第9話 決闘

 ユウヤは暇になり、昼飯を食べようか考えていると、後ろから肩を叩かれる。振り向いてみれば、以前殴った奴とその親分らしき二人がいた。

 以前、殴った奴の口をよくよく見てみると、歯がなくなっていた。ユウヤは(回復薬を使わなかったのか?)と疑問に思うが、その言葉を口にすることはなかった。


 代わりにユウヤは「なんですか? それに貴方達は誰です?」と素っ気ない態度をとる。親分がユウヤの言葉を聞いて、喋りだした


「俺ん名前はサダバクだ。おめぇが殴った奴の名前はグルミだぜぇ。『なんですか』じゃあねぇんだよ。うちのもんがぁ、世話になったようだからな」


 180センチ程の長身で筋肉質な体つきであり、そのくすんだ紅の眼光は鋭く、髪は茶色でオールバックの髪型をしている。顔に目立った傷はないが、その形相はまるでヤクザだ。


「一応、言っとくと名前はユウヤです。……そっちから手を出そうとしましたよ?」


 さらに、クインの「そうだ」と言う声を入れていく。サダバクがグルミを見つめて「おん、話が違うようだが?」と言った。


「いえいえ、わざわざ貴方様に嘘を付くだなんて、そんなことする訳無いですよ」


 殴った奴は完全に子分のようだった。ゴマをすりながら近寄っていて、グルミはただの使いっぱしりのような何かだろう。

 ただ、そのサダバクはグルミをかなり信頼しているようで、詰めたりもせずにこちらの方に来た。


「まぁ、殴ったのは事実なんだ。金をよこせ」

「嫌ですよ」


 雄也は構わずサダバクを睨めつけていたが、途中でサダバクが自分のことを興味深い物として観察しているように見えてきた。


「はっはっ、それじゃあ、‘‘決闘’’してみないか?金を掛けてな」

「け、決闘?」


 現代では決闘罪という罪になるが、この異世界では現代レベルに進んでいないから大丈夫なのか?と思考する。


「お、おい、それは―――」

「グルミ、俺は試してみたいんだ」


 急にグルミの話し方が変わった気がする。しかし、今、そんなことは関係ない。ズワッ―――と、サダバクの表面化されていなかった魔力、オーラ《気迫》が溢れてくる。


「まさか、初心者に全力を使うのか?それだったら、強化薬を飲んでもいいか?」

「あぁ……そうだな。ルールを決めよう。俺は魔法による攻撃をしない。そして、攻撃は十回までだ。お前が勝つ条件は一回攻撃を当てること、俺の勝つ条件は攻撃が当たらず三十分経ったらだ。もちろん、強化薬は使ってOKだ。合図はお前の隣にいるやつでいい」


 サダバクはそう言って、クインを指さした。初心者のため誰がサダバクの仲間か分からないから、言っているのだろうか、それともズルはしないと思っているのか。


「面白い。あぁ、いいぜ」

「ちょっと待ってくれ」


 ユウヤが納得しかけた時、クインが言葉を挟んできた。


「なんだ? クイン?」

「いや、もっと明確にルールを決めた方が良いと思ったんだ。例えば、当たるとしても手で防ぐのも当たったと判定するかどうか、とかね。それに体を魔法で守らないって事にするとか」

「ん〜、回避だけは厳しそうだし、手とかで防いでもいいと思うな」


 サダバクが「助かる」などと小言を挟んできた気がするが、ユウヤはそれを無視する。まぁ、無視されても別に良いかといった半ば諦めに近い表情をしながら、サダバクは腕を組んだ。


