスターが現れる様子は無かった。


「大丈夫です。逆に怖がったらまずいので」


「……なかなか難しい注文だな」


 有明は神殿の奥へとためらいなく進む。他の三人は仕方なしについていった。


 四名が神殿の中央に差し掛かった時、「ぽむっ」と場違いなかわいい音があって、空から真っ白いウサギが一匹降ってきた。

 細長い耳が特徴のウサギ、ネザーランド・ドワーフ。

 ウサギは耳をぴんと立て、嬉しげな鼻息を鳴らしつつ有明に駆け寄り、足に頬ずりした。


「有明……お前、何をした」


「ウサギのことを考えました。こんな子を飼いたかったんです」


 有明は屈んでウサギを抱きかかえた。ウサギは彼女の腕の中で気持ちよさそうに目を瞑る。長く飼っていたペットにしか見えないほどの懐き具合だ。

 鹿島はあり得ないとでも言わんばかり、首を横に振った。


「ウサギが出てくる迷宮など聞いたこともないが……どう言ったものか」

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