第10話 おっさんにプライドはない
「けい、けいざん!?」
俺は素っ頓狂な叫び声を上げた。
「ってどこですか!?」
「具体的にどこかはクリアして精査してからですけど、とにかく中国の中央部から西部ですね」
「中国!?」
海外旅行どころか国内をうろうろした経験もほとんどないのに、俺はいきなり海を越えてしまった。
「九鬼さん、ここに来る前におかしなマークに触りませんでしたか? 黄色の大きなマーク。壁か床にあったでしょう? あれは触った人を強制的にダンジョンに参加させる仕掛けなんですよ。まさか日本にまであるとは思いませんでしたけど」
もう頭がパンクしてる。取り換えてほしい。
38階でも驚いたのに、そこから更に中国に移動していただなんて。
「九鬼さんはどうやらダンジョンには疎いみたいですね」
「……はじめて入ったのはこの間で、下調べもろくにしていなかったので」
日本政府と関係があるようなことを匂わせた人物相手に喋りすぎている気もするけど、俺はもうそういう細かいことを考えていられる精神状態じゃない。
「……どうしよう、戻らなきゃ」
「戻るんですか? せっかく国外避難できたのに」
俺は自分でも驚いたけど、日本に戻らなきゃいけないと思った理由は結構簡単に見つかった。
「俺は……あ、身の上話いいですか?」
「いいですよ」
俺は及川夏という女の子と知人だということ。なっちゃんが命がけで戦いに行くのに自分は戦えもしないことだとかを説明した。
「なっちゃんが危険な目にあっても頑張ってるのに、俺だけ生き残るっていうのも」
生き延びたって仕方ないという諦めはあったけど、それ以上に、あの欠陥住宅でわいわい騒いだ最後の友人を一人にして逃げるというのはどうしても選びがたかったんだ、俺は。
「……つっても、俺が戻ったって野垂れ死ぬくらいしか出来ませんけど」
そこまで言って、年下の初対面の女性相手に言っても仕方ないことをペラペラしゃべっている自分を客観視してしまい、叫びたくなった。
「助けてあげればいいじゃないですか。強くなって戻って」
「えええっ!?」
「うわっ」
そこで話しかけられたので叫んでしまい、飯島様をまたビビらせてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「あはは……えっとですね。私はポイントがかさむ複数人用の脱出スキルは持っていないので、いますぐあなたを地上に連れていくことはできません。なのであなたが地上に戻るにはどの道ここをクリアする必要があります。そして日本のことですが、さっきも言った通りダンジョンが陥落する最悪の事態になっても、それまで数か月は猶予があります。だったら、あなたが私に協力してここでレベルを上げて、そのなっちゃんを助けに戻ってあげればいいじゃないですか」
ぽかんと見つめる。
「……飯島様はどうしてそんなに心優しいのですか?」
「様はやめてほしいなー。善意は救助までです。優しいつもりはありません。報酬は私が総取りさせてもらうつもりですし、私としてもスキルポイントを使っていない人が協力してくれるのは非常に助かります。ここは多分、適正レベルが150以上の難所ですけど」
「150!?」
そんなところで赤の他人を助ける余裕があるなんて、この人はひょっとしなくてもとんでもない手練れだ。
「私のスペアの装備を使えば、経験値入手条件のダメージや戦闘参加率は稼げると思いますよ。レベル差も異常なくらいですから経験値補正はボーナスとしてかかるでしょうし、私がクリアする頃には、そうですね、野垂れ死ぬだけが能、なんてことはないでしょう」
飯島さんは黙って話に耳を傾けている俺をじっと見ながら間を置いた。
「どうします?」
二秒で俺は頭を下げた。
「よろしくお願いします! 飯島先生!」
「先生かぁ。じゃあこっちはくっきーで。よろしく、くっきー」
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