「なぁ」


 グルミが何か思いついたのか話しかけてきた。


「どうした?」

「肘と膝でこう、なんか攻撃を挟んだ時には攻撃判定になるのか、それで攻撃だったら一か二とカウントするのかどうか……」

「どういうことだ? カウントの事」

「いや、肘と膝の二つで抑えてるだろ? 硬い部分だし、威力によっちゃ普通に攻撃だなと……攻撃なら二回になるのか? それとも一回?」

「う〜ん」


 説明によって皆何となく理解したが、どうするのかは悩んでいるようだ。


「攻撃判定で二回とカウントして大丈夫だ。それに攻撃したと思ったら、当たらなくてもカウントしてくれ。ただ、その代わりユウヤはタックルをあまり使わないでくれ。手加減は苦手なんだ」


 手を組んでいたサダバクが大きめの声で喋った。


「そんな大声で喋らないで」

「……」


 ユウヤがそうやって注意すると、サダバクは黙り込んでしまった。ニィナ達はちょっと引いてしまっているようだが、ユウヤはため息を吐きながら頭を抑えていた。


「……ユウヤは最近調子が悪いんだ。すまない。ただ、喧嘩を売ってきたのはそっちだからな」

「そうか」

「なんで、皆急に白けてるんだ? それとも、ルールについてはこれでいいのか?」

「大丈夫だ。問題無い」


 皆、納得したようなので、ギルドに決闘する事を告げて訓練所と刃渡り三十センチ程の木剣を借りた。


「さぁ、楽しくやろうぜ。ユウヤ」

「サ、あぁ……サダバク楽しくやってこう」

「今、名前忘れかけただろ」

「……その通りだ」


 ユウヤはサッと強壮薬を流し込み木剣を構えていて、サダバクは息を整えて身構えている。


「それでは、スタート!」


 クインの言葉にユウヤはすぐ反応し、無言で攻撃をしかける。短剣による単純な刺突。サダバクは当然攻撃を受け流すが、ユウヤは勢いを殺しながら後ろ回し蹴りを繰り出した。


「甘い!」


 サダバクはそう言って、回し蹴りを避ける。


「ちっ、もうちょっと速く動けば、それに、無理な体勢で足を伸ばせなかった」


 サダバクがユウヤの言葉に頷きながら、笑みを浮かべる。

 ユウヤはまず、刺突が間違いだった。力の向きを急に変えられて、さらに体勢がしっかりしていない状態で後ろ回し蹴りをする技術はユウヤに有していない。

 いびつながら体術と剣術を織り交ぜ攻撃をする。

 反撃を恐れず、連撃を崩さないように無理な体勢の攻撃はしない。


「ははっ」


 サダバクが笑いながら、しっかりとした左フックが飛ばしてきた。ユウヤはすり足で後ろに避け、左手をサダバクの左腕の方に置き防御しながら、袈裟斬りを狙う。

 すると、サダバクはちゃんとした表情に変わって、後ろに避けた。


(後、九回)

「危なかったな。今のは」

「当たってくれれば、良かったのに」


 一旦、距離を取って体勢を整えた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ユウヤとサダバクの決闘だが、かなりの人数が観戦していた。


「意外とユウヤって坊主やるな〜」

「ありゃあ、気に入られてんな」

「頑張ってね〜。ユウヤ〜」


 ――などなど、様々な声援があった。基本的に応援派はどちらとも相手を非難している者はおらず、サダバク応援派でもユウヤ応援派とゆるゆる会話をしている。

 クインは審判をしているため、目を離せられないがかなり気になっているようだ。ニィナに至ってはよく知りもしない冒険者の人に聞いてみた。


「なんか、ゆるい感じですね。グルミさんという方も普通に応援していますし」

「あぁ〜? ったりまえだろ。こりゃ遊びだ遊び。いっつもあいつら初心者からかって遊んでんだよ。それでこうなってる。まぁ、サダバクは途中で負けたりすんだろ」

「演技ってことですか」

「そうそう。バチが当たったのかグルミは鼻折られてな。珍しく笑えたぜ。……あいつ《ユウヤ》の精神力と才能はすげぇな。サダバクの巨体に怯えねぇし、戦闘の中で成長してる。それに‘‘見る目’’がある」


 冒険者はユウヤの事を指さした。


「サダバクさんは、どういった人なんですか?」

「どういった人、まぁ悪人ではない……かな。噂程度だけどぉ、昔はそこそこ強い方だったっけな。迷宮のところにある冒険者ギルドの中でも……多分上位だ」

「へぇ〜」


 そんな話をしていると、サダバクがさっきまでとは違う構えをした。サダバクの事をよく知っている冒険者達が驚きはじめる。その中でもグルミは一番驚いていた。


「あ、あいつ! なにしてんだァッ?!」

「どうしたんですか?」

「あれは攻めの構えだ。あいつは接近戦が得意じゃないから、完璧に攻めと守りの構えを分けている。しかし、レベルはサダバクの方が圧倒的に上だ。いくら、ユウヤに才能があるからってあれを耐えるのはきついだろうな」

「……そうなんですか」


 ニィナは祈るような目をしながら、ユウヤの方を見た。クインは落ち着いた顔から険しい顔へと変わっていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「構えが変わった?」


 ユウヤはサダバクの構えが変わった事に対して、不安に思い一定の場所にとどまらず動き続ける。

 ユウヤが足をクロスした時、サダバクが動き出した。ユウヤに向かって一直線の突進。


「受けてみろ!」

「あぁ! 来いよ! 潰してやらぁ!」


 ユウヤは突進してくる頭を狙って剣を振るう。サダバクは右足を踏み出したかと思いきや、頭を後ろに下げて距離感を狂わし、ユウヤの攻撃は空振りとなった。

 サダバクの方は一瞬では止まらず、勢いがよくついた状態だった。


「え?」


 サダバクの殴打がユウヤを襲う。


「オラァ!」


 ユウヤが咄嗟に左腕で防ぐが、威力の影響で後ろにふっ飛ばされる。姿勢は空中で崩れて、土の煙を上げながら転がる。サダバクはそんな事を気にしていないようで、猛ダッシュでくる。

 ユウヤは即座に立ち上がり、構えた。


(後、八回)

「こっちは一発当たればいいんだ」


 短剣を強く握りしめながら、ユウヤもサダバクに向かって走りだす。サダバク、ユウヤともに笑い始めた。


「コォい!」

「あぁ!」


 十分に近づき両方とも‘‘右足’’を踏み出した。

 ユウヤの笑みが最大限になる。


「やっぱ、ナァ!」


 ユウヤが逆手持ちに変え、右足を狙った。それは素人による推測だった。左の側を狙うと、表情を変えること。そして、左足に負担を掛けずに勢いのまま右で殴っていたこと。そこから、左足に不安があることをユウヤは悟ったのだ。


「よく、見てるな」


 サダバクがそう言うと、ユウヤは右脇腹を殴られていた。そして、腹にもう一発食らう。


「ァ!」

「強いな」


(後、六回)

 ユウヤは呼吸しか出来ずにいた。


「……はぁっ! ふぅっふぅっ」

「フゥー、やり過ぎたか。俺の体内時計だと十分くらい経ったと思うんだが、ふぅ、審判、後何分だ?」


 クインが時間を確認してサダバクに言った。


「二十分です」


 ユウヤが息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。(強化薬を飲んだ瞬間、魔力に作用したからちょっと遊んでみたが、失敗だったか?)とサダバクは考える。


「――あ〜、思い出してきた」


 と、ユウヤが言葉を発した。その言葉は嘘ではないようで、以前までとは目の色が変わっていた。

 記憶が混ざり、壊れ、褪せて、もはや、正常な意識はないだろう。今あるのは、誰のものか忘れた記憶だ。もしかすると、二人だけではないかもしれない。……が、それは今のユウヤには関係ない。

 ユウヤの筋肉が肥大化していく。


「ふむ、隠していたのか? バルクアップしているな。【筋肉魔法】か」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る